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第6話 追手

 時間が過ぎるのは早い。アリスとリディアがフィオラに呪いや薬の作り方を教え始めて、四年の月日が流れた。

 そんなある日のことである。

 アリス達のホームの近くにある別のホームが聖職者に見つかり、魔女達は命からがら逃げることが出来たという報告がマーシャからあった。

 そのことで、魔女達にある命令が出た。魔女の招待状を絶対に出してはいけない。また、教会に行くときは十分注意すること。

 つまり、新入りは認めないということだ。新入りが教会側の人間だった場合、簡単にホームはなくなってしまう。それを警戒してのことだった。


「ねえ、あたし入れ墨まだ入れてないんだけど」

 フィオラがホームでぽつりとそう呟いた。

「あっ、そうだった! ごめんね、四年間も私何してたんだろう。フィオラも魔女なんだから、入れ墨入れたいよね。えっと、どこに入れたい?」

 アリスがマーシャに事情を話して入れ墨のシールを一枚貰った。

「首の左側。ここ、切られたら死んじゃうでしょ。あたし、そう簡単に死なないつもりだし、カッコいいじゃない。ね、アリスお姉ちゃん。良いよね」

「フィオラが入れたいところに入れればいいよ。私は賛成」

「そう。良かった。イヒヒ」

 ぺたりとフィオラの首にシールを貼った。剥がすとそこには薔薇の入れ墨が入っていた。

「これであたしも正式な魔女だね。ま、あたしは呪い専門だけどさ。イヒヒ」

 フィオラは慣れた手つきで煙草を口に銜え、火を点けた。

 一息吸い、紫煙を吐き出す。

「正直、あたしはアリスお姉ちゃんが羨ましい。だってあたしと違ってホームに来てすぐに魔女になれたんでしょ? それって、すぐに家族になれたってことじゃん」

 口を尖らせ、眉を顰めるフィオラ。アリスはそんなことにも気づけなかったんだと、自分を責めた。

「アリスお姉ちゃんのことだから、きっと今後悔してるでしょ。イヒヒ。あたし、そういうのわかるの。あの施設で生きてくために、必死で身に着けたんだから。勿論ね、薬の作り方を教えてくれたのも感謝してる。ただ、あたしの得意分野ではなかった。救うことよりも、命を奪う呪いの方が、あたしには合っていた」

 フィオラはゆっくりと煙草の煙を吐き出す。

「ねえ、アリスお姉ちゃん。アリスお姉ちゃんは魔女になって、これからどうしたいの?」

 アリスは答えられなかった。これから、どうしたいのか。全く考えていなかった。ただ、今の平穏な日々が続けばと、そればかりを願って生きてきた。でも、他のホームが見つかって、魔女は危うい立場にいると再確認させられた。

 ああ、どうしたらいいのだろう。これから、何をどうしていけば……。

「アーリス! こっちおいで。フィオラも!」

 リディアが手招きをして二人を呼んだ。

「この前ルナと話したんだけど、聖職者の動きが活発なのよ。それで、私達の行動も、制限させてもらうわ。教会に行くのは必ず二人以上で。追跡されないように、わざと遠回りして帰ること。アリスは苦手かもしれないけど、私かフィオラなら何とかなると思うから、アリスは私達の後ろを付いて歩いてね」

「えー。リディア姉さん。私、そんなにとろい?」

「とろい」

「アリスお姉ちゃんには悪いけど、とろい」

「リディア姉さんだけでなく、フィオラまで……。酷いよー」

 二人は無言でアリスの肩を叩いた。諦めろとでも言うように。

 アリスはむすりとした。確かに街の道を覚えるのは苦手だし、地図も読めない。でもいつも通る道くらいは覚えている。……そうか。いつも通る道だからいけないのか。

 なるほど、とアリスは思った。確かにこれは、二人に任せた方が良い。方向音痴なアリスと違って、街の道という道を知っている二人なら、問題ないだろう。

「さーて、フィオラは十六歳だったね。もうすぐお酒飲める年齢だね。楽しみだ。そしてアリス、お酒付き合って」

 ウインクをするリディアに、アリスは断るに断れず、カクテルを一杯だけ飲んだ。

「私、このアルコールって感じの味が苦手なんだよね。カルーアミルクなら大丈夫なんだけど」

「おこちゃま舌だねえ、アリスは。フィオラはまだ飲んじゃダメだよ。これは大人の楽しみ。本来ならフィオラの煙草だっていけないんだからね」

「はーい。でも煙草は止めないよ。あたしのストレス発散なんだから」

「未成年の犯罪を助長するのが魔女ではありませんー。もう。程々にしておきなよ」

「そうだよ。フィオラ。私とリディア姉さんの言うこと、ちゃんと聞いてよね」

「わかってるってば。じゃ、あたしは情報収集するから」

 フィオラはそう言うと、ホームに来ている魔女達の輪に加わり、情報交換をし始めた。

 アリス達の家で、一番情報を手に入れられるのはリディアだ。次にフィオラ。そして一番情報交換が出来ないのがアリスだ。

 アリスは駆け引きが極端に出来ない。また、人と話すことも苦手なのだ。ただ、聖職者のルナからは好かれている。だから、教会の動きを探るのはアリスが任せられることが多い。毎朝、教会に行き、祈りを捧げ、ルナと話す。それだけでも、得られる情報があるのだ。

「そうだ。リディア姉さん。ルナから聞いたんだけど、今度私達の近くの森を聖職者達が見て回るって。多分、ルナが上手いことやってくれると思うけど、念のため、しばらくはあの教会に行かない方が良いかもしれない。それか、一般人を装って、魔女ということを隠してお祈りだけをするか。リディア姉さんならどうする?」

「私は……、行かないかな。結構私は政治家とか貴族を相手にしてるから、顔を知られている可能性がある。連れて行くならフィオラを連れて行きな。フィオラは街のこと知ってるから、逃げ道だってわかってる。だよね。フィオラ」

 情報交換をしているフィオラを呼び戻したリディアがそう言うと、フィオラは腰に手を当てて煙草を手に、にっと笑った。

「まあね。それにアリスお姉ちゃんを放っておけないし、仕方ないから一緒に行ってあげる」

「うー……。なんか私の方が魔女歴長いのに、フィオラの方がベテランみたい」

 フィオラはアリスの肩をばしっと叩いてこう言う。

「そんなことないよ。人には得意不得意があるってことだけ。実際、あたしは呪いばかりやってて、アリスお姉ちゃんは薬作りばかりでしょ? お互いが苦手な部分を補えば、それだけ得するってこと」

「フィオラ、本当に十六歳? 私より大人な考え方してる……」

「イヒヒ! アリスお姉ちゃんは子供のまま成長したようなもんだもんね!」

「こら!」

 そんな二人を、リディアやマーシャ、他の魔女達が温かい目で見ていた。


 それから数日後のことだった。

 夜中にフィオラが家まで走って帰って来た。

「アリスお姉ちゃん! リディアお姉ちゃん! ごめん! ごめんなさい!」

 何事かと二人は眠くなっていた頭を無理矢理働かせる。

「聖職者にホームの近くに居たのを見られた。途中で撒いたけど、しばらくあのホームは使わない方が良い。他の魔女にも、知らせて!」

「そう。わかった。マーシャに伝えておく」

 リディアは玄関の扉を開けて、周りをじっと見た。どうやら聖職者はいないらしい。

「大丈夫。ここはバレてない」

「アリスお姉ちゃん……!」

 フィオラはアリスに抱き着いた。涙を浮かべている。アリスはフィオラを抱き締めて、頭を撫でた。

「ひとりで怖かったね。よく頑張ったよ。大丈夫だからね」

「ねえ、アリス。こんなこと、言いたくないけれど……」

「わかってる。ルナのことだよね。ルナとは、しばらく会わないから……。大丈夫だよ。安心して」

「わかってるなら良いの。あの子は、悪くないのにね。でも、やっぱり、私達の敵なのかもしれないねえ。ただ、情報を漏らされていたら、今頃私達はこの世にいないから、本当に偶然なんだと思う。まさか、こんなに早く聖職者が動くなんて」


 その夜から、ホームの場所は移動することとなった。

 また、魔女は必ず複数で動くこと。いざとなったら、相手の生死を問わない。自分が生きる道を選ぶこと。

 そう、マーシャから魔女達に伝えられた。


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