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第10話 赤い森

 魔女達の定期的な集会。ホームでの、大事な時間。

 そこには平穏がある。

 そう思われていた。


 アリスとリディアがホームに行こうと家を出る。

「フィオラ、何やってるの。早くおいで」

 いつまでも付いてこないフィオラに、リディアがそう言うと、フィオラは「今日体調不良で休みってことにしておいてくれないかな? あたし、今日ちょーっと予定があるんだよね」と言って、両手を合わせて頼み込んだ。

 リディアは「今回だけだよ」と言って、フィオラを置いてアリスと二人でホームに行くこととなった。

 フィオラはそれを笑顔で見送る。

 その笑顔の裏に、何が隠されているのか二人は知らないまま。


「フィオラ、今日予定があるって言ってたけど、何だろう。お仕事かな……」

 アリスが心配そうにリディアに話しかける。するとリディアは「さあ、どうだろう」とだけ言って、アリスの手を引いて歩き続ける。

 ホームに着くまで、無言の時間が続いた。

 いつもなら、三人で笑ってホームに向かうのに。


 ホームに行くと、ほとんどの魔女が顔を出していて、その中には勿論マーシャも居た。

「あら、今日は一人足りないじゃない。どうしたの。リディア。病気?」

「いや? 違うさ。アリス、私はマーシャとちょっと話があるから、適当に何か飲んで待ってな」

「うん。わかった」

 二人はこそこそと壁際で話し始めた。

 その表情には、何か緊迫したものを感じる。

 アリスは仕方なく、オレンジジュースの入ったグラスを手にして空いている椅子に座った。

 ごくりと一口飲むと、甘さが口の中いっぱいに広がる。

「おっと」

 そこへほとんど会ったことのない魔女が、アリスの頭に氷水を零した。

「ごめんごめん。綺麗なお顔が水浸しになっちゃった。やっぱり綺麗な仕事しているからか、お顔も綺麗なのねー」

 くすくす。くすくす。

 三人の魔女に囲まれ、アリスは水を拭くことも出来ず、ただ固まっていた。

「癒しの専門魔女って、あんたでしょ。呪いが出来ないんだってね。なのに魔女を名乗るって、どういうこと? 人を殺すことも、嫌と言わずにやってる私達と違うんだから、魔女なんて辞めちゃいなさいよ」

「そうよ」

「みーんな言ってるよ。アリスって子は特別なんだって。マーシャ様とリディアさんのお気に入りだから、皆手を出さないだけで、本当は嫌ってるのよ。あんたのこと」

 その途端、どこからか笑い声が聞こえた。

 アリスは振り向いたが、誰が笑ったのかわからない。

 自分が笑われているのかどうか、それすらも。

「別に私、好きで呪いをしてないわけじゃ……」

 向き不向きがあるんだと、そう説明しようとしたアリスに、面と向かって氷水をアリスに零した魔女がこう吐き捨てる。

「偽善者」

 アリスは視界が暗くなっていくのを感じた。

 これでは、施設と同じではないか。

 あんたと呼ばれ、仲間外れにされ、道具のように扱われ……。

「……っ」

 アリスは目を伏せた。

 その姿に、三人は高笑いをし、アリスを囲んで酷い言葉を浴びせた。

 次第に、他の魔女達が集まり始め、三人に注意をする。

「こら、やめなさい。あなた達がしていることはいじめよ」

「いじめ? 私達、いじめてませんけど。むしろこっちがいじめられてるって言うか、綺麗なことしかしないからこっちにしわ寄せが来るんですよ。わかるでしょ?」

 アリスは心の中で助けを呼んだ。だが、そう都合よくやって来てくれるヒーローなんていないのだ。

「ちょっと表出ようか。もっと話したいこと、あるし、ねっ!」

 その魔女は蹴りを一発、アリスの足にした。

「痛っ」

「こっち来いよ」

 アリスの長い髪を引っ掴んで、その魔女は外に出ようとした。

「痛い! やめて! お願い!」

 アリスは大声で言ったつもりだったが、実際出た声は、とても小さなものだった。

 もうすぐ、ドアまで着いてしまう。

 そんな時だった。

 ドアから見知らぬ魔女が酷く慌てた様子で飛び込んできたのだ。

「助けてください!」

 その魔女が入った途端、何かを焦がしたような臭いがした。


 アリスをいじめていた魔女達も、静観していた魔女達も、皆、入って来た魔女に注目している。

 マーシャとリディアもそれに気づき、焦げ臭い魔女の目の前にやって来た。

「どうしたの」

 マーシャがそう聞くと、深く目元まで被っていたフードを取って、魔女が顔を曝け出した。

 そこには、出来たばかりの醜い火傷があった。

「私は北のホームの魔女です。ホームのある森を焼かれ、妹達を助けられないまま、ただひとり、逃げてきました」

 一気に空気が凍った。

 マーシャが詳しいことを聞き出す。すると、こんなことがわかったのだ。

 魔女に教会の内通者がいる。

 それは、誰もが恐れていたことだった。


 逃げてきた魔女の手当てをしながら、マーシャは他の魔女達に家に帰っていつでも逃げられる準備をするようにと命令した。

「アリス、私達も……って、なんでこんな水浸しなの? ああ、でも今はそんなことより、家に帰らなくちゃ。もし、何かあったら嫌だもんね。逃げるにしても、フィオラを置いては行けないでしょ」

「うん! 早く戻ろう。リディア姉さん!」

 アリスは目元に溜まった塩辛い水を手で拭って自分を奮い立たせた。

 本当は、とても怖い。

 仲間だと思っていた人達から邪魔者扱いされていることも、魔女狩りがあったことも、内通者がいることも。

 でも、今はリディアがいる。

 先程とは違う。

 そして、アリスはリディアと共に家へと急いだ。


 歩いて、家まであと少し。

 アリスが無事に戻れたことに喜びの色を見せる。

 そこへ、リディアが「アリス! あそこを見て!」と指を指した。

 言われた通り、アリスがリディアの指の先を見てみるとそこには真っ赤に燃える森の姿があった。

「……嘘でしょ。あそこにはホームがあるのに。マーシャ姉さんは? あの逃げてきた魔女は、どうなっちゃうの?」

 信じられない光景を目の当たりにしたアリスは、膝から崩れ落ちた。

「フィオラ……、そうだ。フィオラは無事なの? リディア姉さん、早く、帰らなくちゃ!」

「わかってる。わかってるから! アリス、行くよ!」

 アリスの手を掴んで立たせ、リディアはアリスと共に家に飛び込んだ。

「フィオラ!」

 そこにフィオラの姿はなかった。

「フィオラ、どこ? 逃げなくちゃいけないの! どこにいるの?」

 アリスが慌てて探すも、フィオラは家の中にはいなかった。

 リディアが、立ったまま、拳を震わせていた。

 アリスは最初、心配で震えているんだと思っていた。だが、リディアの目を見て、驚きを隠せなかった。

 その表情は、怒りに満ちていたのだ。

「……やっぱり、あいつだったのか」

「姉さん。どういうこと?」

「内通者は、フィオラだと、ある魔女から密告があったんだ」

「え……」

「きっと今日、ホームに来なかったのは、教会に情報を流すためだったんだ」

「そんな、嘘でしょ。だって、フィオラだよ? 私達の、可愛い妹だよ? リディア姉さん、なんで、そんなこと言うの」

 アリスは必死に今いないフィオラのことを信じようとした。いや、疑うことをしたくなかった。

 それをしてしまったら、二度と楽しい日々がやって来ないように思えたからだ。

「残念だけど、本当だよ。証拠の写真も見た。証言もあった。それに、私、見たんだ。ルナとフィオラが、教会に行くところを。フィオラは、神も悪魔も信仰なんてしていない。なのに、なんで教会に行くと思う? 確かに、憶測の域だけれど、今一番しっくりするのは、情報を流し、自分だけが生き残ろうとしているんだ」

「……フィオラ。なんで」

 アリスの心はたくさんの感情でごちゃごちゃになっていた。

「とにかく、フィオラの件は後回し。私達は逃げるよ。多分、この家も狙われる」

「でも、フィオラを待たなくちゃ」

 アリスはぼーっとして、そう呟いた。

「アリス!」

 リディアはアリスの頬を平手打ちした。

「いい加減におし! もうあの子は戻ってこない! あの子は、裏切ったんだよ! 私達、魔女を!」

 いつかのフィオラの言葉を、アリスは思い出していた。「約束して。あたしを裏切らないって」と、確かにそう言っていたはずだ。

「なんで」

 ふと見た窓の先に、燃える森の光がアリスには見えた。


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