☆第八章 わたしの親友。
ふわりとした髪質で、黒ではない、綺麗な栗色の毛だった。瞳も栗色で、フランス人形を彷彿させるような透き通った白い肌と長い睫毛。
生粋の日本人ではなくて一目でハーフかなと思う彼女がバリバリの関西弁だったのには驚いた。
「仲良くしてなー!」
明るい夕莉はすぐにクラスの子と打ち解けた。どちらかというと引っ込み思案で大人しいわたしにとって太陽のような存在だった夕莉は、なぜかわたしをよく誘ってくれた。
「家に遊びにこーへん?」
誘われて行った夕莉の家は、奈良のど田舎には明らかに不向きなレンガ造りの豪邸で、門から玄関までトンネルのようなバラのアーチが続く、民家というよりオシャレなカフェや美術館といった建物だった。
「イラッシャイ」
夕莉の母は、どこからどう見ても外国のお方だった。
「夕莉ってやっぱりハーフだったんだ!」
「そ、お父さんが大阪の人でお母さんはスイス出身やで」
その二人がどうやって知り合って結婚したのか気になった。
「わたしは大阪で産まれてん」
話を聞いていると、夕莉はコテコテの関西人で、スイスには一度だけ行ったことがあるが、ドイツ語もフランス語もよーわからへん。みたいなことを言っていた。外見と喋り方のギャップが激しすぎる彼女の家で、名前もわからないようなお菓子を頂いて帰ったわたしはうっとりしていた。
「お母さん、わたしスイスに行きたい」
突然、そんなことを言い出した娘に対して「はい?」と首をかしげる母。夕莉の話をしたら、町の中で噂になっているらしい。
「なんでこんなとこに引っ越してきたんやろねー」
そういえばそうだ。この田舎に一体何用で。
家も豪華だったけど、車もフォルクスワーゲンのビートルだかバートルか忘れたけど可愛い外車で、田舎では超目立っていた。町に一つしかないショッピングセンターにその車が停まっていると、あ、長田さん一家が来ている。と一目瞭然だった。
夕莉のお父さんは、見晴らしのいい丘に古民家レストランをオープンしたのだが、評判がよくて、遠方からもお客さんがやって来ていた。
「夕莉のお父さんは何を作っているの?」
「えーとね、創作和食ってやつ」
「そうさくわしょく?」
「そう、なんか煮物やけど煮物やないやつとか、天ぷらなんやけど洒落たやつとか」
わたしの乏しい頭のデータでは全くピンとこない。レストランに行きたいと親にねだるが、
「値段が高いからなぁ……」と難色を示す母。
確かに店の前に置かれた小洒落た黒板には庶民向けとはちょっと言い難いお値段が書いてあった。なんかの豆腐が千円。豆腐って千円するのかな? スーパーだと百円くらいで売っていた気がする。
「お父さんがこの町が気に入ったからパーティーを開くって。琴も来る?」
パーティー?
田舎者の芋娘だったわたしは、シャンデリアが輝くダンスホールを思い浮かべる
「十二時だわ。わたし、もう行かなくちゃ!」
「まって、美しい姫よ。そなたの名前は……」
「さようなら」
「ああっ……」
ガラスの靴が……ちがうちがう。それシンデレラ。
「ドレスとかカボチャの馬車とか必要?」
「は? 何言ってんの? お父さんが創作和食を無料でふるまうってさ」
そりゃ行くしかない。
「行く、行かせて」
「わかったー、ラフな格好で来てな!」
ラフという言葉がわからなかったわたしはいったいどんな格好なのか帰り道でさんざん悩む。
再び招待された夕莉の家は相変わらずオシャレで薔薇が満開の時期を迎えていた。庭も広くて、芝生の上にテーブルや椅子が並ぶ。
何を着ていこうか必死で迷ったあげく、まともな服がないことに気づいたわたしはなぜか浴衣をチョイスした。
いや、浴衣以外は首元の伸びたTシャツと書道の授業で汚れてしまったキュロットパンツくらいしか持っていなかったからだ。
洋風の薔薇園に浴衣姿なんてミスマッチでダメかな? おどおどしていたら、夕莉の母が浴衣を絶賛してくれた。
「カワイイ、カワイイ、ワタシもキタイ」
その要望に応えるために一度家に帰って、お母さんの浴衣一式を全部借りて夕莉家に戻ったが、そういえば着せ方を知らない。すると、パーティーに参加していたおばさんが、ちょっと貸してみ。とあっという間に着付けた。
美しい。田舎町の男たちは夕莉の母にメロメロだ。
「わーい、アリガトウゴザイマス! ことちゃん、アリガト!」
なんだかすごく感謝されてしまって恥ずかし嬉しだった。
我が小学校は一学年一クラスしかないので、一年から六年までクラス替えというものはない。夕莉はすっかり打ち解けたクラスメイトと、日が暮れるまで遊んでいた。
「琴ちゃん、これあげる」
一月の琴の誕生日に突然、夕莉から貰ったのは一枚のポストカードだった。スイスの風景だろうか綺麗な写真だ。
「マッターホルンっていうねんて」
裏返すと、メッセージが書かれている。
『琴ちゃん、ずっと親友でいてね 夕莉』
嬉しくて涙が出そうになった。親友。ああ、親友なんて言ってくれるんだ。
しかし、ある日、悲劇は起こった。