☆第三十四章 星のように光る優しい少年の瞳。
レスキュー隊によって、救出作業が始まる。
穴を覗きこんだ時に大して変なニオイなどがしなかったので下水管ってワケでもなさそうだ。一体なんの穴なのか。
わたしも麗奈もただ、見守ることしかできない。
麗奈は膝をついて、両手を強く結んで祈っていた。
そりゃそうだよな。自分の子どもがピンチなんだからいても立ってもいられないよな。
レスキュー隊が到着したので、懐中電灯を男の人に返すと、その人は去っていった。
通りすがりの人だったのだろう。
時間が過ぎるのが遅く感じる。まだあれから五分しか経っていないのに一時間くらい経過したような気になる。
保育園に連絡を入れると、現場に園長がやって来た。
みんなで祈る。星弥くん、頼む、無事でいて。
1時間後、「ママ……」という声がした。
「救出完了!」
近くにスタンバイしていた救急車に星弥くんが乗せられる。当然麗奈も乗る。
「星弥っ、星弥っ‼️」
涙でぼろぼろの麗奈を見送った。
☆★☆★☆
窓の外は朝焼けだ。今日は雨が降るのだろうか。わたしは家で眠れない夜を過ごしていた。
星弥くんは穴の底に落ちていた。穴には少量の雨水が溜まっていたため、低体温状態になっていたが、幸い足の捻挫のみで他に傷などはなかった。
今は病院で治療を受けている。当然だが麗奈も一緒だ。
布団の上ですやすや眠っている杏の顔を見て、ほっとする。
あの日――ボールが転がった日、星弥くんは穴を見つけたのだろう。そして何の穴なのか不思議に思ったのであろう。
三歳児の話だが、園の外に出たのは、飛行機雲を追いかけたのだそうだ。
「おそらにね、しろいせんがあったの」
飛行機雲のことであろう。業者さんが門を開けて荷物を運び込んでいた時にするりと門をくぐり抜けたようだ。業者の人は荷物が大きくて視界が遮られていたので気がつかなかったらしい。ということが後々わかってきた。
「ひこーきが絵をかいている」
それが不思議で、ひこうきを追いかけてみたくなったのだそうだ。
園から抜け出した星弥くんだが、ひこうきが遠くへ行ってしまったのでしょんぼりと保育園へ帰ろうとしたら道がわからなくなった。そして、ウロウロしていたら例の河川敷に来てしまったのだそうだ。
そこで穴のことを思い出したのだろう。
三歳児の話だから、これで正解なのかよくわからないが、とにかく見つかって、無事救助されたから良かった。
当然、保育園側は謝罪の言葉を述べる。麗奈はその言葉が耳に届いているのかどうか、責めることもなく黙っていた。
親だって、たまに子どもを見失うことがあるだろう。
ついうっかり他のものに気をとられていたら、いつの間にか子どもがいなくなっていたなんて、迷子はよくあることだ。
でも、杏を見失わないように。大切な家族を見失わないように。
杏の手をそっと握った。ぷにぷにと柔らかい感触の小さな小さな手。
この愛おしい手を離さない。
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退院した星弥くんと麗奈が家に帰ってきた。
「おかえりー」
思いっきりの笑顔で迎える。
星弥くんはたからものの消防車を抱えている。
「消防士さんはヒーローだよね」
「ぼく、おおきくなったらしょうぼうしになる!」
キラキラと輝く目でそう話す星弥くん。きっと彼はステキな消防士になってくれるだろう。