教会に着くと、教会へはアリスが礼拝に来たということにし、内部の人間をアリスに注目させた。
「あら、アリスさん! お久しぶりです!」
そこへ、ルナがやって来た。
「ルナさん! お久しぶりです。礼拝ですか?」
「うん。そうです。……ちょっとルナさん、耳貸して」
「はい?」
アリスはルナが話を聞いてくれると信じ、こっそり耳打ちをした。
「この教会に悪魔に憑かれた子がいるはずなんだけど、その子、悪魔憑きじゃないから、何とか逃がしてあげたいんです。付き合ってくれますか?」
「あっ、あの子ですね。やっぱり、悪魔憑きじゃないのは何となくわかってました。ただ、教会は実績を上げたいんです。魔女や悪魔を処刑することで、教会を確かなものにしたいので、そう簡単には……。でも、私に出来ることがあるなら、仰ってください。協力します」
「ありがとう。ルナさん」
リディアとフィオラは教会の地下に居る。
連れて行かれたプティを探すために。
アリスはその二人が動けるようにルナと協力し、深い悩みを持った女を演じることとした。
「ああ、シスタールナ。私はどうしたらいいのでしょう! こんなに罪深い私を、女神様は決して許してはくれないでしょう。ああ、どうすればいいのか……。心がぐちゃぐちゃになってしまって、どうしようもないんです」
「まあまあ、そう思われるのも仕方ありませんわ。すみません。先輩方、どうかこの方の悩みを一緒に聞いてはいただけませんでしょうか。私だけではとても荷が重いのです」
新人のルナがそう言うのならと、教会中のシスターが集まった。
どうやら今日はあまり人数がいないらしい。
これは好都合とばかりに、アリスは演技を続ける。
「今日も人に死んでしまえと思ったんです。ちょっと肩がぶつかっただけなのに……。ああ、申し訳ない。生きていてごめんなさい」
そのアリスの演技はあまりに粗末なものだったが、シスターというのは基本疑ってはいけないため、真剣に相談に乗った。
一方、その頃、リディアとフィオラは地下でプティを見つけた。部屋に閉じ込められていたため、鍵開けが得意なフィオラが扉を開けると、プティはにっこり笑った。
「やっぱり来てくれたんだ。アリスは。えっと、初めまして。僕がプティです」
プティの身体中には痛々しい傷があった。
「今、この階に人はいないから、逃げるなら今しかないと思います」
「わかった。急ごう」
リディアはプティを抱き上げ、フィオラの知っている裏道を使って、一旦家まで隠れて帰ることにした。勿論、プティを連れて。
アリスはなるべく長い時間ありもしない後悔を喚き、それを慰められ、諭され、いよいよネタがなくなると、ルナがこっそり地下まで見に行き、プティがいないことを確認すると、そのことをアリスに耳打ちした。
そしてアリスは「お話を聞いてくださって、ありがとうございました。もう一度、頑張ってみようと思います」と言って、その場を後にした。
アリスが家に帰ると、プティが椅子に座って紅茶を飲んでいた。
「あ! アリス!」
アリスが帰ってきたことに気づくと、プティはティーカップを置いて、アリスに飛びついた。
「アリス、ありがとう」
相変わらず、どこを見ているのかわからない眼をしているが、アリスはそれがとても綺麗に思えた。
「リディア姉さん、フィオラ、ありがとう。でも、プティが家に戻ったら、不味いよね……」
「あー、私思ったんだけど、特例で魔女になれないかマーシャに聞いてみるよ」
「は? あたしの時はかなり時間掛かったのに、この子だけズルくない?」
フィオラは明らかに不機嫌そうに口を尖らせた。
「まあまあ。フィオラのことは私達が単純に忘れてただけだから、本当に申し訳ないと思ってる。でも、プティの緊急性も理解してくれないかな……」
「フィオラ、ごめんね?」
リディアに続いてプティがそう言うと、フィオラは「気分悪い」と言って、自室に閉じこもってしまった。
「とりあえず、プティにはここに居てもらうよ。でも外出は出来ない。何故かはわかるね?」
「うん。僕がいることバレたら教会の人達が皆を火焙りにしちゃうんでしょ」
「そう。あ、そうだ。アリス、ご飯適当に食べて、私達、もう食べちゃったから」
「はーい」
そうして、その日はいつもよりも賑やかに、けれど不穏な空気で終わった。
プティの件は教会中を混乱させ、やはり悪魔だったんだと、教会の人間は決めつけた。
その頃には特例でプティは魔女になっていた。
家はアリスとは違うところに行くことになったが、ホームで会えることも、その内あるかもしれない。
ただし、両親とはもう会えない。
今までの街で、もし教会の人間に合ってしまったらと考えると、リスクが高すぎる。
「ご両親には、私達から安心してって、伝えておくから」
「うん。ありがとう、アリス、リディア、ついでにフィオラ」
そう言って、プティは別のホームの家に移った。
「何だか寂しいな……」
「おいおい、アリスー、私達が居るじゃない」
リディアがアリスの肩に手をぐるりと回して引っ付いた。
「そうだよ。それにあたし、あの子に良く思われてなかったからさ。ま、厄介払いって感じだよね」
「こら、フィオラ!」
「えへへ。ごめんね? お姉ちゃん達」
そして、別の日のホームに集まる日、マーシャからアリスに手紙を渡された。
差出人を見ると、プティと書いてあった。
封を開け、中を見ると、「ありがとう。僕は幸せ。ただ、フィオラという子に気を付けて」と書いてあった。
アリスは返信をする気がなかった。フィオラに気をつけろというのは、よくわからなかったが、きっと何かあるんだろうなあとだけ思うことにした。
この時のことを、ちゃんと心に置いておけばと、後になってアリスは知ることとなる。
後日、アリスは一人でプティの両親に会いに行った。
「そういうことで、我々で保護しました。ただ、居場所とかは教えられません。ですが、安心してください。簡単には見つからないところですから」
「そう……。よかった。私達、思うの。アリスさんに任せて良かったって。あの子が生きていられるなら、私達は何も言いません。本当に、ありがとう」
「私は何もしていませんよ。でも、よかった。お父さんとお母さんが、ちゃんとプティ君のことを、幸せにしたいって思っていてくれて」
「私達、どうかしてたんです。だから、あの子を道具のように扱うのも平然としてやっていた。もう、後悔ばかりです。ね、あなた」
「ええ。本当に、お恥ずかしい限りです。お若いアリスさんに、プティに人間として大事なことの初歩的な部分を教えてもらうなんて」
「気づけただけ、偉いと思います。では、私はこれで。あ、そうそう。魔女と関わったことはどうぞご内密に。うっかり話したりしたら、私達の命がなくなりますので」
「重々承知しております。では、アリスさん。ありがとうございました」
「はい」
こうしてアリスは家へと帰った。
その頃、教会ではちょっとした騒ぎになっていた。
やはり魔女が、悪魔がと、プティを躍起になって探していた。
しかし、プティの居るホームは違う街にある。簡単に探せはしない。
アリスでさえも知らない場所なのだ。マーシャとリディアは知っているだろうが、きっと教えてはくれないだろう。
そう思うと、少し悲しい気持ちになった。
「アリスお姉ちゃん、どうしたの?」
気づけばアリスは安堵からか、大粒の涙を零していた。
願わくは、プティが幸せに生きていられますようにと、そして出会いに感謝を、全て涙にして。
袖で涙を拭ってアリスはフィオラにこう言った。
「ごめんね。大丈夫だから、気にしないで」
フィオラはいつもの笑い方で笑った。