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第八十六章 環名に訪れた夏?

☆第八十六章 環名に訪れた夏?


 白浜から帰って、みんな日焼け止めを塗っていたとはいえ、焼けてしまった顔をしている。


 今日は水曜日なので、藪内さんはおらず、わたしと環名ちゃんだけで作業をしていた。


「チャット?」

「はい。チャットで仲良くなった人が会おうってしつこく言ってくるんです」


 わたしは普段、チャットをしないからピンとこない。


「相手のことってどれだけ分かっているの?」

「え? 相手ですか? えーと、年齢が二十七歳で男、公務員で、大阪在住の人」


 公務員って環名ちゃんとは、相性がいいのだろうか? なんだかミスマッチな気もしなくない。


「顔とか姿とかは?」

「写真送ってきたんです」


 環名ちゃんのスマホを見ると、好青年が写っている。


「わ、かっこいい人だね?」

「ですよね。本人かな?」

「え、本人じゃない別の人の写真なんて送るかな?」

「どうしようかな」


 環名ちゃんは迷っている様子だ。


「会うって……例えばご飯とか?」

「そうですね」

「うーん、ごめんね。わたしじゃ何のアドバイスもできないけど」

「身長は百七十五らしいです」

「聞いたんだ」

「ええ」


 年収一千万以上……いや、ただの公務員でそれはないであろう。


「会ってみようかな」

「え?」

「いや、それがですね。うちの親がだんだん最近うるさくなってきて。お前将来どうするんだ? ずっと独身を貫くのかい? いい相手はいないのかとか」



 二十代後半か……。まぁそういうこと言われたりもするんだろうな。


「藪内さんは琴さんにとられちゃったし」

「うっっ……ごめんなさい」

「冗談ですよ。もう今は全然ヘーキです」


  まぁ食事に行くくらいなら。って環名ちゃんはその人と会う約束をした。

 なんかわたしは環名ちゃんの親でも何でもないけれど、気になる。


「気になる」

 同じ人がここにいた。

「麗奈、おはよう」

「おはよう、環名ちゃんの彼氏候補、気になる」

「尾行する?」

「尾行しちゃう?」


 日曜日、二人で変装して環名ちゃんのあとを追う。バレないように……。


 駅前に十一時半に待ち合わせ。昼のデートだから健全であろう、きっとw


 環名ちゃんは、鮮やかな花がらのワンピースを着ている。そこに現れたのは白いシャツとスラックス姿の写真のとおり、好青年だった。ああ、本当にかっこいい人だ。


 二人は近くにあるイタリアンレストランへと入る。当然、わたしと麗奈も入る。


 席が遠いので、二人が何を話しているのかまではわからないけれど、談笑しているようだ。


「環名ちゃんいい表情しているよね」

「だね」


 伊達メガネのわたし、髪をむりやり帽子に押し込んでいる麗奈。変な女二人の尾行は続く。


「お、なんか美味しそうなもの頼んでいるね」

「あれなに? クリームパスタ系かな?」

「でも不思議だよね」

「何が?」

「あれだけのルックス、高身長、そして公務員でしょう? チャットなんかしなくてもいくらでも女の人が寄ってきそうなのに」

「も、もしかして怪しい勧誘?」

「可能性はゼロじゃないわね」

「それか性格がサイアクとか」

「えー、それは環名ちゃんの彼氏不合格」


 何をやっているのだろうかわたしたちは。でも、変な虫が環名ちゃんに近づくのは許せない。


 デザートを食べた二人は店から出ていく。


「お、こっからだよ。こっから」


 怪しい女二人も店から出る。


「ご飯を食べたあと、さようならするのか、はたまたホテルにでも連れ込むのか」


 あれ、二人とも歩いていく方向が……。


「こっちって歓楽街の方じゃない?」

「えっ……環名ちゃんに限ってそんな」

「あれっ、見失ってしまった!」


 歓楽街の中はごたごたしている。しまった環名ちゃんを見失った。



 ――翌日――


「二人ともわたしのこと見てましたよね」


 思いっきりバレていた。


「ご、ごめんね、親心っていうか好奇心っていうかつい……」

「琴さん、ちょっと気になる話があって」


 環名ちゃんが神妙な面持ちでそう話す。


「え、どうしたの?」

「それが……。昨日、お会いした人は、前澤さんっていうんですけれど、役所で児童相談員をやっている方で、あの琴さんが気にしていたお子さん? のことを少し聞いて」

「えっ……」


 波琉ちゃんのことか。


 事件があった現場は大阪市内でわたしの家から決して遠くない。死体遺棄事件の判決、今は裁判が行われているはずだ。


「その事件で取り残された女の子が親戚の家に預けられたらしいけれど、その預けられた家でも虐待の疑いの通報があったって……」

「えっ……」


 言葉を失う。


「わたし、それを聞いて、ああ琴さんが言っていた女の子のことだって思って詳しく追求してみたんですが、個人情報だからこれ以上話せないって」

「……」

「事件があったのはここ、西区ですよね。前澤さんは港区の区役所員でその通報があったってことは……」

「波琉ちゃんがいるのは港区の可能性が高いってことか」

「そうですね。それで、通報があったらどうなるのかなど尋ねたけれど、今はまだ様子見の段階だって」


 もし、その話が本当なら、波琉ちゃんは父親の虐待を受けて、そして両親が逮捕され、別の人の家に預けられて、そこでもまた虐待を……⁉️


「ちょっとその前澤さんに会わせてもらえないかな?」


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