☆第二十一章
引っ越しを終えたといっても、皿など細かいものはまだ段ボールの中なので
あき婆が作ってくれたメニューを紙皿の上に盛る。
「すごい、洋風」
ナポリタン、ハンバーグ、サラダが机に並んでいた。
「子どもが好きやろ」
麗奈も、あき婆も一体何者なのだろうか。とにかく料理が美味しい。星弥くんが口のまわりを真っ赤にしてナポリタンを頬張っている。
「あき婆は元、レストランを経営していたのよ」
どうりで美味しいはずだ。
あき婆くらい元気だったら、まだまだ現役で続けられそうだが、どうして辞めてしまったのだろうか。
「どんなレストランですか?」
思わず聞いた。
「何でも出てくるレストラン」
あき婆がそう答えると、麗奈が笑っている。
「そうそう、本当になんでも出てくるの」
「なんでも?」
あき婆の本名は
「レストランあきってお店で、お品書きがその日によって変わるのよ。わたしもよく行ってたなあ」
「ごはんおかわり何回もコールしとったな」
「若いころだから許してよ」
そのレストランあき、ではある日は洋食、ある日は和食、ある日はインドカレーまで出てくるらしい。
お客さんの要望にできるかぎり応えるそうで、「ごはんおかわり」と言ったら白飯がエンドレスに出てくるらしい。
「よく運動部の男の子とか来てたよね」
ガツガツ食べる体育会系男子には、すべてが山盛り。少食な老夫婦には適度な量。
小さな子が来たら、お子様ランチを作り、赤ちゃんには離乳食まで提供する。
「すごい……」
どうして辞めてしまったのか勿体ない。そんなレストランがあるなら行ってみたかった。
「いろんなエピソードがあるのよ」
「なんでもかんでもしゃべりよるの」
あき婆がさりげなく旬のさくらんぼが入ったゼリーを出した。デザートまであるのか。
「いいじゃない、素敵なエピソードなんだから」
「まぁ、わたしに惚れ惚れするがいいよ」
●エピソードその① たくさん泣いたらいい
若い女性が来店。目のまわりが腫れていて窓際でぼーっとしていたので、ホットココアを出す。そして、代金はいらないよ。とテーブルに置いたのはいちごパフェと、ティッシュの箱五箱。きょとんとした女性に向かって
「泣きたい時はたくさん泣いたらいい」と言った。偶然、店にはその女性一人だけだったので、その日は営業終了の看板を出したそうだ。
●エピソード② ぐずる赤ちゃん
若い女性二人が、赤ちゃんを連れて来店。両者ともベビーカーに乗っていたが、やがて赤ちゃんの一人がぐずり始める。
あき婆は何やら紙袋とビニール袋を持ってやってきた。ビニールをこする音を聞くと意外と赤ん坊は泣き止んだりする。さらに紙袋からマジックのように次々と何か出てくる。
「あんたたちは食べなさい。母親ってのは体力がいるんだから」と言い、赤ちゃんの相手をしていた。それ以来、ママさんたちは常連客となったらしい。
●エピソード③ 野球部
地元高校の野球部員が来店。小さな店に一気に十二人。あき婆はテーブルを全部ひっつけて十二人席を作って、次々と料理を提供する。食べる。とにかく食べる。
テーブルのど真ん中に超デカいオムライスが登場。ケチャップで『ナイスプレイ』と書いてあった。甲子園を目指す地区予選の準決勝で負けたばかりだと、あき婆は知っていた。
食べ終わったあと、野球部一同は整列して「ありがとうございましたー!」と礼を言って帰っていった。
「あと、店でプロポーズがしたいって電話がかかってきたらしいんだけど、具体的なことは全然教えてくれないんだよね」
麗奈が口を尖らせる。
「そういうのはひみつなんだよ」
「素敵なお店なんですね……」
肉汁たっぷりのハンバーグに、昔懐かしい味がするナポリタン。
さっぱりレモンの効いたサラダが身にしみる。あき婆の料理には優しさがつまっている。