☆第四十三章 あなたは一体?
環名ちゃんが毎日我が家にやってくるようになった。彼女は自前のノートパソコンを持参するので、とりあえず今はリビングで一緒に作業をしている。
「一階に、もしデスク用意するなら自分で注文します。もちろんお金も自腹で」
この間、パソコンデスクを一階に移動させてみたが、なんか寂しい感じだったし、結局リビングに戻した。
とはいえ、仕事とプライベートを分けるという意味で一階が仕事用の事務所。二階三階はプライベートスペースにした方が、身が引き締まるかもしれない。
というわけで、デスクとチェアを注文。一階の事務所に二つの机と椅子が並んだ。
「あと従業員、六人くらいは雇えそうですね」
「完全な赤字だよ」
時間もちゃんと定めている。
朝、八時半までに杏を保育園につれていって、九時から仕事スタート、十二時、昼休憩で十三時に午後の就労スタート。ちょっと早いけれど十六時に終業して、そこから晩ごはんの支度をある程度済ませてから杏を迎えにいく。
麗奈も仕事があるので帰ってくるのはいつも十八時ごろになる。二人共働きでバリバリ働くと、家事がだんだん追いつかなくなるから、そうすることにした。
環名ちゃんはわたしが十六時に作業終了したあとも働いている。さすがに十八時には作業をストップさせる。
「環名ちゃん、あんまりやりすぎると身体に毒だよ」
そして、環名ちゃんも交えて夕飯を食べる。一週間に一回は、あき婆も参加する。
「お酒は350ミリまでね!」
麗奈がそう取り決めた。夕飯時にベロベロに酔われても困るから、飲むなら勝手に家に帰って飲めと。
そんなある日、わたしは朝いつもどおり杏を保育園に送り出し、帰宅しようと住宅街を歩いていた。
ふと嫌な予感がして振り返る。またなんか変な気配がする。
辺りを見回すが誰もいない。こんな朝っぱらから気のせいだろうか。
何の変哲もない住宅街で、人通りはまばらだ。
いや、やっぱり気のせいではない。もう一度後ろを振り返ると、角から男の人が曲がってきた。
その瞬間、えっ……。思考停止する。
この間のラーメン屋で会った男の人、及び、星弥くんが穴にはまった時に懐中電灯を貸してくれた例の人。
「あれ、こんにちは」
おかしい。会う頻度が高すぎる。血の気がひいて、思わず駆け出す。
「あっ、ちょっと……」
全速力で家へとたどり着き、震える手で麗奈に電話をした。
「もしもし~、どうしたの? ええっ⁉️」
★☆★☆★☆
警察署で、事情を話す。しかし、五十代くらいと思しきその警官は少々気だるそうに話を聞いている。
「ああ、ストーカーの可能性アリね」
「あの、どうすればいいですか?」
「その男の特徴を教えてください」
特徴は、身長が百八十くらいある。細身で長身で三十代くらいに見える。
ジーンズにシャツといったラフな格好。マスクやサングラスで顔を隠しているわけではない。黒髪で直毛ではない。ふわっとした髪質。
「顔はどんな感じ?」
そう尋ねられても、その人の顔をジロジロと観察したワケじゃないので、なんとなくの記憶で答える。
「わりとカッコいいと思います」
わたしがそう答えると警官が拍子抜けた様子だ。
「ああ、すみません。鼻が高くて、目はえっと……」
「えーと、そこまで細かく覚えていないってことね」
「はい、すみません」
また謝ってしまった。
「そうですね……今のところ、どちらかというと被害を受けたというよりは助けられていますよね?」
それはその通りなのだ。
「まぁ本当に偶然が重なったのかもしれないですが、用心するに越したことはないですね。防犯ブザーを常に持ち歩いて、何かあったらすぐに鳴らせるようにする。夜は一人で出歩かない。また、人通りの少ない路地を避ける。家を監視されている気配を感じるなら、防犯カメラの数を増やすなど、そういった対策はとれると思います」
そうか、防犯ブザーって最近の小学生の子は学校から支給されてみんな持っているなんて話を麗奈がしていた。
「ありがとうございます」
わたしは警察署をあとにした。
確かに、いま住んでいる家はわたし、麗奈、一歳の杏、三歳の星弥くんという女、子どもオンリーで防御力非常に弱めな感じだ。
ここに環名ちゃんとあき婆が追加されても、やはり女子どもであることに変わりない。
男成分がゼロすぎる。唯一の男は星弥くんだが、彼が立派な青年になるまであと何年かかるのか。
「彼氏を作ったらどうでしょうか?」
いつもくりっとした丸い目がまるでリスのようだと感じてしまう、環名ちゃんの提案にあっけにとられる。
「か、彼氏⁉️」
「そうですよー。だって琴さんも麗奈もフリーじゃないですか」
考えてもいなかった。
「彼氏かぁ」
麗奈が腕を組んで考えている。
「二人ともそれなりに美人だし、作ろうと思ったらいくらでも作れそうな気がします」
「そういう環名ちゃんは、年頃なのに色恋バナシ、全然聞かないけど何かないの?」
麗奈が環名ちゃんに顔を近づける。
「うーん、あんまり興味がなくて」
「あらま」
「というか理想の人がいないんです」
「理想?」
「うん」
「えっ、どんなどんな??」
「えっと……身長が百七十五以上、当然イケメンで、優しくておおらかで心が広くて年収一千万以上で、束縛しない人」
「理想高……」
麗奈ががっくりしている。
「そんな人、まぁ世界中探したらいるとは思うけどそのへんにゴロゴロはいないわね」
「確かに」
わたしも思わず同調してしまう。
「わたしの話はいいんですよー。今はほら、二人に彼氏ができたら、守ってもらえるんじゃないかって」
そうだそうだ、ストーカーかもしれない人対策。
「うーん、一時的に誰かに彼氏のふりをしてもらう?」
「逆上して殺されるパターンもあるよ」
「つぶらな瞳でそんな怖いこと言わないで」
環名ちゃんは割と何でもズバズバ言う。
「保健師さんって男の人との出会いないの?」
わたしは思わず麗奈に質問してみる。
「えーっ……赤ちゃんの検診をしてくれるお医者さんや歯医者さんくらいかなぁ」
「医者、いいじゃないですか。狙いましょうよ!」
環名ちゃんが身を乗り出す。
「ほとんど既婚者のおじさんかおじいさんだよ」
「なんだ」
しょんぼりする環名ちゃん。
とりあえず、防犯カメラを門の真ん前につけてみることにした。防犯カメラはネットで安いのから高いのまで色々販売している。ただ、あまり安いと画像が荒かったり、大雨で壊れたりする。
一万円ほどの防犯カメラを購入してみた。今のところ、それくらいしかできない。