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人生で頑張らなくちゃいけない時はある。

☆第十七章 人生で頑張らなくちゃいけない時はある。


 いつまでも逃げているわけにいかない。

昨日、杏のお食い初めが終了した。母が買ってきた立派な鯛、井ノ上さんが用意してくれた煮物などが豪華絢爛に並んだ。


 ここは海から遠い。奈良は海なし県だが、伊勢まで行って鯛とはまぐりを調達してくれたのは春彦おじさんだった。わたしのお父さんの兄、つまり叔父である。


 みんなが協力してくれる。その居心地の良さに体の調子が少しよくなったと思った。いまだ、帰ろう。一旦帰って学とちゃんと話し合わないと。


 麗奈からそちらに向かう。という連絡があったので待っていると一台の車が実家の敷地前に車を停めた。

 その瞬間、体が固まった。運転をしていたのは学で、学の車であった。


「琴ちゃん、ひさしぶり~」


 笑顔で助手席から降りてくる麗奈。戸惑うわたしに「ごめんね、連れてきた」と。


「とりあえず、お父さんお母さんも同席で話をするか、それともやっぱり夫婦ふたりで話すかどっちがいい?」


 困った。もちろん気持ちとしては誰かいてほしいと思う。でも夫婦の問題は夫婦で解決するべきか。


「車の中で……話す」


 わたしの返答に麗奈は、うん、わかった。とだけ答えた。

星弥くんは相変わらず、あき婆に預けているらしい。


「久しぶり」


 久しぶりに見る学の顔はどこか少しやつれているようにも見えた。


「熱はさがったよ」


 ああ、そうだ。わたしは熱を出した夫を置いてきたんだ。


「ごめんなさい。置いていって……」

「高田さんから少し事情は聞いた」

「うん……」

「悪かったとは思う。でも……」


 でも、一体なんなんだろうか。


「オレの職場でも鬱病になってやめた人がいる。鬱が辛いのはわかった。でも、あんまり言うべきではないかもしれないが、オレの親がカンカンだ」


 スマホにかかってきた着信を思い出した途端、不穏な何かが心を曇らせる。


「あと、正直なことを言っていいか?」


 あまり聞きたくないが、聞かないといけない。わたしは首を縦にふった。


「子どもにどうしても関心が持てない」


 目の前が真っ暗になりそうだ。


「関心がもて……ない?」

「うん、嫌いとまでは言えないけれど、泣き声とかどうしても煩わしいと思ってしまう」


 ドクンドクン、心臓の音が早くなる。


「家事は手伝おうと思う。でも子どもをこれから好きになれるかどうかわからない」


 そうなんだ……。世の中の人が全員子ども好きなわけではない。騒がしいし、言うこと聞かないから苦手だとか、もちろんそういうのもある。


「それでもよかったら家に帰ってきて」


 学の目を直視することはできない。あんなに大好きだったのに、この世のありとあらゆるものが学に見えるくらい好きだったのに。


「学……」

「何?」

「わたしのこと、好き?」

「……」


 ねえ、お願い。嘘でもいいから好きって答えてよ。


「ごめん、いまよくわからない」


 奈落の底に落ちる。ブラックホールに吸い込まれるような……。 

泣いたらダメだ。泣いても何も解決しない。でも涙がまた溢れてきた。


「離婚しようか?」


 涙でぼやけた視界はぐちゃぐちゃで何も見えない。心が鉄から鉛へと変わる。その塊は大きくてずっしりと重くてわたしの体を侵食していく。


「考える……」

「うん……」

「オレ、今日は家に帰るな。答えが出たら連絡してほしい」

「わかった……」


 涙をぬぐって、助手席からゆっくり降りた。


 走り去る車はまるで、異国の知らない人が運転する車のように感じた。


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