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第10話 色には色を

『もしも村人に気力があれば作戦一として武器を持たせ、共に戦うことを提案するつもりだったが……その力も残ってはいない状況だ。となれば──……作戦二を実行に移すしかない』


 それが景天様のお考えだ。

 そう、それは別に良い。良いのだけれど──。


「何で私が囮なんですか景天様!?」

「はっはっはっは!! まさかか弱き村の女を囮に使うわけにはいくまい?」

「うっ……そりゃそうですけど……」


 だからって何で私が……。

 ていうか、私はか弱くないとでも言いたいのだろうかこの男。


 景天様の作戦はこうだ。


 賊に囮の女を差し出し、その囮が内部で情報を収集するとともに色を使って賊を油断させ、総合的な戦力を弱体化させたところを景天様が兵を率いて討つというもの。

 ……何とも囮まかせな作戦だ。


「安心しろ。お前の他にもう一人、囮を用意している」

「もう一人?」


 村の女の人を誰か一人連れて行くってこと?

 いやいやいやいや、さすがにそれは無理でしょ。

 か弱き村の女の人を危険な目に合わせないために私が選ばれたんだし。

 それに、これだけ被害に遭って怖い思いもし続けているのだ。

 強力しろだなんて、いくら鬼畜な景天様でも言わない……と、思いたい。


「……お前、また失礼なこと考えてたろ?」

「ベツニナンデモ」

 じっとりとした視線が私に向けられた、その時だった。


「お待たせしました」

 凛とした声が、部屋に響いた。


「!!」

「おぉ、さすがだな」

 声のした方へと視線を向けると、そこには黒髪の美女……いや、女性の格好をして化粧を施した永寿様が、何とも麗しい姿で立っていた。


「永寿……様!?」


 美人……!!

 なんて麗しいお姿なの……!?

 元々忠誠的で美しいお方ではあるのだけれど、これはもう完全なる美女ではないか……!!

 ま…………負けた……!!


「永寿は女装に慣れているからな。とても男には見えまい?」

「誤解を招く言い方はやめてください。慣れているのは趣味ではなく、必要に駆られてしているだけですので」


 侵害だと言わんばかりに眉間に皺を寄せる永寿様だけれど、趣味だと思われても──いや、それどころか実際はこちらの性別の方が正しいのではないかと思われてもおかしくはないほどに自然な美女だ。


「と、まぁこの通り、永寿にはお前と共に賊のアジトにもぐりこんでもらう。まず────村長」

「は、はいっ!!」

 それまで永寿様の女装姿をぽーっと見入っていた村長が、突然話を振られ肩をびくりと跳ね上がらせた。


「村長には、賊のアジトへ、この二人を連れていく役目を頼みたい。私が行くと警戒されかねんからな。二人をアジトへつれて良き、賊たちにこう言うんだ。『もう差し出せる食料が底をついてし待った。今は若い衆に都へ調達に行かせている。今夜には食料を確保して帰ってくるので、村には降りないでやってほしい。食料を持って帰るまでのつなぎとして、女と酒を持ってきた』とな。衣食住のある程度安定し、色に枯渇した賊ならば、容易く条件を呑むだろうさ。先ほど、一緒に荷馬車で来た下男に私の手紙を言づけた。すぐに村に兵が駆けつける。兵が到着次第、アジトを取り囲み賊を討つ」


 そりゃ求めるものが向こうから来たのならば、喜んで申し出を受け入れるだろうよ。

 度重なる襲撃で村が自分たちに服従を考え始めたのだとも思うだろうし、油断しているところに送り込むというのは良い作戦だ。


 だけど…………。


「あの、景天様。私たちが襲われるのは──」

「足の一本や二本舐めさせるくらいなら良いだろう? 減るもんじゃないし」

「はぁ!?」


 減るわ!! めちゃくちゃ減るわ!!

 何言ってるのこの人!?

 ちょっと鬼畜すぎない!?


「まぁ、安心しろ。色気のある方を先につまむだろうから、お前に危害が及ぶ前には兵が包囲するだろう。永寿の場合は、まぁあしらうのは慣れているから、心配はない」


 さりげなく何てこと言うのよこの鬼畜!!

 いや、まぁ確かに、私は色気なんてものとは無縁の人間だけれども……。

 何か解せん……。


「いいか? お前たちは色と酒で中から組織を弱体化させる。その間に私が兵を率いてアジトを包囲する。な? 簡単な作戦だろう?」


 景天様の兵にはすでに命令が下されている。

 景天様からの知らせが届いたらすぐに動けるように待機していろと。

 まったく、抜かりが無いというか、なんというか……。


「はぁ……。わかりましたよ。永寿様、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。蘭」


 あぁ、永寿様の笑顔がまぶしい。

 どこかのだれかのせいで荒み切った心が浄化されていく……。


「蘭。ちゃんとか弱い女を演じていろよ? くれぐれも、力で解決しようなんてことは考えるな」

 念を押すかのようにじっとりとした瞳が私を射抜く。

 出会って一日。

 既に私の性格などお見通しのように思えて何だか悔しい。


「うぐっ……。わ、わかってますよぅ!!」

「よし。……あぁ、それと……」

 悔しさに顔を歪ませる私の耳元に、景天様がその綺麗なお顔を寄せ、私にしか聞こえないような声で続けた。


「穏便に事が済んで、賊を討伐できた暁には、兄上に目通りができるやもしれん」

「!?」


 皇帝に……会えるかもしれない!?

 功績をたたえる場では、皇帝からの言葉を頂戴することがある。

 そこを起点に、皇帝に少しずつ近づくことができるかもしれない……!!


「私……頑張ります……!!」

 姉様の死の真相を確かめるためにも。

 この任務、必ず遂行してみせる……!!


 こうして私は永寿様と共に、アジトに潜入することが決まってしまったのだった。







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