☆第四十二章 島崎環名。二十六歳の乙女か何か。
ある日、重そうな段ボールの箱を抱えた環名ちゃんが家にやって来た。
段ボールの中身を見ると、全部お酒だった。
「これ、どうするの?」
「飲ませてください」
「ええっ⁉️」
段ボールの中に入っていたのは、焼酎、泡盛、ウイスキー、ワインなど。
「全部飲んだら死んじゃうよ!」
「うえええええん」
急に環名ちゃんが泣き出した。
「えっ、えっ、どうしたの⁉️」
オロオロするわたしと麗奈。
「仕事クビになりましたぁ」
「ええっ⁉️」
話を聞くと、どうやら夜な夜な動画制作に夢中になりすぎて、翌朝、起きられず一ヶ月で仕事に六回遅刻したら、上司からクビを言い渡されたらしい。
「うーん、それは悪いけど環名ちゃんが悪い……かな」
麗奈がひかえめに言う。
「ですよね……」
「だからってお酒に逃げちゃダメ!」
麗奈が段ボールの前に立ちはだかる。
「どうしよう……」
ええと、こういう時なんて声をかけたらいいんだ。迷っていたら、環名ちゃんがこう切り出す。
「あの……迷惑じゃなかったらわたしとタッグを組みませんか?」
「え、タッグ?????」
予想外のことに頭がまわらない。
「はい、わたしもここの従業員にしてください。もちろん、社長は琴さんで」
「えっ、社長ってわたしはただの個人事業主だから」
「会社にしてみてはどうですか?」
また突然の提案である。
「そりゃ、環名ちゃんが一緒に働いてくれたら心強いよ。でも有限会社って……」
「有限会社はいま、設立できなくなったから、合同会社、合資会社、合名会社といった具合に……」
「ごめん、無知だからなんのことかわからない」
とりあえず、ググってみる。
「合名会社ってのは何か聞いたことあるなぁ」
麗奈がそう言うが、三つの違いを調べてもなんだかよくわからない。
「会社って設立するならそれなりの資金が必要でしょ」
「それなら結構貯めています。わたしは独身だし、会社のお給料プラス動画の広告収入もあるので」
環名ちゃんがわたしに耳打ちする。貯金額に腰をぬかしそうになった。
「ぬあー⁉️」
「えええ?」
麗奈も驚く。
「もっと外で遊んだらいいのかもしれないですが、インドア派で、家でパソコンばっかりいじってしまうから」
「環名ちゃんって今二十六歳だよね……?」
「そうですよー」
とんだ二十六歳がいたものだ。
「まぁとりあえず……会社として設立するのはもう少しあとにします。お手伝いをして頂けたら嬉しいです」
わたしがそう話すと、「はい、喜んで!」と返事した。
会社を設立するなんて頭の片隅にもなかった。だが、前々から考えていた、事務所用の一階をそれらしい場所にしてみようと試みる。
いまのところ、リビングにパソコンデスクとパソコンを置いているだけだったが、すべて一階に移動した。
テーブル1 チェア1 パソコン1 以上。
ここに環名ちゃんがくるとしたら、すべて2になるのか。
まだまだオフィスとも言えない。
ここにオフィス向けのデスクとチェアを並べて、従業員がいて……。コピー機なんかもあったりするのかな。
わたしのあたまの中の典型的なオフィス像でいいのかは謎だ。
「形にこだわらなくていいんじゃない?」
と、麗奈が言う。
「だって、人気サムチューバーが全員オフィスなんて構えてないだろうし、自宅のパソコンで黙々と作業しているんだと思うよ」
それもそうか。
環名ちゃんについてわたしが知っていること。二十六歳、電器屋で働いていた。実家が呉服店。麗奈が看護師をやっていた際に重い病にかかっていた。お酒が好き。以上。
「環名ちゃん」
「はい?」
「わたし、環名ちゃんのことまだまだ知らないことだらけだから、よかったら履歴書書いてみて」
「えっ、履歴書⁉️」
「うん、堅苦しいのじゃなくて、本当に、好きな食べものとか将来の目標とか、この芸能人好きとか、価値観とか」
「わ、わかりました。それが採用試験ってことですね?」
「まぁ不合格にすることはないと思うけど」
「じゃあ書いてみまーす!」
家で書くのかと思いきや、その辺に置いていたまたカレンダーの裏紙にボールペンで何やら書き始めた。三十分後―
「できました!」
と紙を渡される。
『島崎環名 平成9年6月7日産まれ O型 長野県出身
好きな食べ物 酒とチーズ 嫌いな食べ物 甘すぎるケーキ
好きな色 グレイ 将来の目標 大金持ちで500坪くらいの家に住みたい。
犬と猫だと犬派 高卒
特技 わからない 趣味 動画作成 自己アピール わからない』
「自己アピールわからないってw」
「自分のことって自分じゃよくわからないですよね?」
それはそうかもしれない。
「ありがとう、とりあえず採用」
「わーありがとうございます‼️」