☆第三章 カラオケは日本の文化です!
「さーおとーめサンっ!」
ピョコンと現れたのは入社二年目の通称ウサギ。
性別は♂️なのだが、背が低くていつもぴょんって現れる。だからウサギ。
「なあに?」
「この資料、まとめてって言われたんですが、どうすればいいですかっ?」
ウサギはいつも何でも聞いてくる。可愛いつぶらな瞳に負けてしまうが、自分で考えるということはしないのか。
でもお人好しのわたしは丁寧に教えてしまうのだった。
「あっりがとうございます! さすがです♪」
こういう時にビシっと「自分で考えて」と言えたらいいのになぁ。
結婚してから住んでいるのは学の会社まで自転車で十五分の2DKマンションである。築、十五年という新しいとも古いとも言えないそのマンションからわたしの会社まではバスで十七駅と遠い。
歯に魚の骨が挟まったかのような不快感が、溜まっていた。
というかいまも現在進行系で溜まり続けているが、もうどうでもよくなっていた。全部の歯と歯の間に骨が挟まって、骨が歯と同化してしまったみたいな感じ。
でもいいの、いまはカイトが癒やしてくれる。寝る前のわずか十分だけ、カイトの動画を見る。
結婚してから時々、学の両親が遊びにやって来た。学の実家はお金持ちらしくて、高級なお土産を持ってきてくれるものだから
学には妹がいるそうだが、妹の方は結婚という言葉に全く興味がないそうだ。なので期待はこちらに向く。
「早く孫の顔が見たいわぁ」
お決まりのフレーズを何度聞いたかわからないが、その度に会社を辞めた朱音のことを思い出してしまう。
結婚して三年経つと学のお母さんから
「琴さん、出産は早いうちがいいわよ」と耳にタコができるくらい言われた。生物学的にそうなのは分かる。どうしよう、産むか……。
わたしは何かモヤモヤした時や言いたいことが言えない時にカラオケにいつも行く。人前では恥ずかしくて歌えないので一人カラオケなのだが、部屋に入った瞬間から恐らく人格が変わる。
「学のアホオオオオオオオオオ! ゴミくらい出せ! 食器洗え! わたしばっかりさせんじゃねぇよ‼️」
防音室だから大丈夫なはず。
「子ども産めって簡単に言うな! 女性も社会進出で働けって言うし、でも少子化だから産べ……って噛んだじゃん‼️ どんだけ忙しんだよっ‼️」
次から次へと本音がでてくる。一時間、好き放題叫んだ後、三曲だけ歌って帰る。
これは大学生のころからずっと続けているいわゆる習慣だ。
琴ちゃんは大人しいわね。お利口さんね。って言われるのは気分的に悪くはなかった。しかし、本当はそうではなくて、言いたいことがあっても、呑み込んでしまう。
嫌われるのが怖かったからだ。ワガママを言ったり、きついことを言うと人から嫌われてしまう。だから言わずに言葉を呑み込み続けていた。だからお利口さんでいられたのだ。
田舎にはカラオケなんてなかったので、時々、入ってはいけません。と言われていた山の方へ進み、人気のないところで泣いたり、言いたいことを吐き出していた。
それが、都会に出てきてからというもの、どこへ行っても、人がいた。
そこで、大学の友人に誘われてカラオケボックスというものに初めて行く。
あ、一応補足すると田舎にもカラオケはあった。ある喫茶店におじいちゃんとおばあちゃんが集まって昼間から何か歌っていた。「琴も何か歌ってみな」とマイクを渡されたのは五歳くらいのころだろうか。恥ずかしくて泣き出した記憶がある。人前で歌うことはできない臆病者。
一人でカラオケに行けないだろうか?
大学の友人に、「一人でカラオケに行く人っているの?」と聞いてみた。
「全然いるよ~。一人の方が気楽だからって人もいるいる」
それを聞いて安心した。早速一人で行ってみたが、受付のお姉さんに変に思われないだろうかと不安になり、入口付近をウロウロしていたら、不審者だと思われたのか、お巡りさんが登場。
狼狽えうろたえウロタえたわたしは、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。を連呼するとお巡りさんが怪訝そうな顔をしながら「どうしました?」と。
後から分かったが、わたしが原因で通報されたわけではなかった。どうやらカラオケボックス内で全然知らない人同士が揉め事を起こして、暴力事件に発展したがために通報、お巡りさんがやって来ただけであったそうだ。
恥ずかしくてマンホールを開けてでも入りたい気分だったが、都会にはカラオケ店がいくつもあったので、今度は別のところに行って、堂々と受付を済ませた。一人きりの部屋でマイクを持った瞬間、何かが弾けて、大きな声で何かを叫んでいた。
話が逸れに逸れまくった。
子どもは可愛いと思う。だけど、いまの生活で赤ちゃんを育てるとなると相当大変だろうな。さすがに学も赤ちゃんが出来たら、家事とか手伝ってくれるだろう。そう思っていた自分をツネってやりたい。