☆第八十七章 いても立ってもいられない。
前澤さんと会うことができたのは翌週の日曜日だった。家の近くの喫茶店で待ち合わせる。
「お忙しいところすみません」
わたしが挨拶すると、彼が名刺を差し出した。
「ええと、すみません。あなたが例の子の通報をした……と島崎さんからお聞きしたのですが」
実際のところは麗奈だが、面倒くさいのでわたしがしたということにしておく。
「公園で実際にお母様にもお会いして、アザがあるのに気づいて」
「そうでしたか。それで、テレビの報道を見られて気にされていたと?」
「はい。たとえ公園で少し会っただけとはいえ、わたしが通報したことで、彼女の人生を狂わせてしまったのかと……罪悪感がひどくて」
「それは間違っていないですよ。あなたが通報しなくても、いずれ誰かの通報があったと思います。それに事件は解決しないでずっとそのままの方がよほど危ないです」
「そうですよね……」
ウエイターがコーヒーを二つテーブルに置いて去った。
「それで僕はどうしたらよいのでしょうか?」
「あの、波琉ちゃ……彼女は今どこに?」
「そういうのは個人情報だからお伝えできないです」
「一人の女の子がとても苦しんでいるというのに?」
わたしは前澤さんに詰め寄った。
「お気持ちはわかりますが、どこにいるのか知ってどうする気なのですか? 助けにいくのですか?」
それはもちろん考えた。彼女の居所がわかったところで、一体どうするのか。そして覚悟を決めた。
「助け出します」
わたしは前澤さんの目を強く見つめた。
「それはつまり彼女を里子にとるってことですか?」
「それで彼女が幸せになれるのであれば、そうしたいです」
夢の中に何度も出てきた波琉ちゃん。傷とアザだらけの彼女を救いたくてもがいていた。
わたしなんか。何の取り柄もないわたしなんかに、何ができる? お人好しもほどほどにしないと。色んな気持ちが自分の中で交錯した。でも考えついたのはとにかく彼女に幸せになってほしい。だった。
「彼女はその親戚の家の養子になったんですか?」
「……もう、ここだけですよ。本当はああだこうだ言ったらダメなんですから」
前澤さんが声を潜める。
「ごめんなさい」
「養子縁組はしていないようです。一時的に預かっているって感じだと思います。もし……、もし、本当に彼女を迎え入れるとなれば法的な色々あるので。そう簡単にはいかないと思いますが、僕も子どもの虐待は許せないですから」
なんだ、話してみると本当にしっかりした好青年だ。
「環名ちゃんのことは?」
「えっ⁉️」
「ああ、すみません。島崎さんのことは本気なんですか?」
って何を聞いているんだわたし。わたしは環名ちゃんの親ではない。
「彼女は……。まだ一回会ったきりですが、芯がしっかりしていてとても好感もてましたよ」
いつの間にか。いつの間にか環名ちゃんも、あき婆だって麗奈だってかけがえのない存在になっているんだなぁ。そう、血の繋がりはなくてもみんな家族のようなものだ。