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第20話 心読みの魔女

「ねえ、知ってる? この街に魔女が居るんだって」

「えー。嘘でしょ。だって魔女ってこの前隣町で大勢処刑されてたじゃない」

「どうやら逃げてきたらしいのよ」

「ふうん。じゃあ、私も呪いお願いしようっかなー」

 十六歳程度の女の子達が歩きながら話していた。

 心を覗けば、お互いをどう蹴り落とすかばかり考えている。とても可愛らしい顔をしているのに。

 心読みの魔女、プティはカフェの窓際の席でそう思っていた。

 ふと喉が渇いて、カフェのウエイトレスに呼びかける。

「すいません。オレンジジュースお願いします」

「畏まりました」

 オレンジジュースしか頼まないのか? この客は。ウエイトレスは心の中で舌打ちをする。

 しかし、その心はプティにとってはお見通しで、仕方なしに「あとパンケーキも」と言った。

 店員が去ってから、プティは机に突っ伏して耳を塞いだ。

 やはり街中に来るべきではなかった。

 プティの頭に、通りすがりの人や店の人達の心の声が聞こえるのだ。

 それは絶え間なく、降り注がれる。

「……はっ」

 じんわりと汗が出て、服が肌に纏わりつく。ぎゅっと目を瞑り、浮かんだ涙を見られないように、片腕で隠した。

「お待たせしました。オレンジジュースとパンケーキでございます」

 息を荒くしていると、注文した品が届いた。

「え、ああ、ありがとうございます。お姉さん」

 プティは品物を受け取った。目からつーと流れる涙に気づかずに。

「お客様、大丈夫ですか?」

 頭、大丈夫? 変な奴だな。

 プティは両親を思い出しながら、なんとか落ち着かせようと胸に手を置いた。

「大丈夫です、ありがとうございます。本当に、大丈夫ですから」

 ウエイトレスはすぐに偽りの笑顔で「また何かございましたらこちらのベルを鳴らしてお呼びください」と言った。

 早くホームに戻ろう。

 そう思って、プティはオレンジジュースを飲んで、パンケーキを急いで平らげると、レジでお金を払って店を出た。


 プティは与えられた家に戻る。

「ただいま」

「お帰り、プティ」

 プティを出迎えたのはプティの面倒を見る兄貴分のセシリオだ。

「うん。ただいま、セシリオ兄さん」

 セシリオの身長は低く、年相応に見えない。今年で二十二歳になると言うのに、十二歳くらいに見られてしまうのだ。そして、セシリオは目が見えない。だが、耳が異常な程敏感で、心音などを頼りに距離を測ったりする。

「プティ、帰って早々悪い知らせがあるんだけど……」

 ……こんなこと、本当は言いたくないな。セシリオの心はそう言っていた。

「リビングで聞くよ。セシリオ兄さん。僕の膝に頭乗っけていいからさ」

「うん!」

 セシリオはプティの手を引いてリビングにやって来た。

 リビングの緑色のソファーに二人して並んで、プティがセシリオに膝枕をしてあげる。

「それで、悪い知らせって何なの?」

「実はね、君の出身の街で、魔女狩りがあったんだ。大規模のね」

「……え」

 プティはセシリオの心の声が聞こえた。

 プティの慕っていた魔女も、死んでしまったということを、どう伝えたらいいのか、と。

「アリス、死んだの?」

 自分を魔女にしてくれた人。憧れの、優しい魔女。

 アリスはプティよりも先に、逝ってしまった。

「また、心を読んだんだね。全く、心読みの魔女には参っちゃうよ。そう。君が出会った魔女はほとんど死んだらしい」

 セシリオは膝枕されたまま、空いている両手でプティの顔を覆う。

「泣いていいよ。プティ」

 君が、望むものなら何でもあげるから。泣きたいなら、泣けば良いから。そうしたら、また笑って。

「……うん。セシリオ兄さん。ありがとう」

 プティはセシリアの両手を握り、声を殺して泣いた。

「おや、窓から雨音が聞こえる。雨が降ってきたみたいだよ。プティ。君の目は純粋だから、きっと綺麗に見えるんだろうね」

「うん。とても綺麗な雨だよ。変だなあ。滲んで見える」

「……それで良いんだよ」

 窓の外は晴れだというのに、雨が降っていた。

 狐の嫁入りだ。

「君を助けてくれた人達が、無事に天国に着けるように祈ろう」

「うん」

 そうして、二人は心で祈った。

 どうか皆が、いつかまた笑えますようにと。


 そして何度か季節が廻ると、プティは他人の心を勝手に読み取ってしまうという能力を制御することが出来るようになった。

 セシリオはそのことを酷く喜んで、プティに「お祝い」とケーキを買ってきた。

「セシリオ兄さん、大袈裟だなぁ」

「いいの。大事な弟が苦しんでいたものをなくす方法がわかったんだから。十分お祝いするに値すると思うよ。さ、食べよう」

 セシリオがケーキの箱を開けると、フルーツがいっぱいのタルトが出てきた。

「うわあ、綺麗……。宝石みたい」

「良いでしょ。店員さんに特別な日だからって言って、綺麗なものを選んでもらったんだよ」

「セシリオ兄さん、ありがとう!」

 プティは心の底から笑みを浮かべた。

 きっとセシリオには見えないだろうけれど、心の目で見てくれるだろうと、期待して。

「残念だなぁ。プティの笑顔も見れないなんて」

「ううん。セシリオ兄さんはそのままでも十分だよ。だって、セシリオ兄さんだって、人の心、見えるんでしょ?」

 セシリオはぴたりと動きを止めた。

「気づいてたの?」

「うん。セシリオ兄さんにとっては普通みたいだったから、わかるまで随分時間かかったけれど」

「参ったな。降参。これでも僕も心読みの魔女なんて、呼ばれてるんだけどな」

「今は二人で、でしょ」

「そうだった」

 二人はその街で心読みの魔女としてひっそりと過ごしていた。依頼は大体浮気してるかしてないかを調べてほしいというもの。呪いや薬の依頼なんてほとんど来ないし、来ても別の魔女に譲るようにしている。昔は心読みの魔女と言ったらセシリオだけを指したが、今ではプティとセシリオの二人で心読みの魔女だ。

「さあ、プティ。ケーキを食べよう。痛んじゃうからさ」

「うん。セシリオ兄さん」


 その夜、プティが寝ようと思ってベッドに寝転がっていると、こんこんと控えめにノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

 ギィと木の音がして、扉の奥には寝間着姿のセシリオが居た。

「プティ、一緒に寝よう?」

 そう言うセシリオは片手に枕を持っている。

 プティは微笑み、優しい声で言う。

「良いよ。セシリオ兄さん。おいで」

「うん!」

 セシリオは嬉しそうにプティのベッドに入った。

「あのね、プティ。ちょっと相談」

 来た。セシリオはいつも何か悩みがあったり、仕事の話があったりすると決まって一緒に寝ようと誘う。

 それをわかっていたプティは、セシリオの髪を撫でながら続きを催促する。

「うん。何の相談?」

「実はね、心読みの魔女としての活動を広げようと思うんだ。と言っても、表立って魔女なんて言えないから、占いとか言うつもりなんだけど……。どう思う?」

「仕事の内容は?」

「お悩み相談が主になるかな……。ごめんね。でも魔女の仕事だけだと今は食べていくのがやっとなんだ」

 プティはセシリオが金庫の前で見えない目の代わりに手の感触でお金を数えている姿を何度か目にしていた。

 そして、溜め息も……。

「ううん。セシリオ兄さんが言うのなら、仕方ないよ。それに、お悩み相談なら僕でも出来そうだもの」

「そう言ってくれるんだね。ありがとう」

 プティは少しだけ、セシリオの心を覗いた。そこには二人で過ごすために必要な努力と、仕事の計算が大半を占めていた。そして、プティに対して嬉しいという感情があった。

 プティは返事をするように微笑んだ。


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