☆第二十六章 クリスマスが今年もやってくる。
セミが鳴き出した。窓からこれでもかってくらい光が差し込む夏。温暖化でちょっと恐怖を感じるくらい暑い。
あの日、島崎さんに見せてもらった動画が気に入って、何回も見返している。チャンネル登録をして他の動画も見たけれど、繊細で綺麗で独創的で、心に響いた。
わたしにはとても無理だ。と諦めてしまうか。いや、そんな簡単に諦めてどうする。まだ、何ひとつ始めてもいないのに。
あの日から、少しずつ大正琴の練習を始めた。何に利用できるかなんてわからない。
杏は、ハイハイが上手になって目が離せないので、基本は忙しいのだけれど、昼寝してくれている間や明け方にうるさくない程度に弾いた。
そういえば……思い出したことがある。
七年くらい前のこと。高校時代の友人から結婚式のプロモーションビデオの作成を手伝ってほしいと頼まれたことがある。
え、自分はそういうの全然詳しくないよ。と言ったが、とにかく一旦やってみようと思って、パソコンで動画編集ソフトをインストールした。
プロが作ったものとは圧倒的に完成度が違うだろうけれど、素人が作ったことで逆に温かみがある。と言われて褒められた。いや、無理やり褒めて頂いたw
何か簡単な動画を編集してみようか。わたしは我が娘、杏を一日密着撮影して、編集してみることにした。
「あああー、ぶーぶぶー」
ハイハイで動いて、家の中を物色する。おもちゃ箱からおもちゃを取り出す。口に入れようとする。
ベビーカーに乗せて公園に連れていったら、暑くて汗をかいていた。お散歩日和ではないな。
帰って、ベランダに小さなベビープールを用意してみたが、まだ入るには若干早いような気もする。夏はできることが限られている。
昼寝もする。授乳の回数は一日五回くらいで離乳食も食べ始めている。
にんじん、吐き出す。
じゃがいも、食べる。
ほうれん草、食べる。
にんじんが嫌いなのか。
お座りもそれなりに上手になったが、まだバランス感がイマイチだ。
一日密着した動画を、スマホで簡単にできる動画編集アプリをダウンロードして
『杏のいちにち』というタイトルをつけて編集してみた。
ただただ、娘がかわいい。という親バカな感想しかなかった。
八月。暑くて暑くてクーラーは一日つけっぱなし。
麗奈と星弥くんと杏とわたしで川遊びに行く。星弥くんは水が平気らしく、ざぶざぶ足をつけて遊んでいるが、杏は抱っこをした状態で水に足をつけると泣き出した。
「水がニガテなのかなぁ」
九月。残暑が厳しすぎて、日差しがきつい。星弥くんが三歳になった。
十月。大正琴でいろんな曲が弾けるようになってきた。
十一月。自分で弾いた琴の音を録音して、スマホで編集してみる。
杏が十ヶ月になって、つかまり立ちを始める。
十二月、時が流れるのは早い。今年は怒涛の一年だった。
「クリスマスパーティーしない?」
麗奈が食事中にそう提案する。
「クリスマス、クリスマス☆」
星弥くんがワクワクしている。
「星弥がおりこうさんでいたら、サンタさんがプレゼント持ってきてくれるよ!」
「サンタさん!」
目を輝かせている三歳児がかわいすぎる。
「麗奈ってさぁ、友達多いよね」
「えっ、私?」
「うん、島崎さんとどうやって知り合ったの?」
「環名ちゃん? えっとねー。私が看護師をやってた時に、病院に入院していた患者さんだったんだ」
「そうなの⁉️」
「うん、彼女、割と重い病気で入院していたんだけど、完治して今はすっごく元気だよ」
「なんか、でも、看護師さんと患者さんっていう関係はわかったけれど、普通は退院したらそれで終わりなのに、なんでつながっているのかなぁって」
「あー……」
麗奈が気まずそうな顔をする。
「あ、ごめん聞いたらダメだった?」
「あ、いや全然。彼女が入院した経緯がちょっとね」
「そうなんだ、ごめん」
「琴ちゃん謝りすぎー。ああ、でも琴ちゃんが元気になってよかった」
元気になったのだろうか。今も薬は飲み続けているけれど、確かに少し気持ちが楽になった。
「麗奈のおかげだよ」
「そんな、赤面しちゃう」
「赤面してよ。クリスマスに千本のバラ送るから」
「迷惑~w」
こんな冗談が言えるようになったのが、回復の証拠なのだろうか。
「誰を呼ぼうか⁉️」
「え……」
こういう時、わたしは友達がいないことを痛感する。高校時代や大学時代の友達とは社会人になってから疎遠になった。
「わたし、呼べる人いないや」
「スズキさんは?」
「あ……」
「呼ぼう呼ぼう♪」
「環名ちゃんも来れそうなら呼んでいい」
「もちろん」
「スズキさんと環名ちゃん面識ないけど、まぁ聞いてみよう」
「あき婆は?」
「当然参加な感じでw」
楽しみな予定ができた。