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第13話 裏切りと呪いの言葉

「聞けよ、聞け! この魔女は我々に魔女の情報を流した! しかし、やはり魔女は魔女だった。我々を裏切り、魔女の逃亡に手を貸した! これは紛れもない裏切りである!」

 十字架にかけられたフィオラは罵詈雑言を受けるが、唾を吐いて「一人に対して人数が多すぎでしょ。頭悪いのかなあ?」と挑発した。

「この魔女はこの通り、改心する気もない! よって、死刑が適当と思われるが皆はどう思う!」

「死刑! 死刑!」

 集まった人々が揃って「死刑」と口にする。

 フィオラは聖職者達を見下ろす。

 ついに、自分が死ぬ時がやってきた。

 これまでの人生を考えると、こうなるのは当たり前かと、そっと瞳を閉じる。

「これより魔女を火焙りにする!」

 フィオラの足下に火が点けられた。

 まだ熱さはない。

 だが、じりじりと迫る炎の手に、フィオラは恐れを抱いた。

 十字架にかけられているのはフィオラだけではない。他に捕らえられた魔女が、何名も火にかけられている。

「もうやめて! お願い! 魔女なんて、やめるから!」

「助けて!」

 きっと見せしめも兼ねているのだろう。

 集まった群衆は、息を荒くして見ていた。

 中には物を投げる者もいる。

 悲痛な叫びを上げる魔女達に、いよいよ炎が、身を焦がす。

 皮膚が焼け爛れ、煙が肺を犯す。

「終わっちゃう、終わっちゃうなあ……。イヒヒ」

 フィオラの銀の髪が炎と共に空へと舞い上がる。

「アリスお姉ちゃん、リディアお姉ちゃん。あたし、謝らないよ。でも、もし天国というものがあるのだとしたら、お姉ちゃん達は、天国に行ってね。あたしは地獄でこいつらを呪うから。綺麗なお姉ちゃん達には、それが一番似合うよ」

 次第に息が苦しくなって、鼻から吸う空気が苦しい。咽喉が痛い。

 あちらこちらから魔女達の悲鳴が聞こえる。

 フィオラは意地でも声を出さない。どんなに痛くても、熱くても。

 それが裏切りの代償だと思ったからだ。

 肉が焼けていく。不快な臭いが漂う。

 死が、近づいていく。

 そしていろいろなことを思い出す。

 フィオラはその思い出の大半が楽しくて、笑みを浮かべていた。

 もう戻っては来ない。自分のせいだけれども。

――ああ、あの日々は、楽しかったな。

 その思い出を胸に、フィオラは焼け死んだ。


 フィオラ達の死体に、祈りを捧げるのはたった一人しかいなかった。

 それはルナだ。あの後、一時の気の迷いということで釈放されたのだ。

 彼女は悔いていた。

 フィオラ達が焼かれる姿をただ見ていることしか出来なかった。

 本当なら、見ることすらしたくない。でもそれは、聖職者として許されることではなかった。

 せめて、亡骸だけでもと、随分小さく軽くなった死体を土に埋めようとした。

 しかし、ルナより上の聖職者達がそれを許さない。

 ルナは仕方なく、祈りを捧げることにした。

 欠けていく月を背に、毎日、ルナは祈る。

 もし誰かが忘れても、自分は忘れないと強く心に誓って。

 アリスやリディアと過ごした日、フィオラに聞いた思い出話。

 そして生涯を終えた魔女達……。

「ああ、女神様。お許しください。どうか、どうか」

――救いを。

 ルナにはわからなかった。

 聖職者の方が悪魔のようだと思えたのだ。

 魔女達が何をしたというのだろう。確かに呪いはわからないでもない。でも、だったら癒しを主にしていたアリスは?

 人を救おうとした善良な魔女達は、一体何が悪かったと言うの。

「ルナ、こんな者達に祈りなど捧げなくて結構。早く、自分の教会へお戻りなさい」

 涙も見せない、こんな人達が聖職者なのだろうか。

「そうよ。ルナ。魔女は処刑されるべきなの。仕方のないことなの。私達の生活が危ぶまれるのよ」

 ただ生きたかっただけの人達を、殺して。

 それって、本当に、やっていいことなの?

「……・シスター」

「何?」

 冷たい眼差し。無機質で、ルナをまるで見ていないよう。

「何でも、ありません」

「そう。もし困ったことがあったら、言って頂戴ね」

「はい」

 ルナは思った。見ているだけ、それすらも罪なのだと。

 リディアやアリスを思い出すと胸が熱くなる。

 涙が、溢れた。

 もう戻ってこない。シスターになってからの、初めてのお友達。

 私だけでも覚えていよう。犠牲になった、命達を。

 宗教という、大きなもので、同じ人間を犠牲にする人達を。

 そう心に決めて、聖職者としての道を生き続けることにした。


「……この街の魔女も、もう居ない、か」

 街を見下ろす生き残った魔女達は、そう呟いた魔女に不安気に視線をやった。

「大丈夫。また別の街でやっていこう。私が、何とかするから」

 その魔女は黒いスーツを着ている。魔女はホームのボスである、マーシャだった。

「マーシャ姉さん。私達、本当に生きられるの?」

 幼い魔女がそう聞いた。

 二十代以上の魔女は少ない。ほとんどが、幼い魔女達だ。

「ああ、大丈夫。お前達を救った魔女達に誓って、私は皆を助ける。これまでと同じにね。最初は厳しいかもしれないけれど、きっと今にご飯を腹いっぱい食べられるようになる。……そんな心配そうな顔をしないで。ね」

 多くの大人の魔女が幼い魔女を逃がそうと、あの悪夢のような日に散っていった。

 マーシャも多くの魔女を救いたいと思っていた。だが、他の魔女達が「私の妹をお願い」と、マーシャに託して命の薔薇を散らせていく。マーシャは生き残りを助けるために、生きなければならなかったのだ。

「マーシャ姉さん、もう行こう。私、姉さんを殺したこの街に、居たくない」

「私も」

「僕も」

 仕舞いには泣き出す魔女も居て、それが皆に伝染する。

 マーシャは細く長い溜め息を吐くと、諦めたような、疲れた笑みを浮かべた。

「さあ、行こうか。新しい地に」

 マーシャ達は歩き出す。生まれ育った街を去らなければならない辛さはあったが、こうなってしまっては、もうこの街には居られない。

 どこから情報が洩れるかもわからない。そんな場所で、魔女として動けるはずもない。

 だから、捨てるしかない。

 生きてる間に、戻って来れたら……。いや、それも叶わない夢物語だろう。

「あ! マーシャ姉さん、あそこに人が倒れてるよ?」

「え? ……アリス!」

 そこにあったのは、真っ黒な煤だらけのアリスだった。手も足も、可愛らしかった顔も、酷い火傷でぐちゃぐちゃになっている。

「アリス、アリス!」

 アリスは返事をしない。それでもマーシャはアリスを呼び続けた。

「マーシャお姉ちゃん、その人、もう死んでるよ」

 誰かがそう言っていた。

 でも、マーシャは壊れたようにアリスを撫で、声を掛け、涙を流した。


 しばらくすると、マーシャも正気に戻り、アリスの遺体を森の辛うじて残った自然の綺麗な場所にアリスの体そっと置いて、耳元でこう囁いた。

「あなた達を殺したあいつらを、私は決して許さない。だから、安心してお逝きなさい。今まで、ありがとう。お疲れ様」

 アリスの額にマーシャは口づけを落とした。

「さあ、行くよ。皆で行くから、新しい土地でも大丈夫。コネもあるからね」

 マーシャは立ち上がった。

「マーシャ姉さん……。泣いてるよ?」

「ん? あ、本当だ。ふふ。うふふ。大丈夫よ。ごめんね。ありがとう」

 マーシャは涙を手で拭うと、魔女達の先頭を歩き始めた。

 その顔は、悲痛な表情だった。

「……さようなら」

 こうして、一つの街から魔女が消えた。


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