「え? ギルバート王子?」
「そう、今までギルバート王子のことについて調べていたんだ。それでなかなか君に会いに来てあげることが出来なかったんだよ」
「何だか妙に恩着せがましい言い方するわね……ところでギルバート王子って……誰だっけ?」
「えええええっ!? サファイアッ! それ、本気で言ってるの? あの、ギルバート王子だよ!?」
「ええ。どこのギルバート王子か分からないわ。でも……そう言えば何処かで聞いたことがある気がするんだけど……誰だったかしら?」
すると私の言葉に大袈裟な程にグラリとよろめく魔法使い。
「そ、そんな信じられない……婚約者である君を裏切り、尚且つ呪いを掛けるように命じた、あの血も涙もない極悪非道のギルバート王子だよ!?」
それにしても、仮にも雇い主兼大家さん? 対して酷い言いようだ。
「そんなこと言われてもしようがないじゃないでしょ。何度も言ってるけど、私は本物のサファイアじゃないのよ? 蛙にされた直後かなんかに、サファイアに憑依してしまった異世界人なんだから。所詮他人事に感じてしまうのようね」
でも何処かで聞いたことのある名前だと思った。小説の中では確かに王子の名前はギルバートとなっていた。それに不思議な夢の中でも『ギルバート』という名前が出ていたっけ。
「う~ん……確かに言われて見ればそうかもしれないけれど……」
魔法使いはまだどこか納得がいかないのか首を捻っている。
「それよりも、ギルバート王子が一体どうしたって言うのよ」
「うん。彼は今、新しく婚約者になった平民の女性と……」
「うまいこといって、今は幸せに暮らしているんでしょう? 大体、物語なんてそんなものよ。恋する2人の仲を引き裂こうとする悪役を追っ払ってハッピーエンドを迎えたんでしょう?」
「う〜ん……それがちょっと違うんだよな……」
「何が違うの?」
「うん。結局その平民の女性も捨てられてね、今ギルバート王子は別の子爵令嬢と婚約したよ」
「へ〜そうなの? ふ〜ん」
まぁ、別に私には関係ないけどね。
すると私の態度が気に触ったのか、魔法使いが口を尖らせた。
「何だい? サファイア。その気の無い素振りは……あまり興味がなさそうじゃないか」
「だって、普通に考えれば平民が王子様と婚約なんて無理な話でしょう? シンデレラだって召使いのように働かされてはいたけれど、貴族だったんじゃないの? そうでなければお城から舞踏会の招待状なんて届くはず無いじゃない」
「う〜ん……君の言う、シンデレラという人の話は知らないけれど……つまり、そういうことなんだよ。王子は君と婚約破棄して自分の想い人である子爵令嬢と婚約したかったんだよ。そこで平民女性を利用したってわけさ」
「どういうこと?」
「君の身分は侯爵令嬢だろう? かたや想い人の女性の身分は子爵令嬢。当然王子は周囲から猛反発を受けたと思わないかい? 身分が違うからね」
「ふんふん、それで?」
続きを促す私。
「そこで王子が目につけたのが平民娘だよ。彼女に散々嫌がらせしたという言われなき罪でサファイアは婚約破棄されて、呪いを受けてしまった」
「なるほど」
「そして君を蛙に変えて追っ払った後、王子は周囲からとても責められ……平民女性を捨てた。代わりに自分の恋人の子爵令嬢を国王の前に連れてきたのさ。平民女性よりはまだ彼女は貴族令嬢だったからね……渋々国王は王子の要求を飲んでしまった。そして2人は無事に婚約したというわけさ」
「何だか随分回りくどいやり方をしたのね? ギルバート王子は。ひょっとしてアホなんじゃないの?」
「王子をアホ呼ばわりするとは流石サファイアだね!」
大袈裟なくらい驚く魔法使い。
「いいかい、このままでは2人は今に結婚する。どう思う? 君を不幸のどん底に突き落とした男だよ? 許せるかい?」
「……ちょっと許せないかも……」
ヒートアップする魔法使の言葉につられて何故か私も燃えてくる。
「よし、それじゃサファイア。一刻も早く人間に戻れるように努力するんだよ? それじゃまた来るからね」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ! まさかそれだけ告げに来たの!?」
しかし、魔法使いは指をぱちんとならすと消えてしまった。
「こらーっ! そんなことより私の呪いを解く方法を探しなさいよーっ!」
私は月に向かって、ニャアニャと叫ぶのだった――