時間が過ぎるのは早い。アリスとリディアがフィオラに呪いや薬の作り方を教え始めて、四年の月日が流れた。
そんなある日のことである。
アリス達のホームの近くにある別のホームが聖職者に見つかり、魔女達は命からがら逃げることが出来たという報告がマーシャからあった。
そのことで、魔女達にある命令が出た。魔女の招待状を絶対に出してはいけない。また、教会に行くときは十分注意すること。
つまり、新入りは認めないということだ。新入りが教会側の人間だった場合、簡単にホームはなくなってしまう。それを警戒してのことだった。
「ねえ、あたし入れ墨まだ入れてないんだけど」
フィオラがホームでぽつりとそう呟いた。
「あっ、そうだった! ごめんね、四年間も私何してたんだろう。フィオラも魔女なんだから、入れ墨入れたいよね。えっと、どこに入れたい?」
アリスがマーシャに事情を話して入れ墨のシールを一枚貰った。
「首の左側。ここ、切られたら死んじゃうでしょ。あたし、そう簡単に死なないつもりだし、カッコいいじゃない。ね、アリスお姉ちゃん。良いよね」
「フィオラが入れたいところに入れればいいよ。私は賛成」
「そう。良かった。イヒヒ」
ぺたりとフィオラの首にシールを貼った。剥がすとそこには薔薇の入れ墨が入っていた。
「これであたしも正式な魔女だね。ま、あたしは呪い専門だけどさ。イヒヒ」
フィオラは慣れた手つきで煙草を口に銜え、火を点けた。
一息吸い、紫煙を吐き出す。
「正直、あたしはアリスお姉ちゃんが羨ましい。だってあたしと違ってホームに来てすぐに魔女になれたんでしょ? それって、すぐに家族になれたってことじゃん」
口を尖らせ、眉を顰めるフィオラ。アリスはそんなことにも気づけなかったんだと、自分を責めた。
「アリスお姉ちゃんのことだから、きっと今後悔してるでしょ。イヒヒ。あたし、そういうのわかるの。あの施設で生きてくために、必死で身に着けたんだから。勿論ね、薬の作り方を教えてくれたのも感謝してる。ただ、あたしの得意分野ではなかった。救うことよりも、命を奪う呪いの方が、あたしには合っていた」
フィオラはゆっくりと煙草の煙を吐き出す。
「ねえ、アリスお姉ちゃん。アリスお姉ちゃんは魔女になって、これからどうしたいの?」
アリスは答えられなかった。これから、どうしたいのか。全く考えていなかった。ただ、今の平穏な日々が続けばと、そればかりを願って生きてきた。でも、他のホームが見つかって、魔女は危うい立場にいると再確認させられた。
ああ、どうしたらいいのだろう。これから、何をどうしていけば……。
「アーリス! こっちおいで。フィオラも!」
リディアが手招きをして二人を呼んだ。
「この前ルナと話したんだけど、聖職者の動きが活発なのよ。それで、私達の行動も、制限させてもらうわ。教会に行くのは必ず二人以上で。追跡されないように、わざと遠回りして帰ること。アリスは苦手かもしれないけど、私かフィオラなら何とかなると思うから、アリスは私達の後ろを付いて歩いてね」
「えー。リディア姉さん。私、そんなにとろい?」
「とろい」
「アリスお姉ちゃんには悪いけど、とろい」
「リディア姉さんだけでなく、フィオラまで……。酷いよー」
二人は無言でアリスの肩を叩いた。諦めろとでも言うように。
アリスはむすりとした。確かに街の道を覚えるのは苦手だし、地図も読めない。でもいつも通る道くらいは覚えている。……そうか。いつも通る道だからいけないのか。
なるほど、とアリスは思った。確かにこれは、二人に任せた方が良い。方向音痴なアリスと違って、街の道という道を知っている二人なら、問題ないだろう。
「さーて、フィオラは十六歳だったね。もうすぐお酒飲める年齢だね。楽しみだ。そしてアリス、お酒付き合って」
ウインクをするリディアに、アリスは断るに断れず、カクテルを一杯だけ飲んだ。
「私、このアルコールって感じの味が苦手なんだよね。カルーアミルクなら大丈夫なんだけど」
「おこちゃま舌だねえ、アリスは。フィオラはまだ飲んじゃダメだよ。これは大人の楽しみ。本来ならフィオラの煙草だっていけないんだからね」
「はーい。でも煙草は止めないよ。あたしのストレス発散なんだから」
「未成年の犯罪を助長するのが魔女ではありませんー。もう。程々にしておきなよ」
「そうだよ。フィオラ。私とリディア姉さんの言うこと、ちゃんと聞いてよね」
「わかってるってば。じゃ、あたしは情報収集するから」
フィオラはそう言うと、ホームに来ている魔女達の輪に加わり、情報交換をし始めた。
アリス達の家で、一番情報を手に入れられるのはリディアだ。次にフィオラ。そして一番情報交換が出来ないのがアリスだ。
アリスは駆け引きが極端に出来ない。また、人と話すことも苦手なのだ。ただ、聖職者のルナからは好かれている。だから、教会の動きを探るのはアリスが任せられることが多い。毎朝、教会に行き、祈りを捧げ、ルナと話す。それだけでも、得られる情報があるのだ。
「そうだ。リディア姉さん。ルナから聞いたんだけど、今度私達の近くの森を聖職者達が見て回るって。多分、ルナが上手いことやってくれると思うけど、念のため、しばらくはあの教会に行かない方が良いかもしれない。それか、一般人を装って、魔女ということを隠してお祈りだけをするか。リディア姉さんならどうする?」
「私は……、行かないかな。結構私は政治家とか貴族を相手にしてるから、顔を知られている可能性がある。連れて行くならフィオラを連れて行きな。フィオラは街のこと知ってるから、逃げ道だってわかってる。だよね。フィオラ」
情報交換をしているフィオラを呼び戻したリディアがそう言うと、フィオラは腰に手を当てて煙草を手に、にっと笑った。
「まあね。それにアリスお姉ちゃんを放っておけないし、仕方ないから一緒に行ってあげる」
「うー……。なんか私の方が魔女歴長いのに、フィオラの方がベテランみたい」
フィオラはアリスの肩をばしっと叩いてこう言う。
「そんなことないよ。人には得意不得意があるってことだけ。実際、あたしは呪いばかりやってて、アリスお姉ちゃんは薬作りばかりでしょ? お互いが苦手な部分を補えば、それだけ得するってこと」
「フィオラ、本当に十六歳? 私より大人な考え方してる……」
「イヒヒ! アリスお姉ちゃんは子供のまま成長したようなもんだもんね!」
「こら!」
そんな二人を、リディアやマーシャ、他の魔女達が温かい目で見ていた。
それから数日後のことだった。
夜中にフィオラが家まで走って帰って来た。
「アリスお姉ちゃん! リディアお姉ちゃん! ごめん! ごめんなさい!」
何事かと二人は眠くなっていた頭を無理矢理働かせる。
「聖職者にホームの近くに居たのを見られた。途中で撒いたけど、しばらくあのホームは使わない方が良い。他の魔女にも、知らせて!」
「そう。わかった。マーシャに伝えておく」
リディアは玄関の扉を開けて、周りをじっと見た。どうやら聖職者はいないらしい。
「大丈夫。ここはバレてない」
「アリスお姉ちゃん……!」
フィオラはアリスに抱き着いた。涙を浮かべている。アリスはフィオラを抱き締めて、頭を撫でた。
「ひとりで怖かったね。よく頑張ったよ。大丈夫だからね」
「ねえ、アリス。こんなこと、言いたくないけれど……」
「わかってる。ルナのことだよね。ルナとは、しばらく会わないから……。大丈夫だよ。安心して」
「わかってるなら良いの。あの子は、悪くないのにね。でも、やっぱり、私達の敵なのかもしれないねえ。ただ、情報を漏らされていたら、今頃私達はこの世にいないから、本当に偶然なんだと思う。まさか、こんなに早く聖職者が動くなんて」
その夜から、ホームの場所は移動することとなった。
また、魔女は必ず複数で動くこと。いざとなったら、相手の生死を問わない。自分が生きる道を選ぶこと。
そう、マーシャから魔女達に伝えられた。