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茶の間のTVに、大きな馬に乗った騎士団が行進する姿が映っている。
国道二〇号──皇居のお堀沿いの道を、儀式用のきらびやかな甲冑をまとった人馬の隊列が進む。
カメラがズームすると、騎士たちの馬はウロコで覆われていることがわかる。
これは竜馬。
戦闘時には翼竜となって騎士を乗せて空を舞う、ファンタジーな世界の軍馬である。もちろん火を吐く。
騎士団は、ラファナード帝国からの使節だった。
今日はラファナードと日本が正式に国交を結ぶ、その調印式があったのだ。
「ハジメ殿。いかがでしょうか?」
その使節団の先頭にいた騎士──正しくは将軍が、今、オレとちゃぶ台を挟んで座っている。
「はあ」
と、オレは答えた。
畳の部屋のちゃぶ台に、白銀の鎧(赤や金の装飾付き)を着た騎士が着いている。
すっごい違和感がある。こんなの「はぁ」としか答えられないだろ。
× × ×
あれから一年ほど。世界は、一変していた。
まず、ウラドと警察、それに総務省や与党やらのつながりがバレて、大騒ぎになった。
しかしそんなものは異世界と日本がつながったことに比べれば、大したことではなかった。
魔法や魔物といったファンタジーが現実のものになったのだ。価値観の変化、パラダイムシフトの地殻変動が起きたのである。
この一年で政権交代が三度、内閣は七回も替わった。
その度にオレの扱いも変わり、犯罪者みたいに扱われたかと思うと、選挙に出てほしいと要請されたりした。
事情聴取にはなるべく協力したけど、軟禁、監禁された時は逃げ出した。
第二の霊鎖を解いたオレは、習わずとも
鍵は魔力で強化した身体能力で破壊し、見張りと追っ手はステルス化して振り切った。
そんなことを繰り返していると、ラファナード帝国からの使者がやって来た。
使者はミナの剣を持っていた。ミナの剣は〈ゲート〉を通ってあちらの世界に現れたらしい。
皇帝は、ミナの剣の霊体──存在の記憶から、ミナに何が起きたのかを知り、使者を使わしたのだ。
使者はオレとジョージ、おばばたちに皇帝からの感謝の言葉と贈り物を届けた後、オレたちを守るべく、日本政府に働きかけてくれた。
ちなみにその方法は、怪獣サイズのドラゴンを二頭連れて国会に乗り込む…というものだった。
おかけで、オレは政府や政治家たちからは解放された。
その代わり、ラファナードから、オレに日本との仲介役になってほしいと頼まれた。
オレは引き受けた。
他にすることがなかったし、助けてもらった義理もある。
その後、めんどくさいこと、不愉快なことが山ほどあったけど、それは割愛する。
とにかく、なんやかんやで本日、ラファナード帝国と日本は正式に国交を結んだのだ。
そして今、全権大使である将軍が、今後のオレの地位や仕事、報酬について話しに来ているのである。
2
「いかがですかな。爵位は伯爵。報酬については、こちらの外務省の相場は年俸一〇〇〇万円程度とのことでしたが」
「はぁ」
全権大使で皇帝の代理人という将軍が、オレを下にも置かない扱いをしてくれている。
日本との折衝に、オレが必要だというのもある。でもそれ以上に、彼らは恩義──ミナのお世話をしたことに報いようとしてくれているのだった。
爵位と高額の年俸か……。
厚意は嬉しいけど、でも、オレの心は動かなかった。
ミナを失ったあの日から、何をしても満たされないんだ。
ジョージとアニメを見たり、ゲームをしたり、馬鹿話をしたり、その時は楽しいし、大笑いしたりもする。
でも、それが終わると、一人になると、ミナのことを思い出して、また胸が苦しくなる。
最悪なのはミナの夢をみた朝だ。
──ミナはいない。
目覚めてそれに気づいて、愕然となる。そして、ミナの夢をみたまま、死んでいたらよかったのに…なんてことを考えてしまう。
だから、帝国がオレに地位や大金を用意すると言われても、心が動かないんだ。
「うん?」
ちゃぶ台の上に置いたスマホが震動した。
ジョージ…のわけはないな。
ヤツは今、庭で碇屋さんと一緒に帝国の騎士たちと話している。縁側のガラス戸ごしにそれが見える。
誰か知らないけど、今はエラい人と話しているんだ。あとにしよう。
「爵位は、それでいいですよ」
と、答えた時、またすぐにスマホが震動した。
「イッチ!」
ガラス戸の向こう、ジョージが興奮した顔で自分のスマホを指差していた。
なんだよ、すぐ近くにいるんだから、直接話せばいいだろう。
「年俸については」
「適当でいいです」
言いながら、オレはスマホを手に取った。通信アプリでグループメッセージが来ていた。
スナガワ作戦のグループメッセージ?
そこにあったのは、「待たせたな」「いま戻ったぞ」というメッセージ。
これって──
「そなたは欲がないな」
少し舌足らずな愛らしい声。いわゆる萌えボイスが聞こえた。
自動ドアでもないのに、ひとりでに縁側のガラス戸が開いた。
庭にいたジョージと碇屋さんが空を呆然と見上げ、騎士たちが畏まって膝をついた。
庭に、光が降りてくる。
その光は、白銀の鎧をまとい、ブロンドの髪をツインテールにしていた。
「ミナ!?」
オレは目を疑った。
これは夢か? オレはまだ眠っていて夢をみているのか?
「うげっ!」
いきなり後頭部に衝撃。
クマちゃんだ。ヤツがオレの後頭部に蹴りを入れたのだ。
「夢じゃない!」
叫んでオレは立ち上がった。
「肉体を再構成するのに手間取ってしまった。待たせてすまない」
「姫ぇえええ!」
歓喜の叫びを上げるジョージにミナは微笑んだ。
「ハジメに魔法を教えるという誓い、そなたへの想い…それが私を、形を失う寸前で引き留めてくれたのだ」
「彼の人、想う故に我あり…ですな」
感涙する将軍に、ミナが頷いた。ミナの国の格言らしい。
ええっと…それって、ミナは高次元の知性体になって戻って来たってこと?
姫騎士が、女神になって還って来たのか!!
「帝国の大使となる、その報酬について話していたのであったな」
ミナは縁側に腰掛けると、ブーツとレッグアーマーを手早く脱ぎ、茶の間へと入ってきた。
「報酬に、帝国第七皇女をヨメにする…を加えるのはどうだ?」
「いいの?」
視界の端で将軍が卒倒したみたいだけど、そんなこと気にしている余裕はなかった。
「オレなんか、君にふさわしくないんじゃ……」
「ならば、ふさわしい男に鍛えるまで!」
ずいっとミナがオレに身体を寄せてきた。青い瞳がオレを見ている。
「わかった。その条件で、大使の役、引き受けるよ!」
ミナとまた一緒に過ごせる。これ以上の報酬はない!
「では、誓いのくちづけだ」
「う、うん!」
ミナの細い腕がオレの首に回された。
花びらみたいな、やわらかそうなミナの唇が、すぐそこにある。オレは──
「って、また誓ぃい?」
魔法を習う契約の誓いにはじまり、今度は婚約の誓いだ。
どうやらオレは、ミナに一生縛られることになりそうだ。
まあ、いいけどね!
(おわり)