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七瀬秋《ななせあき》、御年七十七のスーパーレディ。

☆第二十一章 七瀬秋ななせあき、御年七十七のスーパーレディ。


 引っ越しを終えたといっても、皿など細かいものはまだ段ボールの中なので

あき婆が作ってくれたメニューを紙皿の上に盛る。


「すごい、洋風」


 ナポリタン、ハンバーグ、サラダが机に並んでいた。


「子どもが好きやろ」


 麗奈も、あき婆も一体何者なのだろうか。とにかく料理が美味しい。星弥くんが口のまわりを真っ赤にしてナポリタンを頬張っている。


「あき婆は元、レストランを経営していたのよ」


 どうりで美味しいはずだ。

 あき婆くらい元気だったら、まだまだ現役で続けられそうだが、どうして辞めてしまったのだろうか。


「どんなレストランですか?」


 思わず聞いた。


「何でも出てくるレストラン」


 あき婆がそう答えると、麗奈が笑っている。


「そうそう、本当になんでも出てくるの」

「なんでも?」


 あき婆の本名は七瀬秋ななせあきというらしい。かっこいい苗字だな。


「レストランあきってお店で、お品書きがその日によって変わるのよ。わたしもよく行ってたなあ」

「ごはんおかわり何回もコールしとったな」

「若いころだから許してよ」


 そのレストランあき、ではある日は洋食、ある日は和食、ある日はインドカレーまで出てくるらしい。

 お客さんの要望にできるかぎり応えるそうで、「ごはんおかわり」と言ったら白飯がエンドレスに出てくるらしい。


「よく運動部の男の子とか来てたよね」


 ガツガツ食べる体育会系男子には、すべてが山盛り。少食な老夫婦には適度な量。

 小さな子が来たら、お子様ランチを作り、赤ちゃんには離乳食まで提供する。


「すごい……」


 どうして辞めてしまったのか勿体ない。そんなレストランがあるなら行ってみたかった。


「いろんなエピソードがあるのよ」

「なんでもかんでもしゃべりよるの」


 あき婆がさりげなく旬のさくらんぼが入ったゼリーを出した。デザートまであるのか。


「いいじゃない、素敵なエピソードなんだから」

「まぁ、わたしに惚れ惚れするがいいよ」


 ●エピソードその① たくさん泣いたらいい


 若い女性が来店。目のまわりが腫れていて窓際でぼーっとしていたので、ホットココアを出す。そして、代金はいらないよ。とテーブルに置いたのはいちごパフェと、ティッシュの箱五箱。きょとんとした女性に向かって

「泣きたい時はたくさん泣いたらいい」と言った。偶然、店にはその女性一人だけだったので、その日は営業終了の看板を出したそうだ。


 ●エピソード② ぐずる赤ちゃん


 若い女性二人が、赤ちゃんを連れて来店。両者ともベビーカーに乗っていたが、やがて赤ちゃんの一人がぐずり始める。

 あき婆は何やら紙袋とビニール袋を持ってやってきた。ビニールをこする音を聞くと意外と赤ん坊は泣き止んだりする。さらに紙袋からマジックのように次々と何か出てくる。

「あんたたちは食べなさい。母親ってのは体力がいるんだから」と言い、赤ちゃんの相手をしていた。それ以来、ママさんたちは常連客となったらしい。


 ●エピソード③ 野球部


 地元高校の野球部員が来店。小さな店に一気に十二人。あき婆はテーブルを全部ひっつけて十二人席を作って、次々と料理を提供する。食べる。とにかく食べる。

 テーブルのど真ん中に超デカいオムライスが登場。ケチャップで『ナイスプレイ』と書いてあった。甲子園を目指す地区予選の準決勝で負けたばかりだと、あき婆は知っていた。

 食べ終わったあと、野球部一同は整列して「ありがとうございましたー!」と礼を言って帰っていった。


「あと、店でプロポーズがしたいって電話がかかってきたらしいんだけど、具体的なことは全然教えてくれないんだよね」


 麗奈が口を尖らせる。


「そういうのはひみつなんだよ」


「素敵なお店なんですね……」


 肉汁たっぷりのハンバーグに、昔懐かしい味がするナポリタン。

さっぱりレモンの効いたサラダが身にしみる。あき婆の料理には優しさがつまっている。


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