「あ、あの魔法使いとは……!」
思わずギュッと目を閉じた瞬間、すぐ近くで声が聞こえた。
「あら? あなた……何だかよく見たら変ね?」
先程は頭の中で話しかけられたのに、今は近くで声が聞こえた。
「え?」
恐る恐る目を開けると、目の前にはサンダルらしきものを履いた人の両足が見える。
「え!?」
慌てて顔を上げると、そこには薄い布地のドレスを身にまとった緑色の髪の美しい女性が立っていた。女性は私をじっと見下ろしている。
え!? い、いつの間に女性の姿が!!
「あ、あの〜……どちら様でしょうか……?」
普通の人間に私の言葉は通じないことを知りつつ、喉をホウホウ鳴らしながら尋ねてみた。
「私はエメラルドよ」
女性が答える。ああ、良かった。言葉が通じる。だけど……。
「え? エメラルド……?」
その時、魔法使いの言葉を思い出す。
<頑張るんだよ、サファイア。エメラルドには気を付けて>
エメラルド……?
よく見ればその女性は赤い瞳をしている。
「赤い瞳……。緑の髪……あぁ!! ま、まさか!」
私は指を指す代わりに、羽をバサァッと女性に向けた。
「あ、貴女はさっきのドラゴン!?」
「ええ、そうよ。私はエメラルド。この姿は仮の姿よ。ところで、さっきの質問だけど……貴女、アベルとどうやって知り合ったの? 何故そんなに彼の魔力の匂いをさせているのよ?」
「は、はい……。実は……」
このままではタイムオーバーになるのは確実だけど、見逃しては貰えないだろう。
私は覚悟を決めて、説明を始めた――
**
「ええっ!? それじゃ貴女は別人なのに、呪いの魔法でそんな姿にされてしまったのね!?」
倒木の上に腰掛けて私の話を聞いていたエメラルドさんが驚いたように声を上げた。
「はい、そうなのです……」
まぁ正確に言えば、わけも分からずカエルの姿にされたサファイアに憑依してしまった日本人なのだけど……その辺りの事情は省いてある。
恐らく説明しても理解できないだろうし、私自身自分の状況を理解出来ていないのだから。
「そう、それで人間に感謝をされて徳を積めば呪いが徐々に解けていく……というわけね?」
腕組みしながら納得したようにウンウン頷くエメラルドさん。
「はい、その通りです」
「全く、あいつったら……相変わらず最低な男ね。自分で解除出来ない呪いを相手が誰か確認もしないで掛けてしまうのだから」
「ええ、そうなのです! 本当に最低な魔法使いなんですよ!」
久しぶりに誰かと……しかも、あの魔法使いの悪口を言い合える仲間が出来たのだ。喜びでバサリと羽を広げながら首を上下に激しく振る。
「人の心を弄んで、500年も私から逃げ回っておきながら……こんな近くに現れるなんて、本っ当になんて図々しい男なの!」
苛立つエメラルドさんは身体からバチバチと電流を放出し始めた。
うわっ! あ、危ない!
でもその前に……何だか今、すご〜く気になる台詞を言っていた気がする。
「あ、あの〜……エメラルドさん……」
「何かしら? フクロウさん」
エメラルドさんは電流の放出を収めると、私を見た。
「差し支えなければ……エメラルドさんと魔法使いの関係を……教えて頂けないでしょうか……?」
エメラルドさんはため息をつくと、長い髪の毛をかきあげた。
「若い頃の過ちよ……。私は500年前、彼のことが……好きだったのよ……」
「へ〜そうだったのですか……ってええええっ!? そ、その話本当ですか?!」
「……ええ、本当よ」
少しの間を開けて頷くエメラルドさん。
驚きのあまり、私の身体は再び細く縮こまるのだった――