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ストーカーなんてまさかそんな。

☆第三十一章 ストーカーなんてまさかそんな。


 久しぶりのお仕事をしていた。工場のラインでバレンタインデーチョコの検品作業だ。機械で流れてくるかわいいクマの形をしたチョコレートを目視で確認して、形の悪いものや顔が一部潰れているなんてものをはじく。ものすごい目を酷使する。


 クマクマクマ……。どれも一緒じゃん。なんか感覚がおかしくなりそうだ。


 視力は裸眼で1.2といいのだが、一日中茶色のクマを見続けると何かワケがわからなくなる。


 工場で働くってすごい。


 わたしは大学時代にファーストフード店でアルバイトをしていた。あとは大学卒業後にずっと同じ会社で働いていたので、工場の仕事は始めてだ。


 まず、全身綺麗にしなければならない。白い三角コーナーのネットみたいなやつで髪を覆い、マスクをしてさらに帽子をかぶって、風の吹く部屋を通り抜ける。ホコリとかゴミとか飛ばすらしい。


 朝九時スタート夕方四時まで。ずっと立っているのなんて久しぶりだから一日で腰が痛くなった。


「おかえりー」


 家に帰るころにはへとへとだ。


「た、ただいま……」

「大丈夫?」

「すっかり身体がなまってるや……」


 次の日も全く同じ作業をする。

 翌日で最終日。時給は千二百円で一日六時間だから……ああ、計算するのメンドクサイ。でも久しぶりに仕事ができて少し自信がついた。


「杏、ただいまぁ!」


 杏はあき婆には懐いているので助かる。そろそろ保育園を探さなければ。もう一月も中旬なのに、動き出すのが遅すぎるのは分かっているけれど、そもそも何の仕事をするか決定していない。


 もちろん動画配信のための作業は少しずつ進めている。だが、この場合、仕事として認めてもらえるのだろうか? 


「フリーランスってことになるんじゃないの?」


 麗奈が唐揚げを箸で掴みながら言う。


「フリーランス? 聞いたことあるけれど」

「個人事業主じゃないですか?」


 そう、島崎さんが食卓に一緒にいる。


「フリーランスは個人で仕事を請け負う。個人事業主は、まあ言葉のとおりかなぁ」


 この間、考えたイラストを島崎さんの知り合いで絵が上手い人に描いてもらうように頼んでいる。


「そろそろできあがるかなぁ」

「なんかお礼したいです」


 無料でいいよーって引き受けてくれた。


「そうだね。でも彼女はプロではないよ」

「あの、アニメーションの作成とかってどうやって依頼するんですか?」

「それこそ、さっき言ってたフリーランスってやつで、絵を描くとかアニメーション作るとか、映像作品編集するとか色々請け負っている人がいるから」


 島崎さんが色々検索してくれた。そうそうパソコンを購入したのだ。デスクトップ型でスペックが高い、それなりに値が張るやつ。


 『アニメーション作成します。三万円~』


「三万円からってのが、上限どこまでって感じよね」


 麗奈が覗き込んでいる。


「確かに。百万円とかあるのかな」

「その辺りは交渉なんじゃない?」

「島崎さんは、あのアニメーション作るのにどれくらい費用かかったんですか?」


 わたしが尋ねると、「えーと」と上を向く。


「動画によるけれど、十万円から三十万円の間かな」


 ちょっとめまいがした。


「それって、それだけ払ってもスポンサーがついて広告料が上回らないと儲けが出ないってことですよね?」

「まぁそうだね。わたしの場合は趣味でやっているから、仕事は別でやっているし」


 ちょっと現実的ではない。わたしは何を考えていたのだろうか。


「あの……」


 珍しく自分の気持ちを述べてみる。


「わたしね……長年働いた会社を産休で休むってなった時に、すごい嫌なことがあったから。なんか人間不信になったっていうか……。もちろん悪い人ばっかりじゃなくて、ここにいる麗奈や島崎さんみたいに良い人もたくさんいるんだろうけれど。どこかに勤めるってなると、必ず人間関係が発生するのが、しんどくて……。すごい甘いこと言っているんだろうって思うんだけど……」


 ガコン


 クッキーを捨てられた時の音を思い出してしまった。


「全然甘えじゃないと思いますよ!」

「そうそう。世の中、人間関係がいっちばん面倒くさいからねえ」

「麗奈は、職場でもうまくやってそう」

「いやー、そうでもないよ。ほらおツボネさんっているじゃない? いちいちウルサイなぁって思ってばっかり」

「へぇ……」


 なんか意外だ。


「動画配信は夢のある仕事じゃないですか!」

「大金持ちになっている人たくさんいるもんね」


 別に大金持ちにならなくていい。最低限食べていけたら。


 島崎さんが帰るというので玄関まで送る。


「大丈夫、真っ暗だけど?」

「平気です。これでも強いんですよ」


 腕をあげるが、小柄な島崎さんが強いようには見えない。


「車出すよ……」


 麗奈が話しかけて止まった。


「ちょっと……」


 急に小声になる。


「どうしたの?」

「シッ! 電信柱の影に誰かいるかもしれない」

「えっ……」


 この間クリスマスの日にあき婆が見た人と同一人物か⁉️


「やっぱり車出すよ」

「そうだね、その方がいい」

「警察に連絡する?」


 なんだか気味が悪い。


 麗奈が車に島崎さんを乗せて去ると、急に寒気がした。冬だから寒いってのじゃなくて……なんだろう、確かに気配を感じるのだ。慌てて玄関を入って、扉を閉めた。


 ストーカー……?


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