☆第三十七章 Thanks for My Best Friends.
今日はあいにくの雨だ。窓の外は暗くて分厚い雲に覆われている。
「今日は洗濯以外何もしちゃいけないよ」
という謎のお触れを出されたわたしだが、洗濯日和ではない。
平日だし木曜日だし、いつも通り杏の世話をしている。さすがに昼ご飯は食べてもいいよね?
麗奈はいつも通り仕事にいっている。わたしは先日、役所で保育園の手続きを行った。まだ実際には収入を得ていないが、個人事業主として申請した。
家から徒歩十分くらいのところにある保育園に杏を入れることができたら、時間にもっと余裕ができる。今は杏が眠っている早朝や、お昼寝タイムなどを狙って動画編集作業を行っているが、明らかに時間が足りていない。
都会は保育園も奪い合いだ。評判のいいところは毎年定員オーバーが当たり前だし、外れた人は認可外の保育所も利用したりする。
星弥くんの通っている保育園も申請した。
杏と星弥くんは兄妹みたいなものだ。杏にとってはたった一人より他に子どもがいるという環境が絶対いいと思う。特に星弥くんはあまり激しいタイプではないので、杏をいじめるというようなこともない。
夕方、外は真っ暗。さすがに何もしないのもなあ。と思って冷蔵庫の掃除をし始める。
六時過ぎに麗奈と星弥くんが帰宅した。……と思ったら、
「はろー♪」
環名ちゃんも一緒だ。
「はろー」
さりげなくあき婆もいる。
「こんにちは」
「スズキさん⁉️」
隼くんと亜優実ちゃんを連れたスズキさんまでいる。
「ハッピーバースデー‼️‼️」
みんなが一斉にクラッカーを鳴らす。わたしは開いた口が塞がらない。
「さあさあ、パーティーだよ!」
みんなそれぞれ持ち寄った料理や惣菜やデザートがダイニングテーブルを一気に埋めた。
感激で声が出ない。
「琴ちゃん?」
涙が出てきた。
「琴ちゃん、泣いちゃった……」
もう三十も過ぎて、誕生日なんて一年のうちの通過点でしかないって思っていたのに……。
「誕生日おめでとう! 泣かないで」
麗奈の満面の笑みがさらにわたしの涙腺を弱くする。
「あらら、号泣だ」
「泣いてたら先に食べちまうよ」
いつの間にこんな打ち合わせをしていたのであろうか。あき婆が作ったと思われる手羽先や春巻き、サラダにマリネ。
涙をぬぐって、食卓につく。
「さあ、食べましょ‼️」
「なんでわたしが春巻き、好きなことを知っているの……?」
そう、実はわたしは春巻きが好きなのだ。だが、それを誰かに言った記憶がない。
他にもサーモンのお寿司が好きとか、チョコレートが好きとか色々あるけれど、春巻きは、奈良の実家にいたときに、例の井ノ上さんがよく作ってもってきてくれた。
井ノ上さんはしいたけを自家栽培していて、そのしいたけを使った春巻きをよく作ってくれたのだ。それがとても美味しくて、子どもの頃に大好きだった。
あき婆の作った春巻きもしいたけがたっぷり入っている。
「どうして……?」
「え?」
「井ノ上さんに聞いたの?」
「あーうん、前にほら、琴ちゃんお迎えに行った時にちょっとお会いしたの」
あの僅か短時間で、麗奈がわたしのことを聞き出したのか。はたまた、井ノ上さんが、何でもかんでもしゃべったのか、わからないけれど、すごいな。なんだか懐かしい味がする。
「ほら、バースデーケーキ!」
これもわたしの好きなチョコレート味のクリームでイチゴが乗っていて、『Happy Birthday』というプレートが乗っている。
シンプルだけれど、あき婆の手作りだったら絶対美味しいに決まっている。
「いちご!」
亜優実ちゃんが目をキラキラさせている。そうだ、この間イチゴが好きだと話していた。
「こら、亜優実。それは琴さんのケーキであなたのものではないからね」
「ふふっ、大丈夫だよ亜優実ちゃん。おばちゃんのイチゴもあげるね」
「ほんと⁉️」
「もー、亜優実。ありがとうございます」
そこへぬっとあき婆が登場。
「そんなこともあろうかと思って、イチゴもう一パック買ってあるんやで」
調理台の方を見ると、確かにイチゴのパックが乗っている。
「あき婆はマジシャンみたいです」
「マジシャン⁉️」
「鳩とか突然出すこともできそう」
「ああ……」
麗奈がすごい笑っている。
「あき婆ならできるよねー」
「わたしに不可能はないよ」
本当に鳩が出てきたらどうしよう。
部屋の照明が暗くなり、ローソクに火が灯る。
「ハッピバースデー・トゥーユー♪」
みんなが歌ってくれる。こんな誕生日は何年ぶりだろうか。
「もー琴ちゃんまた泣いてるっ!」
「涙腺がゆるみっぱなし……」
「ほら、早く消して!」
思い切り息を吸い込んでふぅっと吐き出すと炎が消えた。
「おめでとうーーー‼️‼️」
前田琴、三十三歳になりました。