☆第四十章 予想外の出来事。
わたしは相変わらず動画の作成をしていたが、音楽のセンスがあるのかないのかわからないし、アニメーターさんにアニメーション作成を依頼するだけではなくて、自分でもソフトの使い方を学んでいた。すでに、三十万円ほど使ってしまったので赤字になる一方だ。
少しでも自分でできることを増やしたかった。
そんなある日の朝、何気なくテレビをつけて驚いた。
『株式会社○○の一億円の所得隠しが判明。警察は脱税の疑いで……』
わたしは手に持っていたティーカップを落としそうになった。わたしが勤めていた会社ではないか……。
テレビの画面に映し出された懐かしいオフィスのビルは、何年も見たガラス張り。
『またこの会社では度々パワハラが摘発されており……』
パワハラ、わたしのいた商品開発部の部長はそこまでひどくなかったが、どうやら営業部は相当ブラックだったみたいだし、心身の調子を壊して離職した社員も数々いるのはなんとなく知っていた。
「ここ、わたしが元勤めていた会社……」
「ええっ、そうなの⁉️」
麗奈が驚いている。
「食品会社って言ってたもんね。ここだったんだ」
「うん……」
ふと、みんなどうしているのか気になった。まずは、出産頑張れって応援してくれた松山さんにメールを入れてみる。
昼過ぎに返事がきた。
『心配してくれてありがとう。早乙女さんが辞めたと聞いて驚きました。辞めて正解だったかもね』
『松山さんは大丈夫ですか?』
『大丈夫よ。今日は全員、自宅待機を命じられている』
自宅待機か。オフィスの前にマスコミがたくさんいるし、それが妥当だ。
『まぁ営業部のパワハラはサイアクだと聞いていたけれど、脱税までしていたのは知らなったよ』
社長と副社長には、年に一度くらいしか会うことがない。社長は五十代の男の人で副社長は、社長の甥っ子だと聞いたことがある。
「息子ではないとはいえ世襲制なんてイマドキめずらしい」
葉月がそんなことを言っていたのを思い出した。葉月とウサギはどうしているであろうか。
待て、自分。お人好しか。ああ、そうだ、わたしお人好しだったんだ。
自分の悪口言っていた人の心配をするなんて。
松山さんにチラっと聞いてみる。
『あの……商品開発部の面々は皆どんな感じですか?』
『うーん、会っていないからなんともなぁ』
パソコンのアドレスは消去したし、スマホも買い替えたので、電話番号も何も残っていないのだが、わたしはあることを思い出していた。
財布の中に、スマホが故障した時のために一定の人物のアドレスと電話番号を書いた紙を何年も前から収めていて、黒ずんでしまった紙を捨てようかと思いながら面倒くさくて放置していた。
財布の中、無駄に多いポイントカードの隙間にその紙は挟まっていた。
『テレビの報道をみました。だいじょうぶ?』
お人好し、なんでメールを送るの。でも送ってしまった。気になった。葉月もウサギも裏切られたけれど可愛い後輩だった。
夕方になって、日が暮れたころに電話が鳴った。葉月だ。
「はい」
「早乙女先輩……」
実はもう早乙女じゃないんだけれど、いまは、いったんそこは置いておこう。
「汐留さん。ごめんねちょっと心配になったから」
「……早乙女さんってほんっっとうに人がいいですよね」
「え?」
「会社辞めてしまって驚いたけれど、先輩が返ってこないと思ったら寂しくなりました」
本心かウソか。いま、ウソをついても彼女になんの利益もない。だったら本当か。
「ごめんね、急に辞めて」
「病気だとお聞きしたのですが、わたしより先輩の方が大丈夫ですか?」
葉月……。心配してくれるんだ。
「大丈夫、病気は克服したよ」
「そう……よかったです」
「飛山くん(ウサギ)はどうしてる?」
「先輩が辞めたって聞いて落ち込んでいました」
落ち込んでいた? あのウサギが?
「先輩は主任って立場になるくらいやっぱり能力高かったんだなって。いなくなって痛感しました。わたし、あれから先輩がやっていた分の仕事、任されたんですが、ミスばっかりで……」
「……」
「飛山がすっごい部長に怒られて凹んで三日間会社休んでました」
黒ウサギが、しゅんとなって部屋の隅でじっとしている様子を思い浮かべた。
「そうだったんだ。辞めて本当にごめんなさい」
「先輩はいま、なんの仕事をしているんですか?」
「え……」
サムチューバーと言えるのだろうか。
「えっと、実は……動画を配信していて……」
「え、もしかしてサムチューバーってことですか?」
「まぁそうなるかな……」
広告収入を得ていないから、まだそう言えない気もするけれど。
「なんか意外です」
「自分でも意外です」
わたしがそう言うと葉月がプッと笑った。
「早乙女先輩ってなんか……面白い人ですね」
面白い? そんなの初めて言われた。
「どんな動画か見てみたいです」
「ああ……」
恥ずかしいような、でも見てほしいような。
「わかった」
わたしは葉月に動画のリンクアドレスを送った。
しばらく沈黙している。
「もしもし」
「もしもし? あれ、切れたかな?」
二分ほど経って、声が聞こえた。
「せんぱい……」
「あ、よかった」
「身震いしました。すごすぎます」
そのアニメーションはわたしが作ったんじゃないって、喉元まで出かかって、言うのを辞めてしまった。
「あ、ありがとう」
「これ、ちょっと友達とかに紹介してもいいですか?」
「え? うん」
それはもちろんありがたいが。
「では、先輩も身体に気をつけて」というねぎらいの言葉を残して電話が切れた。
自分が思っていたより葉月もウサギも、弱いところがあるのかもしれない。
「ウサギにも連絡してみるかな……」
わたしは再度スマホを手にとった。