☆第四十六章 町内に一人はいるよね、こういうお方。
「おはよ! 杏ちゃん保育園、いってらっしゃい‼️」
朝、いつも家の前を掃き掃除している森本さんは、わたしと杏に必ずニコニコ挨拶をしてくれる。たまに時間に余裕がある時は杏について話すこともある。
「今日もかわいいねぇ。わたしも早く孫が欲しいわ」
杏のことがかわいくて仕方ないといった眼差しで、誰に対しても優しい感じの人である。
わたしがいま住んでいる地域の、自治会長兼、民生委員を務めているその森本さんとあき婆がグランドゴルフを楽しんでいる。それ以外にも地域のご年配の方が多数集まっている。
本当はあき婆は住んでいる町内名が違うのだが、私も参加したいと申し出ると、「どうぞ!」と気軽に仲間に入れてくださった。
あき婆のコミュニケーション能力は予想外に高いらしく、いつもは見せないような笑顔で、周りの人たちとの会話を楽しんでいる。いつもはどちらかというと無表情なのに。これも一つのスキルなのかと思うと、ほんと、シェフでベビーシッターでマジシャンで、何者なのかと頭があがらない。
今日は日曜日で、杏は麗奈に預かってもらっている。「前田さんも一緒にやりますか?」と声をかけていただいたが、こういうところは引っ込み思案というか、あき婆のようにすんなりと仲間に入れる気がしなくて、断って、グラウンドにあるベンチに座って様子を見ていた。ああ、やっぱり弱虫だ。
「ふー、いい汗かいたよ」
グランドゴルフの時間が終わって、解散していく地域の人たち。あき婆は手持ちのボトルのお茶をぐびぐび飲んでいる。
「ここじゃなんだから、家へ帰ろうか」
☆★☆★☆★☆
「聞き出したよ」
「何を聞き出したの?」
麗奈が興味津々な表情であき婆を眺める。
「まぁ町内には何でも把握しているって人がいるもんや」
「はぁ」
「ただ、今は昔と違って地域のコミュニティーが薄いから、単身用アパートに住んでいる人まで把握はしていないみたいやけど……町内のイベントでいつも頑張っている小川さんは、面食いで、顔のいい男性を見かけたらチェックして点数をつけているらしい。とかそんなどうでもいい情報まで持っているからね」
「……」
わたしも麗奈もそこは黙る。
「最近引っ越してきたのがいるそうや。身長が高めで顔が柔らかい感じの三十代くらいの男性。小川さん的には七十三点らしいよ」
七十三点という細かい採点が気になるところだが、いまはそれはどうでもいい話で、確かに該当する気がするが、それだけであの人とは断定できない。
「名前や住んでいる場所までわかるの?」
「さすがにそこまで知らんよ。でも小川さん曰く、私らがよく行くスーパーのカドイに週二回くらい現れるそうで、前はおらんかったけど、三ヶ月前くらいから見かけるようになったから、そのくらいに引っ越してきたのだろうって」
わたしと環名ちゃんが彼に出会ったスーパーだ。
「だったらやっぱり地元住人なんだ」
「あともう一つ、情報を聞き出した」
あき婆の目の奥が光っている。
「何なになに?」
「その男とは関係ないんやが、お隣さん」
「お隣さん?」
この家の隣は確か、至って普通の民家で、四人家族?? が住んでいる。
「探偵が調査しているみたい」
「た、探偵⁉️」
「殺人事件!!?」
「違う。浮気かなんか」
隣の家は多分だけれど四十代くらいの夫婦、そして高校の制服を着た男の子と中学の制服を着た女の子が住んでいる。引っ越しの時に小さな菓子折りを持って挨拶はした。
浮気ということはその……父親的立場の人か?
「ちょっと待って、それじゃわたしたちが感じていた視線っていうのは⁉️」
「もしかしたらそうかもしれんのう。私らの家じゃなくてお隣さんを探偵が見張っているのを、勘違いしたのか」
麗奈とわたしがはーーーーーっと息を吐いた。
「なんだぁー、心配して損しちゃった」
そうなると、今まで感じていた変な視線と、あの男性は関係ないのか? 貴重な情報ではあるが、真実は謎のままである。