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歩いた――――――――――!!

☆第三十章 歩いた――――――――――!!


「あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願い致します!」


 テレビの中で華やかな振り袖を着た女性アナウンサーが挨拶をする。


 今年は実家に長いことお世話になったから年末年始は帰らないことにしていた。麗奈は実家に帰っている。


 杏とわたし二人だけだと家の中がやたら広く感じる。


「ぴんぽーん」


 インターホンが鳴って、なにか包みを持ったあき婆が登場。


「あけましておめでとうございます」

「おめでとう。あき婆のスペシャルおせち、ちょっとおすそ分けいらんかい?」


 それは是非、吟味したい。


 この家に引っ越してから、『孤独』とは無縁になった。いつもは麗奈と星弥くんがいてくれるし、あき婆とも定期的に会っている。


「よかったらあがっていって下さい、麗奈がいないですけれど」


 あき婆に温かいお茶を出す。


 杏は人見知りがだんだんひどくなってきたけれど、あき婆は問題ないらしい。音の鳴るおもちゃなどに興味を示すようになってきたが、それ以上にトイレットペーパーと引き出しが気になって仕方ないようだ。大切な物が入っている引き出しはロックをかけているが、家事をする時間を設けるためにわざと開けてもいい引き出しを作っている。

 中には適当に新聞紙やらいらないビニール袋、カラカラと音の鳴るおもちゃなどを放り込んでいる。


 動きが活発になった杏を、この間初めて地域の児童センターに連れていった。

児童センターとは、子どもが無料で遊ぶことのできる公共施設である。様々なおもちゃが用意してある。


 高速ハイハイを習得した彼女は、時速三キロくらいでハイハイしている。

お座りが上手にできるようになり、つかまり立ちもしている。そろそろ歩くころか。


 あき婆のスペシャルおせちは和洋折衷で、昔ながらの黒豆と栗きんとん、さらにはローストビーフが入っている。あとは見たことのない料理が入っていて、彩りもきれいだ。


「美味しい。いつもありがとうございます」


 いい加減、タダ飯ばっかり喰らっていてはバチが当たりそうだ。


「どうしたらこんな美味しい料理が作れるんですか?」

「教えようか?」

「えっ……いいんですか⁉️」

「ノートとペンをちょうだい」


 ペンはともかくノートはあったかな? あ、そうだ、イラスト描く用に子どもが使うような自由帳を何冊か購入したんだった。


「何の料理がいいかい?」

「ええと、……全部」

「全部かいw」


 あき婆の文字は達筆だ。次々と書いてくれている。


 わたしは杏からも目が離せないので、杏の様子を見る。階段が危ないから転落防止ゲートを設置したが、それにつかまって立っている。


 階段の下の方を眺めているので、外に出たいのだろうか。あとで買い物にでも行こうか。


「杏、あとでお買い物行こうか」


 そう話しかけたら、振り向いて手を話す。……立った。一秒、二秒、三秒……おや、今日は倒れない。そのままゆっくりと左足の向きをかえる。右足を地面から離す。

 そして、トコトコ、数歩だけれど歩いた。


 歩いた。


 歩いた‼️‼️


「あああーぶうたー」


 あ行、ば行、た行、ま行あたりを発音する杏はちょっとだけ歩いて、手を床についた。そしてまた手を離して立つ。トコトコ……。

 二、三歩で手をつく。


「すごーい! 歩けたね!」


 わたしは娘を抱きしめた。


「あき婆‼️ 杏が歩きました‼️」

「おや、本当かい?」


 元日に杏が初めて歩いた。こりゃめでたい。


 わたしは嬉しくって、麗奈や奈良の親にメッセージを送る。

『杏が歩いたよ‼️』


「いいねぇ、子どもの成長は嬉しいもんだ」


あき婆が杏を見てほっこりしている。


 産まれてから一年弱。小さな赤ん坊だった杏は、いつの間にか寝返りをうち、ずりばいを始めて、離乳食を食べ始めて、座れるようになって、表情が豊かになって、つかまり立ちをして……怒涛の一年だったけれど着実に成長してくれている。


「これからまだまだ成長するねぇ」

「そうですね」

「大変な時期もあるだろうけれど、宝物だと思うよ」


 そう言うあき婆には子どもがいないのだろうか。聞いていいのかよくわからない。


 ピロンっ♪


 麗奈から返信

『おめでとーーーーーーーう♪♪\(^o^)/』


「初詣に行くかい?」


 突然、あき婆に尋ねられる。


「あ、初詣……そうでしたね。忘れていました」


 窓の外を見ると、鈍い日光が雲の隙間から差し込んでいる。


「行きましょう」


 神社で杏の健やかな成長を願う。


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