ああ……私は元の世界に戻ることも、サファイアの姿に戻ることも出来ないまま、フクロウの姿で死んでいくんだ……。
ぐんぐん迫って来る地面にどうすることも出来ないまま私は覚悟を決めてギュッと目を閉じた。
次の瞬間――
「サファイアーッ!!」
突然魔法使いの声が響き渡り、私の身体がフワリと空中で止まった。
「え……?」
薄れゆく意識の中で目を開けると、取り乱した様子の魔法使いが私の身体に手を伸ばしていた。
そっか……貴方が助けに来てくれたのね‥…。
そこで私は完全に意識を無くした。
魔法使いが何かを叫んでいるのを聞きながら――
*****
暗闇の中、誰かの声が遠くから聞こえて来る。
<サファイア! よくも私の大切なジェニーをメイドのようにこき使ったな! 挙句に体罰だけにとどまらず毒殺まで試みようとして……許せんぞ!>
いいえ! そんなこと私はしておりません!! メイドのように扱ったと言われますが、平民出身の彼女の為に淑女の嗜みを指導していただけです! それに一度も彼女に手を上げたことも無ければ、ましてや毒殺などあり得ません!
<なら、彼女の背中のむち打ちの後は何だ!? お前がジェニーの背中を鞭打ったとする証言が何人からも取れているのだぞ!>
そんな話は初耳です! 一体誰がそのようなデマを流したのですか!? その人たちを連れて来て下さい。それ以前にもし仮に私が彼女を鞭打っていたとして、何故誰もが止めようとしなかったのですか!?
<それはお前が侯爵令嬢であり、私の婚約者であったから止めることが出来なかったと皆が口を揃えて言ったのだ!>
皆とは誰ですか!? その人物たちを連れて来て下さい!
《おやめください。ギルバート様。サファイア様を責めないで下さい。元はと言えば私がギルバート様と恋に堕ちてしまったのが原因なのですから。恨まれて当然なのです。サファイア様は何も悪くありません!》
な、何を言ってるの? ジェニーさん。その言い方ではまるで私が本当に貴女に酷いことをしてしまったような言い方に聞こえてしまうじゃないの!
《キャア! お、お願いです……お許しください! サファイア様! これ以上鞭で打たないで下さい!》
いい加減なことを言わないで! 私は一度だってそんなことしたことは無いでしょう!?
<黙れサファイア! もう我慢の限界だ……こうなったらあの魔法使いの封印を解いて、お前を醜くなる呪いに掛けさせてやろう! その腐った性根を映したような醜い姿にな……!!>
そ、そんな! 殿下! 私は本当に何もしておりません!
誰か……誰か私の話を聞いて! 私を……信じて――
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「う……」
パチリと目を覚ますと、私は藁の敷き詰められた上に寝かされていた。森の木々の合間からは美しい星空が見える。
「え…‥と、ここは……?」
体を起こすと、近くで焚火が燃えている。
「焚火…‥? 一体何が……?」
それにしても何だか随分不思議な夢を見ていた気がする。一体あの夢は何だったのだろう?
首を捻ったその時――
「サファイア! 目が覚めたんだね!」
不意に背後から声が聞こえた。振り向くとそこには魔法使いが立っていた。
「あ……魔法使いじゃないの」
すると彼は駆け寄ってくると手を伸ばして私を手に取った。
「良かった……サファイア。もう少し助けるのが遅ければ、君はフクロウのくせに地面に叩きつけられて死んでいたところだったんだよ?」
「あ、やっぱり私を助けてくれたのは貴方だったのね? でもフクロウのくせにと言うのは一言余分よ」
「ごめん…‥安心したからつい。ところで怪我の具合はどうだい? 一応治癒の魔法はかけてみたけれど」
魔法使いは首を上下に動かして、私の身体を確認している。
「あら? そう言えばどこも痛くないわ。まさか怪我の治療まで出来たの?」
魔法使いは得意そうに口元に笑みを浮かべる。
「当然だよ、僕は偉大な魔法使いだからね」
「はいはい、分かってますよ」
身体をすぼめて頷く私。
「でも……サファイア、君に出来た身体の傷……。ひょっとして何者かにやられたのかな?」
魔法使いの口調は何処か私を労わるように聞こえた。
「ええ。まぁね。『シルフィー』を持ってクロードの部屋に行ったのだけど、部屋から出て来た黒スーツ姿の男の人にちょっと痛い目に遭わされただけよ。それで慌てて逃げたんだけど……このざまよ」
「やっぱり、そうだったのか……本当に何故人間という者は平気で酷いことをするのだろう……」
そして魔法使いは悔しそうに唇を噛んだ――