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てんやわんやお宮参り。

☆第十一章 てんやわんやお宮参り。


 三月の柔らかい日差しがふりそそぐ中、全然待ちに待っていなかったお宮参りの日を迎えた。

 赤ちゃんを抱っこするのは、義母である。昔からそう決まっている。


「杏ちゃーん」


 ニコニコ顔の姑、舅、そしてうちの同居人とわたし。

 無難なスーツを着て、腰まわりがゆるいことに気づいた。赤ちゃんを産んだ直後は

まだお腹がへこんでいなかったのに、いつの間にか随分痩せていた。


 地元の神社までは車でたった五分。予約してあるのですんなりと受けつけは終了した。

 関西では赤ちゃんのおでこに「大」と書いたりする風習がある。しかし「大」と書かれたことに対して、義両親はご不満? なのだろうか。


 「ありゃ、女の子なのに大なんだな?」


 舅さんは大阪出身。そして姑さんは中国地方出身なので、まずおでこに何か書かれていること自体驚きらしい。


「やだー、こんなの見たことない」

「何言ってるんだ、関西では当たり前だよ」

「学の時は書かなかったじゃない」


 二人でごちゃごちゃ言っている。


 そしていやな予想は的中する。


「ぎゃああああああ」


 泣く。いま泣くか。タイミングを考えて杏! 無理か。赤ん坊だもん。

 神社でのご祈祷中にギャン泣きする我が娘。


「もーこの子ったら、いまは泣く時じゃないでしょう」

「やっぱり琴さんが抱っこするべきなんじゃないか?」

「ダメよ、産婦は穢れの存在だから。だから私が抱っこするんじゃない」


 穢れか。

 昔は出産を終えた産婦は穢れとされていたのでお宮参りでは夫側の母親が抱っこをするのが習わしだ。というのは知っているが、イマドキ、そんなの気にしなくてもいい。


「学、ほらあなた泣き止ませてみて」

「無理だよ」


 即答で無理って言うな同居人。というかご祈祷中くらい黙っててくれよ早乙女一家。


 ご祈祷が終わったあと、近くのレストランでご飯を食べることになっている。気が重い。姑さんが予約したレストランはなぜかフレンチ料理の店だった。

 和食じゃないの?


「私、フレンチ好きなのよ」


 あなたのお祝いではない。主役は杏、娘である。


「ちょっと琴さん抱っこしておいて」


 運ばれてきた料理を食べるためになぜか私が抱っこ。ちょっと待って? 私も食べたい。


「抱っこはダメなんじゃなかったの?」


 舅さんのナイスツッコミ。


「あら、もうお宮参りは終わったわ」


 なんだそりゃ。杏はたくさん泣いたからか気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている。


「おいしー」


 前菜を頬張ってシアワセそうな顔の姑さん。

 早く帰りたかった。


 日頃の睡眠不足もあって疲れていた。しかし悲劇はまだ続く。


 フレンチを食べ終わってああ、やっと家に帰れると思ったら姑さんが

「そういえば写真館は予約していないの?」と切り出す。


 スタジオで写真を撮るってのも考えたけど、杏はまだ二ヶ月だし

そういうのはもっと大きくなってからでいいかなって思っていた。


「杏はまだ二ヶ月なので、もう少し大きくなったら……」

「もったいないわぁ。せっかく晴れの日なんだから、予約なしでも撮れるか聞いてみましょう!」


 姑さんがスマホを取り出す。空気の読める店員さん断って!


「残念、やっぱり予約しないと無理だって」


 ほっとした。


「じゃあオレたち帰るよ」


 学がそう言って車のキーを取り出した。


「うーん、せっかくだからちゃんとした撮影がしたいわ」


 まだ諦めないのか。


「今日はもういいだろう。杏も疲れるだろう」


 そうだ、学。たまにはいいこと言うじゃないか。


「写真はいっぱい撮ったからね」


 舅さんが一眼レフのカメラを持参していた。正直それで十分である。


「わかった。あ、でもよかったら家寄っていいかしら? ほら、あのクマちゃんあげたじゃない? あれと一緒に写真撮りたいなって」


 え? ちょっと待って、家に来るの?


「わざわざ?」

「ちょっと寄るだけだから」

「あ、あのすみません……うち、散らかっているので」


 慌てて止める。


「写真撮るだけだから。ねっ」


 やめてくれ。本当に散らかっているんだから。

 思いも虚しく強引についてきた学の両親。

 どうしよう。お腹痛くなってきた。


 家は本当に散らかっていた。このところやる気が起きなくて、常時疲れていて、杏が眠ってくれている間は少しでも横になりたかった。


 家に到着して、もう冷や汗が止まらない。


「おじゃましまーす」


 お邪魔だから帰ってください……。


 まず、玄関は二ヶ月前から掃除をしていない。


「あ、ワシちょっとトイレ」


 舅さんがトイレに入った。トイレは一ヶ月掃除していない。


「まぁ……足の踏み場がないじゃない!」


 だから散らかっていると言ったでしょうに。


「学、あんたこんな部屋で大丈夫なの?」

「仕方ないよ、忙しいんだから」


 そうだそうだ。忙しいんだよ。


「でもこんな部屋じゃ杏ちゃんが可哀想じゃない。ちょっと片付けるわよ」


 そう言って、姑さんが勝手に物の位置を変え始めた。


「あの……すみません、私がやるので……」


 冷や汗が止まらない。わたしの声が聞こえているのか否か、脱ぎ散らかしていた洗濯物をポイポイと洗濯機に入れていく。


「あれ、洗剤ないじゃない」

「すみません切らしていて……」

「えーっ、あり得ない」


 放っておいてくれ。もうやめてくれ。


 キッチンのシンクにもお皿が溜まっていた。


「琴さん、せめて食器は洗ったら?」

「すみません……」


 わたしは慌てて、スーツの上からエプロンを羽織って皿を洗いはじめた。


「洗濯用の洗剤買ってくるわね」


 そう言って姑さんは勝手に家を出ていった。その間、テレビをつけて

ぼんやりと見ているうちの同居人&親父。


 やがて眠っていた杏が起きて泣き出した。


「琴さん、杏ちゃん起きたよ」


 言われなくてもわかるわいっ!


「すみません、抱っこしてもらってもいいですか?」


 この際、抱っこ係くらいやってもらおう。


 舅さんが杏を抱っこするが泣き止まない。


「杏さーん、泣き止まないよ」


 こっちはいま、皿を洗っているんだ。男組、なんとかしたまえ。


「杏さーん」


 キレてはいけない。落ち着いて


「もしかしたらオムツが汚れているのかもしれないです」


 と言ってみる。交換してくれ。


「そうなの、じゃあ交換したらいいんだね?」


 舅さんはなんだかんだで話のわかる人だ。


「オムツってどっちが前なの?」


「……」


 結局、わたしがやるのが一番なのか。あと授乳をしたい。


「すみません、授乳してきます」


 わたしは隣の部屋に入って扉を閉めた。誰かいまのこの時間に

皿洗いを最後まで終わらせてくれたらいいのに。


 ガチャ。

 玄関ドアの開く音がしたので姑さんが帰ってきたようだ。杏は落ち着いて母乳を飲んでいる。


「琴さん、洗剤はこれでよかった?」


 姑さんがダイナミックに扉をあけるからお胸が丸見え。舅さんと目が合う。気まずい。


「あ、ごめんごめん授乳中だったのねー」


 泣きたくなってきた。


 その後、洗濯をして、掃除機をかけて、写真を撮らないまま二人は帰っていった。

 写真を撮りにきたんじゃなかったの⁉️ くまとの写真は忘れたらしい。


 づかれだ……。


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