目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話 教会

 魔女にも中には神を信仰する者もいる。アリスもその中の一人だ。


 アリスやフィオラ、リディアの三人は同じ家に住んでいる。家は小さな森の中にあり、近くには教会があるのだ。

 神を信仰しないフィオラは教会のことなどどうでも良かったが、アリスやリディアにとって、教会があるということは心の支えになった。

 そして、フィオラが来てから一週間が経とうとしている。

 今日も二人は教会で朝の祈りを捧げていた。

「女神様、今日も一日何事もなく平穏に過ごせますように」

 その教会に訪れるのは、アリスとリディアくらいしかいない。しかし、今日は違った。

「あら、あなた方、信者の方々ですか?」

 そこに現れたのは黒いベールが特徴的なシスター服を身に纏っている。

 二人は互いの眼を見て、魔女であることがバレないように細心の注意を払った。

「そうです。私達、この辺りに来るの、初めてで」

 アリスは嘘を吐いた。本当は初めてではない。何年も通い続けている。

 シスターはそのことを知らないらしく、会話を続けた。

「そうなんですね。ああ、申し遅れました」

 シスターはベールを取り、金色の髪を靡かせた。

 落ち着いた声とは違い、見るからに若く、まだ女性とまではいかない少女のようにアリス達には思えた。

「私、聖川ルナと申します。こちらの教会でお世話になることになりました」

「お世話って……。確か司祭様はもういらっしゃらないんじゃ」

 リディアがそう言うと、ルナはこくりと頷いた。

「そうです。司祭様はもういらっしゃいません。本当なら、この教会は教会としての役目を終えているんです。でも、熱心な信者の方がいらっしゃるのを、別のシスターが見たようで、私がこちらに来ることとなりました。幸い、女神像に大きく目立った傷などもないので、しばらくは教会として置いておこう、ということらしいです。まさか、女学院を出てすぐに教会を任されるとは思いませんでしたけれども」

「失礼ですけれど、シスターはおいくつなんですか? 女学院を出たばかりとのことですが」

「今年で十四になりました」

 若い。若すぎる。これはもしかしたら、何か問題を抱えているのではないか。二人はそう考えた。

「可笑しいですよね。こんな子供が、教会を任されるなんて」

 くすりと笑ったルナに、二人は心を読まれたと内心冷や汗を掻いていた。

「それにしても、良かった」

 ルナのその言葉に二人は疑問符を浮かべた。

「こんなボロ教会でしょう? 熱心な信者さんって、もっと変な人達だと思ってたんです。だから、優しそうな方々で、安心しましたわ」

 上品に頬に手を当てて微笑むルナに、二人は体の力が抜けていくのを感じた。警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなったのだ。

「あのー、もしかしてなんですけど」

「はい」

「お二人って魔女さんですか?」

 二人はずばり言い当てられてしまった。雷に打たれたような、そんな感覚が背筋を通る。

「は、はは……。嫌だなあ、魔女だなんて。魔女なんて昔の話でしょう」

 リディアが「違う違う」と魔女であることを否定する。

「確かに、魔女がいたという記録は古いものです。でも、現代に魔女が残っていても、全く不思議ではありません。それに私、魔女さんに対して悪いイメージしかないなんてこと、ないと思ってるんですよ。それこそ歴史を掘り返せば、賢女が魔女と言われていた……。そんな時代だったんですから。それに私、口は堅いんです。お二人が魔女さんだとしても、秘密は守りますわ」

 ルナは人差し指を自分の口元に当てる。

「今、ここには私達三人だけ。よろしければ、お茶などいかがですか? 私、丁度ティータイムにしようと思っていたんです。就任早々、信者の方々とお話し出来るなんて、幸せですわ」

「……はあ、いただきましょう。ね、アリス」

「うん。リディア姉さん」

 二人はルナの誘いに乗った。それは魔女であると、明言することと同じだった。何せ、ルナには隠し通せそうにない。秘密にしてくれると言うのなら、話してしまえばいい。どうせただのおとぎ話と同じなのだから、と思ったのだ。


「えー! リディアさんもアリスさんも魔女さんで、しかも、あの施設のご出身なんですか!」

「あは、あはは……」

「あの施設って?」

「そっか。内部に居たから知らないんですね。あの施設、街の中でも特に良くない施設として有名なんです。噂によると施設のママ様の折檻が原因で亡くなってしまった子がいるとか……。それが問題になったらしいんですけど、そのママ様が聖職者としての階位が相当高くて揉み消されたというのが、女学院出身のシスター達の噂です。実際、あの施設出身の方をあまり見ませんからね。居ても異様に雰囲気が暗いというか冷たい方ばかりですね。まるで、人生を捨てたかのような、諦めたような眼をなさった方しか私はお会いしていません。でも、お二人は違いますね」

 そこまで一気に言うと、ルナは紅茶をティーカップに口を付けた。

「最近、子供があの施設から逃げ出して魔女になっているとも言われてます。でも、そのお陰できっと逃げ出した子達は幸せなのかもしれないと、今確信しました。お二人はご自分を持っていらっしゃいます。魔女さんだからでしょうか。ふふ……、私ばかりお話して、失礼しました。お二人も何か疑問などありましたら、遠慮なく仰ってくださいね」

 アリスは恐る恐る挙手した。

「魔女が女神様を信仰するって、どうですか? やっぱり、変ですか?」

 その言葉に、ルナは両手を振って「まさか」と笑って言った。

「女神様はそんなこと気にしていませんよ。私だって気にしないのに、大きな存在である女神様が気になさると思いますか? 魔女さんだって、女神様を信仰するのは自由ですよ。勿論、信仰しない自由もありますが」

「シスター、あなたって、人間として魅力あるね。私が会ったことのあるシスターの中で、一番だよ」

「もうやだー、魔女さんったら。私のことはルナって呼んでください。シスターって呼ばれるの、慣れてないんです」

「じゃあ、私達のことも魔女さんじゃなくて、名前で呼んでよ。私はリディア。こっちはアリス。改めて、よろしくね」

 リディアは手を差し出した。ルナは迷いなく、その手に自分の手を重ねた。

「はい。よろしくお願いします! リディアさん」

 ルナはリディアから手を放し、アリスに手を差し出した。

 アリスはおずおずとその手を掴んだ。

「よろしくお願いしますね。アリスさん」

「うん。ルナさん」

 アリスは困ったような笑みを浮かべて、ルナを見た。

 この子となら、友達になれそうだと。


「すっかり陽が落ちてしまいましたね。リディアさん、アリスさん。今日は本当にありがとうございました。また、教会に遊びにいらしてくださいね」

「ああ、良いよ。私達はただの信者だからねえ」

「……またね、ルナさん」

 二人が教会から出る頃には、すっかり夕方になっていた。

 家にひとり残してしまったフィオラのことがアリスは気になった。

「リディア姉さん。フィオラ、大丈夫かな。火傷したりしてないかな」

「大丈夫だって。それより今日の出会いを大切にしよう。……ズルい考えだけどさ、あのルナってシスターから、街の教会の内部事情とか聞けたら、私達の身は安全だからね」

「え?」

「利用出来るものは何でも利用しないと。アリスも覚えておきなよ。いざとなったら、私を使って生きることを選んでも良いんだから。誰かに恨まれたり、悪意を持たれるのは慣れてるだろう。私達は、自由でいなくちゃいけないんだよ」

「なんで?」

 そう問いかけたアリスの眼に、切ない笑みを浮かべたリディアの姿が映った。


 フィオラは怒ってるだろうか。いや、あの子のことだからきっと怒ってない。そんなことを言いながら、二人はようやく家に戻って来た。

「ただいまー」

 リディアがそう言って家のドアを開けると、ドアの向こうにはいつもの笑みを浮かべたフィオラが立っていた。

「リディアお姉ちゃん、アリスお姉ちゃん。お帰り。遅かったね。あたし、お腹空いちゃった。あ、もしかして食べてた方が良かった?」

 なんて言うものだから、アリスは「ごめんね。フィオラ。一緒にご飯食べよう」と言ってひとりで心細かっただろうフィオラを、ぎゅっと抱きしめた。

「イヒヒ。変なアリスお姉ちゃん」

 すんと、鼻を啜る音が一瞬だけ聞こえた気がした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?