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鮮やかな向日葵だっていつかは枯れる。

☆第二章 鮮やかな向日葵だっていつかは枯れる。


わたしは二十七歳の時に結婚した。

夫はがくという名前で大手電気メーカーに務めている。学とは同じ大学出身だが、大学時代はお互い顔見知りではなかった。

わたしは文学部で学は経営学部にいたし、学校の生徒数は八千人ほどいる。

学内で何度もすれ違ったりはしていたのであろうが、お互い意識はしていなかった。

 文学部に入ったのは、単純に国語の成績がよかったからで、それ以外に思いつかなかったからだ。


卒業して会社に勤めていたわたしは、二十四歳の時に学と知り合った。

地元の居酒屋で友達と飲み会をしていたら、相席になった男子たちの中に学がいた。というのがわたしたちのなれそめだ。

連絡先を交換したら、その日から次々とメッセージが届いた。


『いま、何してる?』

『仕事お疲れ様!』


特になんてことのない、一文のみ。

こちらが返信しようがしまいがどんどん送られてきて、正直怖かった。

一応できる限りは返信したが、そのころは学のことを男性として全く意識してなかったので超ドライな返信ばかり。


『琴ちゃんの好きな食べものは?』 ⇒ 『漬物』

『琴ちゃん、兄弟、姉妹はいるの?』 ⇒ 『兄がいます』

『琴ちゃんはどんな男性がタイプ』 ⇒ ニコニコスタンプで誤魔化す


友達に相談したら、それもう琴のこと狙っているに決まっているじゃん。と言われて、初めて意識し始めたのだ。わたしは恋愛にはウブだと思う。


 【早乙女琴の恋愛年表】

 幼稚園の頃、目がくりくりのハルトくんとよく一緒に遊んでいたが、好きって言うと微妙って言われた。泣いた。

 小学生の時、隣の席の山下くんが好きだったが、給食の食べ方が汚くて、ショックを受ける。

中学校の時になんとなくいいなと思った先輩はいたが、そのうち卒業してしまった。

高校の時はクラスメイトに突然告白されたが、狼狽うろたえすぎて、返事できないまま一年経ってしまい、もうどうしたらいいかわからなくなったころ、彼は転校してしまった。

大学一年の時は漫画のキャラクターにドハマリしていて、この人と結婚したいと願ったが、どれだけ願っても彼は二次元の世界から出てくることはなかった。


 話を戻そう。


 学から二人で飲みに行こうと言われて、慌てたわたしはまた友人に相談したが「行きたいなら行ったらいいし、行きたくなかったら、行かなければいいじゃん」と全く弁解の余地のない答えだった。

 思い切って、「わかりました」と返事するとすごい嬉しそうなスタンプが返ってきたので悪い気はしなかった。

 男性として意識し始めると、学はイケメンだということに気づいた。

 しまった、好きな食べ物はイチゴとケーキにしといたらよかった。漬物とか渋すぎ。


身長は百七十三センチ(って飲み会の時言ってた)、顔は俳優の高島文也ふみやの鼻を少々低くしたような感じで、高学歴、高収入、高身長ではないがそれなりに高い。


昔の3Kを持ち合わせている。ちなみにいまどきは低姿勢、低リスク、低依存、低燃費車かよ!な4K男が流行っているらしい。


 何も恐れることはない(って自分に百回くらい言い聞かせた)。わたしは迷いに迷った挙げ句、薄紫の上品なワンピースを着て、シルバーのサンダル、いつもはやらないネイルをして戦場へと向かった。

「戦場なんてオーバーな(笑)」って友達に言われたけど、人生初のデートである。


 居酒屋で、学はしゃべりにしゃべっていた。わたしは殆ど聞き役。キャンプや釣りが趣味で休日はアウトドアに従事していること。大学時代はテニスサークルに青春を注いでいたこと。最近仕事のストレスでビールを毎日飲んでいること。

 いきいきと話す学の姿を見ていると心がうずいた。

あとは何だったか正直忘れたけど、饒舌じょうぜつな学に完全に押され続けたことは覚えている。そして居酒屋を出たあと、いい感じに酔っている学に「泊まっていかない?」と気軽に誘われたことはいまでも忘れない。


恋愛初心者のわたしが、いきなりお泊りはレベルが高すぎる。

優柔不断なわたしが迷っていると、学がふらついていたので、思わず体を支えてしまった。これが彼的にはOKという返事と捉えたらしい。駅へ向かうのかと思ったら着いたのはアパートの一室だった。

 それから先はもうされるがままだった気がする。いつの間にか学のことが頭から離れなくなってしまったわたしは遅い青春時代を謳歌する。


朝起きて学のことを思い、昼休みに学のことを思い、寝る前に学のことを思う。通勤途中に、塾の看板で『学』という漢字を見ただけでドキドキしたり、彼となんとなく似ている高島文也が主演のドラマを見ているだけで胸が張り裂けそうだった。


街を歩く男の人の顔はみんなイモかカボチャに見えた。学だけがキラキラ輝いている。

そうそれは、夏の日差しに向かって爽やかに咲き誇る向日葵のように。

街を彩るイルミネーションのように。


やること全部やったはずなのに、手を繋がれただけでドキドキ。

目と目があっただけでドキドキ。


水族館へ行って、動物園へ行って、ショッピングに行って、学の趣味の釣りにも一緒に行った。釣った魚すら輝いて見えた。


 大学時代にハマった漫画はすべて捨てた。


恋は盲目って言うよね? 

そう、このころの私は盲目だった。学がわたしの家に遊びにきて、片付けないで帰っても、ケーキを作って持っていったときに、さほど喜ばなかったことも、どうでもよかった。


付き合い始めて一年後、海沿いのレストランで指輪を渡された。

「結婚してください」


 有頂天とはこのことか。わたしの頭の中では結婚行進曲がベタに流れる。

 リンゴーン、リンゴーン。教会の鐘が鳴ってフラワーシャワーが舞う。


 いま思い返すとこの時点で気づくべきだった。

 学はいつの間にか式場を予約していた。大阪生まれの学は自分の実家から近い高級ホテルの式場を予約した。わたしの実家からのアクセスなど気に留めていなかった。

 ウエディングドレスの試着の際、どれもいい、との答え。


 どれを着ても似合う。ではなくて、どれを着たって対して変わらないからどれでも

よかったんだ。と気づいたのは結婚した後になる。


結婚はゴールインではない。むしろスタートである。

独り暮らしをしていた学は当然、家事もちゃんとできるのだろうかと思ったら、できる、できないの問題より『やらない』だった。


気づいたら自分が晩ごはんの支度をしているし、洗濯機を回しているし、掃除機をかけている。それでも学のことが好きだからまぁいいや、と思っていたが、会社から帰って毎日ご飯を作るのは結構体力のいることだった。


 毎日手作りなんて無理だ。とレトルトカレーを出すと、

「え、今日、レトルトカレーなの?」と目を丸くする学。

「ごめん、今日疲れていて」謝りながら、なぜ自分は謝っているのだろうかと疑問を抱く。


それに、学は付き合い始めたころとはちょっと人間が変わっていた。急に変わったわけではなくて、わたしが何も言わず大人しく何でもやるヤツだって知ったから、どんどん変わったのだろう。と推測する。


「放っておいたら琴が全部やってくれる」というスタンスにだんだん腹が立ってきたが、言いたいことが言えないわたしはただ、その現実を受け入れ続けていた。


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