「くそぅ……あの男、人を何だと思ってるのよ」
作戦の説明お受けた私は、村長と永寿様と共に西の山にある賊のアジトへと向かっている。
山の中腹にあるアジトまでの道は舗装がなく、足元はゴロゴロとした多めの意思がそこらかしこに転がっている。
酒瓶の入った箱を台車に乗せて引きながら、その足元の悪い山道を歩く村長の顔に疲労が見える。
登るのも下るのも厳しい山道。
だからこそ油断していたのだ。
村も、国も。
「蘭、足、辛くはないですか?」
「はい!! 体力には自信があるので、任せてくださいっ」
「そうですか、良かったです。何かあれば、すぐに言ってくださいね」
「ありがとうございます、永寿様!!」
あぁ、この優しさ。
思いやりの心。
あの鬼畜大魔王にも見習ってほしいものだ。
「でも、山の向こう──
正直、険しい山をこえてこちらに来て、村を襲ってまで住み着こうとする意図が
「そうですねぇ……。貧困や飢饉とは無縁の華蓮から逃げてきた、とは考えにくいですしねぇ……」
華蓮は鉱山業で栄えている国だ。
そこから取れる鉄鋼で様々な産業が発展し始め、仕事であふれていると聞く。
そんな状態だもんだから、国内で飢饉や貧困がはびこり、生きるために逃げてきたということではなさそうだ。
「まぁ、賊を捕まえればいずれ明らかになるでしょう。まずは目の前のことをやっていきましょう」
「はい、永寿様」
そんな話をしているうちに、私たちは山の中腹にある小屋にたどり着いた。
人が大勢入れそうな木の小屋は、小屋というには大きなもので、色も形も微妙に違う木板を継ぎ合わせて作られている。
このどれもが、おそらく村の家々からはぎ取ってきたものなのだろう。
それを思うと、自然と拳に力が入った。
「では村長。お願いします」
「は、はいっ……!! お二方、どうか、お気をつけて」
その言葉に私たちが表情を引き締め頷くと、村長は扉をまっすぐに見つめ、大きく深呼吸をしてから扉をゴンゴンゴン、と叩いた。刹那──。
「誰だ!!」
バンッ──!! と大きな音を立てて扉を蹴り開け、いかつい顔の大男が姿を現した。
「ひ、ひぃっ!! あ、あの、と、登安の、村長でございます……!!」
びくびくとしながら小さくかしこまって頭を下げる村長に倣って、私達もおびえたように肩をすくめて頭を下げた。
だが実際の頭の中は怯えなんてものは一ミリもない。
あるのは落ち着いて状況を見定めようとする冷静な自分だけ。
およそ2メートル程の身長。
となれば、私が色を用いて近づき顎の下から勢いよく飛び上がればちょうどいい具合に命中するわね。
──よし、これでいこう。
何かあった時の対処法は決まった。
「あぁ? 村長だと? 何の用だ!!」
いちいち声の大きな男だ。
耳障りな……。
大きな声を出して凄んでいるようだが、私にはまったく効きはしない。
もっと恐ろしい、静かなる怒りを、私は知っているから。
ただ演技や駆け引きは不得手なので、ひたすら視線を伏せておびえた風を装う。
「ひぃいっ!! そ、その、お願いに上がりまして……っ」
頑張れ村長!!
潜入さえできたら後は私たちが何とかするから!!
そんな思いでただひたすらに黙って成り行きを見守る。
「はぁ? おねがいだぁ?」
「は、はいぃいっ!! そ、それが、昨日で村の食料が底をつきまして……。い、今、村の若い衆に都まで食料の調達に行かせておるのです……。どうか、その間だけでも、村への来訪はお控えいただけたら……」
「あぁん!?」
「ひぃぃぃぃい!!」
負けるな村長!!
あと少しよ!!
自然と私の身体にも力が入る。
「そ、その代わり、村一番の美人姉妹を連れてまいりました!! 都から食料を持ち帰るまで、こちらの酒と共にお楽しみいただけたらと……」
「ほぉ……?」
やっとの思いで告げた村長に、あきらかに賊の声色が変わった。
「女と酒、かぁ……。おい女共。顔を見せろ」
賊が言うと、私と永寿様は横目でちらりと互いを見つめあってから、ゆっくりと顔を上げた。
「こりゃぁ……二人そろって上玉じゃねぇか。絶世の美女に、愛らしさのある小柄な女。特にこっちの銀髪の女は、頭の好み通りの女じゃねぇか」
「……」
そんな……そんなこと…………初めて言われたぁぁっっっ……!!
賊!! あなた実はいい人ね!?
そしてその頭はもっといい人だわ!! きっとそうよ!!
はっはっは!!
見たか聞いたか景天様!!
これが私の隠されし魅力というやつだ!!
心の中でにんまりとほくそ笑む私の腰に、現実に引き戻すかのように永寿様の手がそっと添えられた。
「姉の
震えながらもつつましやかに偽の名前を告げ首を垂れる永寿様は、まさに村のために覚悟を決めた女性そのもの。
そうだ。私も余計なことは考えずに、この任務を全うしないと……!!
「ふむ。……良いだろう。都に行ったところで今の腑抜けた朝廷では貴様らなんぞ助けに来んだろうからな。今日一日はこの二人と酒で手を討とう。だが今日だけだ。良いな?」
「!! は、はいっ!! 必ず……必ずお持ちいたします!!」
村長が首がもげそうなほどに何度も頷くと、賊は村長がひいていた台車を奪い取り、私たちに言った。
「よし。お前たち、ついて来い。まずは頭に挨拶だ!!」
「は、はい!!」
私はちらりと村長を振り返り頷くと、急ぎ賊の後についてアジトの中へと足を踏み入れた。