☆第三十六章 いざ、レコーディングスタート!
大阪市内のレコーディングスタジオは、雑居ビルの五階にあった。
一階は薬局、二階は内科医院や塾、三階はエステサロンといった至って普通のテナントが並んでいる。
エレベーターで五階にあがって、レコーディングスタジオへ入るとまず受付がある。
奥の方へ進むとガラス張りの部屋があって、アニメのアフレコなどで見たことがあるようなマイクのある部屋があった。なかなか本格的だ。
「こちらは防音室になっております」
分厚いドアをあけて入るとなんだか不思議な感じがした。
自宅で音楽を録音したってどうしても環境音が入ってしまう。車の通り過ぎる音やどこからか聞こえてくる救急車や消防車のサイレン音から鳥の泣き声まで、雑音を一切防いでくれるそうだ。
最初はカラオケルームにしようかと思ったが、隣の人の歌声が結構聞こえていた気がしてやめた。
そうだ、カラオケあれだけ行ってたのに最近は全然行っていない。
もう一人で愚痴を叫ばなくても、何かあれば麗奈やあき婆が話を聞いてくれる。
ハードケースに入れてあった大正琴を取り出すと、スタジオの人が
「ほおお、琴は珍しいですね!」
と目を丸くする。
スタジオの人曰く、自分の歌を録音する人やフルート奏者などが利用しているとのことだが、和楽器は初めてらしい。
スタジオの中に小さなテーブルを置いてもらい、大正琴を置いてピックを右手に持つ。
環名ちゃんが作曲してくれた楽譜を演奏する。かなり早いスピードのところもあるし、しとやかな雰囲気と疾走感がMIXされた楽曲だ。
何回も録音をする。十回演奏した、もういいだろう。
録音したものを今度はヘッドホンを頭につけて確認する。細かい音まですべて拾い上げているので、ちょっとしたミスも目立つし、なんだか自分の演奏を聴くのは小っ恥ずかしい気がする。
今日は麗奈も環名ちゃんもいないので、一人きりだ。なんでも人に頼ってばかりではいけない。もう充分休んだから、これからは真剣に取り組んでいくつもりだ。
「ありがとうございました」
スタジオの人に挨拶をして帰宅する。
そう、大正琴ではない本格的な十七弦箏という琴が、実家の離れの物置から出てきたらしいので、週末に父が届けてくれるそうだ。
蛇味線やドラムなど他の音源はすべて音楽作成ソフトにて作り出す。
小さい頃から、琴以外の音楽を嗜んではいない。田舎だったからピアノ教室もバイオリン教室もないし習い事などやっていなかった。
強いて言えば、お友達の家にピアノがあったから遊びで弾かせてもらったくらいだ。
そういえば夕莉の家にはグランドピアノがあって驚いたのを思い出した。
楽譜はギリギリ読める程度の自分が作成した音楽なんて誰も聞かないかもしれない。でもここまできたらもう引き返せない。
自信がない。やるっきゃないという波を繰り返しながら作業をしていく。