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第13話 あぁ、やっちゃった……

 小さな部屋。

 その奥に、干し草の上に白いシーツを載せただけの簡易的な寝台のみ。

 部屋の隅の方には空の酒瓶が一か所に集められていて、先程までこの寝台の周りに散らかっていたのであろうことがわかる。

 寝台の存在感に、これからのことを思った私の足がすくむ。


 いかに武術を極めてきたとはいえ、こっち方面は経験が無いのだ。

 怖くもなる。

 ましてあの景天様が助けに来るなんて保証はどこにもなければ、信頼もない。


 あの鬼畜のことだ。

 私のことなどよりも自分の手柄を最優先にするだろうし、自身の見せ場づくりのためにも、私を賊に襲われた悲劇の少女としての役をさせようと考えている可能性が無いとも限らない。


 とはいえ、勝手に賊たちを八つ裂きにはできない。

 私も永寿様も、恐らくやろうと思えば彼ら全てを相手しても負けることはない。

 だがそれではだめだ。

 景天様が自分の功績を出すことを一番の目的にしているのならば、あくまで“景天様が賊を一掃した”という事実が必要。

 となれば、私や永寿様は手を出さず、作戦の補助に回り、景天様を待つよりほかないのだ。


 私はちらりと部屋の隅の酒瓶の山に目を向けると、頭に向かって口を開いた。


「あ、あの」

「ん? なんだぁ?」


 演技は得意ではない。

 得意ではないが、これも目的のため。

 やるしかない──!!


「わ、私、初めてで、恐ろしくて……。どうか、どうかせめて酔いをまわしてからに……っ!! どうかご慈悲を……!!」


 初めてへの恐れ。

 それでも村のためにお役目を全うせねばならないから酔わせてほしいと慈悲を求める。

 この人も、抵抗ばかりする女を相手にするよりも、大人しくしてもらっていたほうが楽しめると考えるだろう。もし断られたならその時は──。


 私は胸元に手をやると、その硬い感触が手のひらに感じる。

 護身用の小刀だ。

 力で来るならば──力で制す。

 まぁ、最終手段だけれども。


 私の言葉に頭はすこしばかり考えてから、深く頷いた。


「ふむ……いいだろう。酒を持ってこい!! しこたま飲んで、大人しくさせてやろう」

「あ……ありがとうございます……!!」

 よし、かかった!!

 ここまでは計画通り。


内心ほくそ笑むも、私はそれを押し殺しておびえたように

「わ、私、お酒を取りに行ってまいります……!!」

そう言ってそのおぞましい部屋を出た。


***


「──蘭花!!」

 広間に戻ると、すぐに永寿様が私に気づいて駆け寄った。


「酒瓶を大量に取りに来ました」

 にへらと笑ってそれだけ告げると、すぐに私が何をしようとしているのか、その意図に気づいた永寿様が安堵の息をつく。


「いいですか? 必ず景天様はすぐに来られます。それまで話を引き延ばすことだけを考えてください」

 念を押すように小声で語気を強める永寿様に、私はにっこりと微笑むとまだ空いていない酒瓶を抱えて頷いた。


「はい。呑みながらゆっくりしてますね」


 景天様が間に合うかどうかはともかく、なるべく話を引き伸ばしながら酔わせて、何かあった時対応できるようにしないと。

 永寿様にはおそらく私が景天様を信用していないことは見破られているだろうけれど、仕方がない。


 景天様に会う前は、あの人は私の憧れで、あの人がすべてを良くしてくれるという信頼があったものだけれど、実際見てみれば自分の評判を上げるため、野望のためには、喜んで私を賊に差し出すような人だし、何かと失礼な男だし、各方面への配慮がまるでない人でなしの鬼畜だ。

 信じろという方が無理な話だ。


「じゃぁ、行きますね。永寿様もお気をつけて」

 そう言って酒瓶を抱え直すと、私は再び笑顔を張り付けて、頭の寝所へと戻っていった。


***


「────あ~~~ったくよぉっ!! 上もひでぇ役目押し付けたもんだぜ。俺たちゃ使い捨ての駒かっつうの!!」

「……」


 もう何本開けただろうか。


 頭の顔は真っ赤になり、突然野口大会が始まってしまった。

 が、この作戦は良かったのかもしれない。

 私は酒に酔ったことが無いほどに実は酒に強いから呑み比べで負けることはないし、酔いが回ったら聞いてもないのに次から次へと愚痴という名の暴露が飛び出してくるのだから。


 彼らは元々隣国華蓮ファーレンで賊をしていて捕まった罪人たちだったそうだ。

 あちらで賊をしていて捕まった彼らは、牢で話を持ち掛けられたという。

 山を越え、その先の村を破壊し、服従させるという話を。

 そしてそれに従った彼らは、ひと月もの時間をかけてここにたどり着いた。


「旦那様、さ、もう一杯」

 私はふらふらと酒を呑み続ける頭を背に新しい酒瓶を開けると、その中に、もう何度目になるだろうか、懐に忍ばせていた小瓶の一滴を落としてから差し出した。


「おぉう、気が利くじゃねぇか。……はぁ……これができたら放免されて、晴れて折れたちゃ自由の身だ。長かった。何人もの仲間が途中で死んだ。頂上付近で崖から落ちて死んだ者、途中病気になって薬もなく死んだ者、怪我をしてごくことができずに置いていった者……。あともう一歩。もう一歩だ。もうすぐここは俺達の支配下につく。昨日、手下を数名華蓮に報告に向かわせた。ここで手に入れた大量の食材と薬を持たせたから、ひと月もすれば無事にたどり着くだろうさ」


「!!」

 華蓮に……向かわせた……!?

 くそっ……遅かったか……!!


 兵をあげて攻め入るとしたら、大勢でしかもきちんと装備を持ってくるだろう。

 もし食料がギリギリになったとしても、この中間地点を占拠しているならばこちらでの補給は可能だ。

 なるほど、この村は攻め入るための補給地点──というわけか。


「何で、この国を……?」

 私の問いかけに、頭はうすら笑いを浮かべて答えた。


「皇帝が代替わりして、今の皇帝は内部のことで手いっぱいのようだからなぁ……。今だ、と思ったんだろうよ。しかも、こっちに着いてみれば、ちょうどいいところに皇后の逝去も発表されて、朝廷はこんな小さな村一つ気にかけることすらできない状態だ。これはもう、侵略せよ──っていう天の誰かさんからのお導きだと確信したね」

「っ……」


 事実、姉様の死で国内は混乱している。

 皇帝の考えも誰もわからないまま、ただ触らぬ神に祟りなしとばかりに誰もが見て見ぬふりをする。

 それがどうしようもなく、気持ち悪い。


「さぁて、話は終いだ。酔いもまわってきたし、そろそろ始めようぜ。へっへっへ。女なんざいつぶりかねぇ」

「っ、いやっ……!!」

 その場に突然押し倒された私に、頭が馬乗りになってにたりと笑う。


 まずい……!!

 もっと、もっと話を引き延ばさないと……!!

 ──だけどいつまで?

 景天様はいつ来るの?

 本当にここに来てくれるの?

 そんなの、わからないじゃない。


 あの景天様だ。

 きっと私がこいつに食われても、何も思わない。

 自分のため、そして皇帝に近づくため、身体の一つや二つ差し出すなんて安いもんだろう。

 そう言うかもしれない。

 景天様は足の一本や二本舐めさせるくらい、と言っていたけれど、それでも絶対に嫌だ……!!


 私が縫い付けられた両手を悔しさに握りこんだその時、私を押し倒す頭と目が合うと、頭が眉を潜めた。


「……だが……、皇后を失ったのは惜しかったな」

「え?」

 赤い顔を歪めてそうこぼした賊に、私は首をかしげる。


「あの綺麗な銀髪。美しい容姿。俺はなぁ、あの皇后──、蓉雪皇后が古琴で有名になった時から、ずっとねらってたんだよ。今回の作戦を受けたのもそうだ。恩赦を受けて自由になるっていうのも一つの目的だったが、それだけじゃぁねぇ。この国を侵略した暁にゃぁ、蓉雪皇后を褒美にもらうつもりだったんだよ」

「!?」


 姉様を──もらう?

 褒美に?

 ……まさか、私の容姿が頭好みというのは……私を気に入って傍に置いたのは……私の色が、姉様に似ているから?

 それに気づいた瞬間、底知れぬ嫌悪感とおぞましさを感じて、私は自分の腕を抱きかかえた。


「あーあ……。死ぬならせめて、俺に抱かれてから死にゃよかったのによぉ。好きでもない男のもとに嫁げるんだから、造作もないだろうに」

「っ……!!」


ガンッ──!!!!

「ぐぁっ!?」


「姉様を、侮辱するな……!!」

 ふつふつと腹の奥底から熱いものがこみあげてきて、私は頭の胸倉を掴み自身の身体ごとねじりこみ反転させ倒れ込むと、頭はその後ろ頭を固い床に打ち付けた。


「ってぇ……!! 何す──っ!?」

 ごつい首元に押し付ける光るものに気づいた頭は、その言葉を止めた。

 冷たい無機質な感触は、頭の体温をじわじわと奪っていく。

 懐に隠し持っていた小刀が、まさかこんなすぐに役に立つとは。


「お前なんかが、姉様の名を口にするだけで吐き気がするわ……!!」

「っ……、お前、まさか……」

 私の正体に気づいたであろう頭が、驚きに目を見開いて私を見た。


「姉様は清廉潔白。だれよりも美しく優しく、清いお方だ!! 皇帝に嫁いだのも、姉様の意思ではない!! 貴様なんぞが姉様を汚すなど、私が許さない!!」


 そして私は、右手を大きく振り上げ、頭のみぞおちめがけて思い切り拳を打ち込んだ──!!

「ぐはぁっ!!」

 そろそろ効いてきたのだろう。私のしびれ薬が。

 抵抗する様子もなく、ふるふると指先が震えている。


 もういい。

 景天様は来ない。

 自分の身と、姉様の尊厳は──私が守る!!


 そう思い再び拳を振り上げた瞬間──「頭!?」


 勢いよく扉が開かれ、騒ぎを聞きつけたのであろう二番手の男や下っ端たちが飛び込んできた。

 そして彼らの後ろの方では、驚きに目を見開く永寿様の顔。


 あぁ……やっちゃった……。






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