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第18話 もう一度

「もう一度と願う人間の気持ちが、僕にはさっぱりわからないけれど、君達がその方が良いと言うのなら、きっとそうなんだろうね」

 月の子はにこりと笑った。

「さあ、あの世はあの扉の先を真っ直ぐ行くんだよ。途中で道がわからなくなったら、自分の生きてきた道を信じると良い」

 アリスとフィオラは扉の前に立ち、一度振り返る。

「月の子君、ありがとう」

 アリスがそう言うと、月の子は微笑んだまま手を振った。

「君達が、また生まれて死んだら、会おうね。僕はいつでもここに居るから」

 扉が開く。

 そこには真っ赤な炎の道が出来ていた。

 足下に、炎とは別に茨がびっしりと生えている。

「君達が望んだ世界だよ。輪廻転生は楽じゃない。でも、人間ってそういう生き物なんでしょ?」

「そう。あたし達、馬鹿な人間だからさ! 行くよ、アリスお姉ちゃん。足が痛くたって、裂けたって、あたしは次のあたしになるために走るから」

「あ、待ってフィオラ! 月の子君、本当にありがとうね。それじゃ……」

 二人は扉の先へと進んだ。

 炎で作られた道はとても熱い。

 まるで、あの日のようだと二人は死んだ時を思い出しながら進んで行く。

「マーシャ姉さん元気かなぁ」

「ああ、あの人なら火焙りの時に居なかったから、多分逃げられた魔女を連れてどこかに行ったんじゃない?」

「……そう。よかった」

 途中から、誰ともわからない声が聞こえてきた。

 それは恨みがましい声で、悲痛で、ずっと聞いていると頭がおかしくなりそうだった。

「フィオラ、大丈夫?」

「うん。だって、アリスお姉ちゃんが居るもの。本当はアリスお姉ちゃんの方が怖かったりして」

「なっ、ち、違うもん!」

「はい。図星ー。何年一緒に暮らしてきたと思ってるのさ。……あっ」

 フィオラの視線の先には黒い人影が転がっていた。

 アリスは「大丈夫ですか? え、でも、私達死んでるから、この人も死んでる……の? ねえ、フィオラ」と言ってフィオラの手を握ったが、フィオラはその手を振り切って目を見開いた。

「嘘。なんでこいつが。あたし、ちゃんと殺したのに!」

 フィオラは気が動転していた。自分が殺した相手に、死後に出会うなど、思いもしなかったのだ。

「落ち着いて、フィオラ。大丈夫よ。ここに居る人皆死んでるから」

 そういう問題でもないだろうと思いながら、フィオラは少し落ち着きを取り戻した。

「死んでまで、死を与えたいって思うの? 悔しいの? はっ。それ、遅すぎるから」

 黒い人影はグロテスクな顔面を見せ、フィオラの足を引っ張る。

「離れて! 気持ち悪い!」

 フィオラは掴まれている方の足を思い切り上へと蹴り上げると、それはボールのように弾み、遠くへと落ちて炎に焼かれた。

「おー。凄い脚力」

「アリスお姉ちゃん、そこじゃない」

 はあ、と溜め息を吐いたフィオラに、アリスは「何が?」と顔を覗き込んだ。

「いいよ。お姉ちゃんにはわからないから。それより奥、見てみてよ。光が見える。あそこまで行けば、あたし達転生出来るんじゃない?」

「うん。そうだねー。行ってみよう!」

 二人は走り出した。

 楽しそうに、後ろを振り返ることなどせずに。

「イヒヒ!」

 フィオラはアリスよりも先を走っていた。

「待ってよ、フィオラ!」

 アリスがどれだけ走ろうとも、フィオラには追い付けない。それは生きていた頃からそうだった。

 そしてフィオラが立ち止まっていて、、アリスが追い付くと、そこにはよく見知った人の死体があった。

「フィオラ、これ、私達じゃ……」

「うん」

 煙っぽい臭いに、黒焦げの焼死体が二体。

 二人は死んだ瞬間がフラッシュバックした。

「熱い。熱いよ!」

「フィオラ、落ち着いて! あれ? なんで? 煙で前が見えない……!」

「お姉ちゃんどこ? アリスお姉ちゃん!」

 次第に互いの姿を確認することが出来なくなった。

 それでもアリスとフィオラは互いを追い求めて、死の瞬間を何度も繰り返しながらのた打ち回った。

 何度も死んだ時を繰り返されて、それでも二人は進もうと互いの手を探し、見つけ、握って苦痛に耐えた。

「アリスお姉ちゃん」

「フィオラ」

「絶対、もう離さないからね」

 二人の声が重なった時、一気に死の瞬間は消え去った。

「え?」

 きょとんとするアリスに、泣き顔のフィオラ。

 フィオラは自分の涙が流れていることがわかると、袖で涙を拭き、うさぎのように真っ赤になった目でアリスを見た。

「アリスお姉ちゃん、もう熱くないね」

「うん。じゃあ、フィオラ、行こう?」

「わかった」

 アリスとフィオラは立ち上がる。互いの手を繋ぎ、光に向かって歩き出した。

 黒焦げの死体は、いつの間にか消えていた。

 炎の道は、白い道になっている。炎は完全に消えた。

 そして徐々に視界が明るくなっていく。

 暗かった周囲に、光が満ちる。

「ねえ、アリスお姉ちゃん」

 ゆっくり歩くアリスとフィオラ。フィオラはアリスに話しかけた。

「なあに?」

「もし、もう一度生まれ直したら、そしたらさ……」

 フィオラはごにょごにょと小声で何か言って顔を少し下に下げた。

「うん?」

「だから、生まれ直したら、今度はあたし間違わないから。だから、もう一度、妹にして」

「私で良いの?」

「アリスお姉ちゃんだから、良いの」

「そっか。じゃあ、私からもお願い。私を姉妹にしてね。約束だよ」

「うん」

 二人は指切りをした。

「あ、もう出口だ」

「長いようで、短かったね」

「そうだね。アリスお姉ちゃん」

「フィオラ、今度は裏切らないでね」

「はいはい。ごめんなさいって。今度は裏切らないよ。信じて」

「うん!」

 二人は手を繋いだまま光の中に飛び込んだ。


 光の中には、月の子が居るような白い空間があった。

「鏡アリス、桔梗フィオラ。よくここまで辿り着きましたね」

 優しい男性とも女性とも思える中性的な声が天から降りてきた。

「もう一度、人間として生きたいのでしょう? 月の子から聞きました。残念ですが、今すぐにその願いを叶えることは出来ません。でも、あなた達の一生くらい待っていただければ、次の人生に行くことが出来ます。ここで、その順番を待ちますか?」

 二人の答えはもう決まっていた。

「はい」

 声が重なった。

「よろしい。では、今は疲れを癒すためにただ眠りなさい。深く、深く。目を覚ましたら、次の人生が待っていますよ」

 その途端、二人は眠気に襲われた。

 そして、白い空間に心も体も溶けて、白に同化する。

「あなたは、良いのですか? リディア」

「ええ。女神様」

 リディアがふわりと白い空間に現れた。そして二人が溶けていった場所を、酷く愛しそうに撫でた。

「私は、魔女の皆を待たなければいけないから……」

「それはどうして? 転生する、しないは自由なんですよ。それに、ここまで辿り着けない魂もあります」

「皆と幸せになりたい。ただ、それだけなんです。そのためには、魂がここまで来なければ、意味がないんです。私は私が許せない。だから、魂も綺麗にならない。綺麗にするには、皆を待たなければ」

「……そうですか。良いでしょう。あなたの気が済むまでここに居なさい。そして見送り続けなさい。自分への怒りが、恨みがなくなるまで」

「はい。ありがとうございます」

 そしてリディアは白に同化した。

 ただし、アリスやフィオラとは違い、自分の意思で姿を消したり現したり出来るが。

 リディアは思う。

 きっと、最後に現れるのはマーシャだろうなと。

 そうしたら、死ぬ前の話をして、そうして生きていて楽しかったことを話して……。

 リディアはひっそりと、涙を流した。

 それを知るのは、神のみだった。


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