「ねえ、フィオラ。フィオラは私のこと、憎かった?」
「イヒヒ。そこそこね。だって、アリスお姉ちゃんは綺麗なことばかりやってたから。ズルいなーって、いつも思ってた。ねえ、膝貸して」
そう言ってフィオラはアリスの膝に頭を乗せた。
「こういうのも、本当はしてもらいたかった。死んでから出来るなんて思わなかったけど」
「そっか……。ごめんね、フィオラ」
「アリスお姉ちゃんは謝らないで良いよ。こんなんでも、あたしはアリスお姉ちゃんを、お姉ちゃんだと思ってるからさ」
「うん」
「アリスお姉ちゃん。あたし、本当のことしか言わないからね。だから、信じていてね。お願い」
「うん。勿論よ」
そしてフィオラは語り始めた。
フィオラの、生きてきた時間を。
フィオラが物心ついた頃、家には両親が居て、幸せに暮らしていたという。
だが、ある日突然両親は他界した。
警察によるとそれは自殺らしい。
でも、フィオラはそれを受け入れられなかった。
「お父さんとお母さん、いつも笑ってたんだ。誰に憎まれるでもない、普通の人達だった。そんな人達が、自殺なんてしないとあたしは思う」
アリスに膝枕をしてもらい、フィオラは目元を片手で覆った。
そして思い出す。
葬式が終わると、親戚はどこも手一杯でフィオラを受け入れる余裕などないと言って、施設に送り込まれたのだ。
施設に連れて行かれて、にこにこ微笑んでいるママと呼ばれる施設の主。でもフィオラは幼いながらに、いや、幼いからこそ気づいた。その笑顔は嘘だらけだと。
その時、フィオラは六歳だった。
フィオラはその後、六年施設に居ることとなった。
施設に入ってまず思ったことは、ママの外面の良さ。
フィオラはそれが気に食わなくて、ママに怒られるようなことばかりやっていた。
盗み、物を壊す、わざと街で迷子になる。
その度にママはフィオラを強く叱責した。
でも、それがフィオラには、嬉しいことだった。
「なんで?」
アリスがそう聞くと、フィオラはにやっと笑う。
「自分を見ててくれてるって、少なくとも思えるじゃん。それに、あのママのお綺麗な顔が酷く歪むのが面白くて」
フィオラはけらけら笑ってそう言った。
「寂しかったんだね」
アリスが思わず言葉を漏らすと、フィオラはぴたりと笑うのをやめて、アリスをじっと見た。
「あたし、アリスお姉ちゃんのそういうところ大嫌い。なんでわかるの。こっちが必死になって隠してたこと、どうして見抜いちゃうの。いつも鈍感な癖に、変なところで勘が鋭いんだから」
「……ごめん」
「謝らないでよ。余計、惨めになるじゃない」
そしてまたフィオラは語り始める。
悪い友達はたくさんいた。施設の中でも、落ちこぼれと言われる子達。
そんな中に、フィオラは居た。
ママは悪い友達のことも、フィオラのことも良く思っていなくて、どんどんどんどん罰が重くなってしまった。
いつか、死人が出るんじゃないだろうか。そう思える程、酷い状況だった。
そしてそれは突然訪れる。
「ママがね、ついにある子を殺しちゃったの。凍死だったかな。表向きは遊んでいて外で死んだことになってたけど、本当はママが外に追い出しちゃったのが原因。その頃かな、教会からシスターが派遣されるようになったの。魔女が子供を連れて行くって噂と、多分、ママを監視するためだと思う。でも、教会の人間も悪い人っているんだね。ママと一緒になって子供をいじめる人も、中には居たんだよ」
――もうすぐあたしの番だろうな。フィオラはそう思ったのだとアリスに言った。
「そんな時だよ、アリスお姉ちゃんと出会ったのは」
女神なんて信じなかったけれど、その時はアリスが女神に見えた。そして、魔女だと知った時、堪らなく嬉しかった。
「やっと独り立ち出来るって思った。もうママに怒られることもなくなるって。あたしは誰かの役に立ちたいなんて傲慢なことは思わない。だけど、必要とされてる限りは、少しだけ、手伝ってやっても良いかなって思ったよ」
そして始まった魔女の日々。
アリスから薬の作り方を教わり、リディアに呪いを教わった。
フィオラは頭で考えるのは苦手だ。だから薬の知識はどう頑張っても覚えられなかった。
逆に、呪いは簡単だった。感覚的にやれて、とても簡単だったのだ。
これぞ適材適所と、リディアは呪いの仕事をフィオラにたんまり任せた。
早く慣れるように。
でもそれは、フィオラの心に棘を刺すこともあった。
「アリスお姉ちゃんはわかる? 人を殺して、ありがとうって言われる気持ち。あたしはね、最初は嫌だった。なんで人を殺してありがとうって言われるんだろうって。でも段々、わかってきた。なんで呪いたいかって考えた時に、相手が、幸せだから不幸せになってもらいたいんだと。あと、本当に相手が憎い人、報いを受けさせたいという人もいる。でね、慣れると感覚が麻痺しちゃうんだ。死んでくれてありがとう、今日も小銭稼ぎ出来たよなんて、思っちゃうんだ。そんな自分が大嫌いで、あたしはふとアリスお姉ちゃんを見た。そうしたら、アリスお姉ちゃんは綺麗なところで綺麗に笑ってる。ああ、なんであたし、こんなに汚れてるんだろう。そう思った時、あたしは気づいたら教会と繋がってたんだよ」
教会と繋がるのはとても簡単だった。魔女の情報を渡すと言えば、それで中に入れてくれたからだ。
「あたしの心はどんどん死んでいく。なのにアリスお姉ちゃんは笑って過ごせている。それが、とても目障りだった」
フィオラはふと笑って、眉を下げたアリスの頬に手を伸ばした。
「そんな顔しないでよ。アリスお姉ちゃん。あたし、もうそんな感情ないからさ」
「ごめんね、気づけなくて……」
「いいって。アリスお姉ちゃんのせいじゃないもの」
ほんの少し、たった少しで良いから、アリスお姉ちゃんが苦しみますように。そう願った。
でもそれは、願ってはいけないことだった。
教会との話し合いでは、魔女は殺さない約束だった。
でも、いざとなると、大人の魔女も、幼い魔女さえも殺してしまった。
――ああ、もうダメだ。終わりだなぁ。
そう思ってフィオラはアリスとリディアが居るであろう教会の扉に手を掛けた。
「あとは、知っての通りだよ。罪悪感に駆られてアリスお姉ちゃんを逃がして、捕まって……。魔女らしく火焙りにされて死んだよ」
「そっか。ねえ、フィオラ」
「何?」
「生きて良かった?」
アリスにそう問われたフィオラは「イヒヒ」と漏らす。
「いろいろあったけど、楽しかったよ」
その微笑んだフィオラは、とても美しかった。
「よかった。私もね、フィオラに会えてよかった。生きてて、良かったって思えるよ」
と言って、アリスも微笑んだ。
「この先、あたし達どこに行くんだろう」
「さあ……? 地獄かもね」
「お姉ちゃんも一緒?」
「それはわからないけれど、一緒に付いて行きたいな」
「イヒヒ。ありがとう。アリスお姉ちゃん」
二人は抱き締め合った。
相変わらず、心臓の音は聞こえないが、温かかった。
「旅人さん達、お話は終わった?」
二人は抱き締めるのをやめ、声のする方向を見た。
先程まで居なかった月の子が居た。
「月の子君、お話、終わったよ。ありがとうね」
アリスがそう言うと、月の子はにこりと笑って「それはよかった」と言った。
「さあ、迷える旅人よ。君達は人生という短い旅を終えてきた。君達はこれからどうしたい? 怨みを持ってまた現世に戻るか、それとも、死した今を受け入れて再び輪廻に入るか。選ぶのは君達だよ。と言っても、君達はもう答えを見つけているね。そうでしょ?」
二人は微笑み、こう答えた。
「もう一度、生きたい」と……。