目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

#60. 一か八かの選択



     1



 その姿を現した〈ゲート〉は、虹色に光る渦のようだった。


 大きさと距離ははっきりしない。

 直径は数メートルくらいにも見えるし、何十メートルもあるようにも思える。地上からの高さも、すぐ近くにあるようでいて、何百メートルも先にあるようにも感じられる。


 光の渦は無数の細い線からなっていて、それは刻々と色を変えながら回転し、中心に吸い込まれて真っ黒い穴になっている。


 それは美しいと同時に、ひどく禍々しい存在ものだった。


「イッチ!」


 ジョージの声でオレは我に返った。


 庭の入り口にジョージと碇屋さんがいた。


「こいつが〈ゲート〉ってやつかよ……」


 碇屋さんが呆然とつぶやいた。


「終わりだよ。この世界は滅びる……」

「どういうことだ?」

「イッチ?」


 オレのつぶやきに、碇屋さんとジョージがこっちを向いた。


「ウラドが〈ゲート〉の魔力の流れを調整して、固定化してしまったんだ。この〈ゲート〉は破壊不能の完全体になってしまった!」

「マジかよ!」


 オレ、ジョージ、碇屋さんは空に渦巻く〈ゲート〉を見上げた。


「もう終わりだ……」


 むこうの世界から流れ込む魔力で、地震、竜巻、暴風、すべてを塵に変える魔力の嵐…あらゆる天変地異がオレたちの世界を襲う。

 それは科学でも、ミナの帝国の魔法でも止めることはできない。

 そしてウラドの計算では、五〇年ほどでオレたちの世界は消滅する。


「いいや、まだ終わりではないぞ。ハジメ」


 隣で力強いミナの声。そして彼女の手が、オレの肩に置かれた。

 その瞬間、オレとミナの霊体がふれあい、重なった。


 ミナの霊体は、前に見た時以上に美しく輝いている。

 第五の霊鎖を解いたからだ。その光は神々しいくらいなのに、やわらかく、温かだった。


「よく見ろハジメ。〈ゲート〉はまだ完全体ではない」

「ほんとだ!」


 霊体の接触による感覚共有で、ミナが見ている世界がオレにも見えた。


 無限の暗闇を貫く光の糸──世界と世界の間にあるヴォイドの闇を貫いて、光のトンネルが二つの世界をつないでいる。これが〈ゲート〉か。

 よく見ると、二つの世界、双方から伸びている光の糸は、ギリギリのところでつながっていなかった。


 トンネルはまだ開通してない。〈ゲート〉はまだ完全体じゃないんだ!


「一か八か、私があの中に飛び込み、〈ゲート〉がつながる前に破壊する」


 そんなことして、ミナは大丈夫なのか?


 オレはそう言おうとした。けど、言えなかった。


 ミナが、オレをまっすぐ見ていた。


 強い決意…覚悟の眼差しだった。


「また力を貸してくれ、ハジメ」

「ああ、わかったよ」


 ミナの覚悟に応える。そのためにオレも覚悟を決めた。


「碇屋さん」

「オレ?」

「これからどんな大災害が起きるかわかりません。住民の避難をお願いします」

「お、おう!」


 碇屋さんはスマホを取り出すと、鎚田さんに連絡を入れた。


「ジョージも。できるだけ遠くに離れろ」

「ここまで来てそれはないだろ、イッチ」


 そう言うとジョージはタブレットを取り出した。


「さっき鎚田署長のアドレス聞いといた。実況中継して避難の参考にしてもらう」


 どすん、と地べたに座り、ジョージはタブレットのカメラをオレたちに向けた。


「ジョージって、クソ度胸あるよな」


 思わず、苦笑してしまう。


「ジョージには世話になりっぱなしだったな」

「なんの、ウチのおばばに付き合っていただいたお礼です」


 ジョージにミナはうなずき、オレを見た。


「行くぞ!」


 ミナは剣を手に空高く舞い上がり、〈ゲート〉へと飛び込んだ。



     2



「私の剣に、ハジメの魔力を集めるんだ!」


 ミナの声が、オレの霊体に届く。


 彼女の姿は〈ゲート〉に飲み込まれて見えないけど、第五の霊鎖を解いたミナと第二の霊鎖を解いたオレ、二人の間でなら苦も無く霊体テレパシーが可能なのだ。

 それは声だけでなく、ミナが霊体で見ているものまでも、オレに伝えていた。


 ミナを飲み込んだ〈ゲート〉を見上げ、オレは意識を自分の内に流れる力に集中した。


 ──E=mc2。


 自分の一部──質量を魔力に変換するオレのスキルだ。とりあえず髪の毛を一本、魔力に換えてミナへと送る。


 ミナは光の渦の中を、どこまでも落下してゆく。


 時空間を越えた存在である〈ゲート〉の中には上下も前後もないのだから、正確には落下ではない。

 でも、光の渦の中、どこまでも突き進んで行く感覚は、「落下」というのが一番近いのだ。


「来たぞ。〈ゲート〉の結節点だ」


 ついにその場所にミナが到達した。


 双方から延びたトンネルの先が、一つにつながろうとしている場所だ。

 二本の縄が一つにつながろうとしている…そんな姿に見えた。縄の繊維一本一本が魔力の流れだ。


 ミナは、そのつながろうとする先端を破壊しようというのだ。


「はぁあああッ!」


 気合いと共にミナが剣を結節点に突き立て、切っ先から魔力を放った。


 太いワイヤーみたいな魔力の流れに、ミナとオレとの魔力が叩きつけられ、火花のようなものが散る。


 バツンッ! という衝撃が走り、太いワイヤーみたいな光の糸が弾け飛んだ。


「やった!」

「いや、まだだ!」


 オレの叫びが終わらないうちにミナが言う。


 別の魔力の流れがつながり、新たな結節点となっている。


 オレが魔力を生み出し、ミナの剣に集める。


「せいっ!」


 ミナがその剣を振るい、結節点を破壊する。


 二つ目の結節点を破壊するには、一つ目より多くの魔力が必要だった。そして破壊した直後に、三つ目の結節点が生まれていた。


 キリがない!


 オレとミナが破壊しても、次から次に結節点が生まれてくる。しかも三つ目より四つ目、四つ目より五つ目と、発生する時間が早くなり、破壊に必要な魔力が増えている。


 しかも、問題はそれだけじゃなかった。


「ぐっ…!」


 ミナが苦鳴を上げた。


「ミナっ! 霊鎖が…!」


 霊体リンクしている今、それがわかった。


 ミナの第六の霊鎖が解けようとしている!


「あちらの世界から流れてくる魔力を浴びているからな…このままでは、ウラドの二の舞だな」


 霊体の損傷と霊鎖が強引に解かれる苦痛の中、ミナが苦笑する。


 〈ゲート〉が開かれる時、魔力の流入が起きる。

 ミナはその魔力の流れにいるんだ。短時間なら霊体を活性化させ、霊鎖への影響をカットできるけど、結節点の破壊に全力を注いでいるミナにその余裕はない。


 このままじゃ、ミナがウラドみたいに消滅してしまう!


 そして〈ゲート〉は、今まさに完全体になろうとしていた。



     3



「でやぁあああ!」


 身体が崩壊する苦痛の中、ミナは剣を振るい、〈ゲート〉の完成を食い止めていた。

 オレはミナを助けるため、魔力を生み出し、彼女に注ぐ。


 でも、オレたちの力はあまりに小さかった。二つの世界をつなぐ魔力の流れには逆らえない。


 それでもミナはあきらめない。

 流れこむ魔力で霊鎖が引きちぎられ、身体が崩壊する激痛の中でも戦うのをやめない。


 ……流れ?


 ミナと霊体がリンクしているオレには、彼女の身体にぶつかる魔力の流れがわかる。


 その流れは一つだけだ。魔力の流れは、あちらの世界からだけで、オレたちのいるほうからはない。


 ──そうだ!


「ミナ! ストップ!」


 ひらめいたことがあって、オレは叫んだ。


「オレたちの力では〈ゲート〉を破壊するのは無理だ」

「しかし──」

「聞いてくれ!」


 ミナが何か言おうとするのを遮ってオレは叫んだ。


「だったら、もう一つ、こちらから〈ゲート〉を開くのはどうだ?」


 オレはジョージを振り返った。


「ジョージ! 二つの世界で開いた〈ゲート〉を一つに結び、互いに魔力が流れるようにするんだ。うまく行くと思わないか?」

「魔力を流体と考え、一本のパイプの中を流すというわけか? たしかに流体ならパイプ内で均等に流れ、圧力の差とかは発生しない…はずだ」

「つまり、オレたちの世界が押し負けて、こっちにだけ魔力が流れこむことはないってことだよな?」

「魔力が、水とか流体と同じ振る舞いをすると仮定してだぞ?」


 ジョージが念押しする。


「ミナはどう? この考えは」

「………やはりそなたは知恵者だな、ハジメ。それしか方法はない」


 少しの沈黙のあと、ミナが言った。

 霊体をリンクしているオレには、彼女が微笑んでいるのがわかった。


「魔力を注ぎ続けろ! 私がもう一つの〈ゲート〉を開く」


 ミナは結節点から離れ、〈ゲート〉の出口──オレたちの世界のほうへと戻った。


「私の存在を感じているか?」

「うん」

「私の技量では〈ゲート〉を作ることはできない。故に、この内側から〈ゲート〉を逆転複写する方法をとる」


 つまり、〈ゲート〉のトンネルの中で、〈ゲート〉を反転コピーするって感じだろうか。


「はじめるぞ!」


 ミナが叫んだ次の瞬間、空に浮かぶ虹色の渦に魔法陣が現れた。まるで〈ゲート〉にフタしたみたいに見える。

 あれを目標に魔力を送ればいいんだな。


「集中するからな。霊体のリンクは声のみにするぞ」

「わかった!」


 オレは呼吸を整え、上空の魔法陣に集中した。


 オレたちの頭上にある〈ゲート〉は、いうなれば一方通行の出口専用ドアだ。こちらからもう一つの〈ゲート〉を開くことで双方向のドアにするのだ。


 魔力を注ぐと、魔法陣がゆっくりと回転しはじめた。よく見ると、〈ゲート〉の渦と逆方向、時計回りに回っている。


「うわっ!」


 魔法陣、いや〈ゲート〉から稲妻が放たれた。

 上空に、そして地面に、いくつもの稲妻が放たれる。


「これは!」

「〈ゲート〉を開く際、空間の歪みで様々な現象が起きる。注意しろ!」


 ミナからの声が届く。その直後、地面が揺れはじめた。


「地震だ!」


 震度は四かそれ以上はある。さすがにこわい。


「イッチ!」


 ジョージが叫んで空を指差した。


 〈ゲート〉が変化していた。


 虹色の光が明滅しながら、逆方向に、ミナが生み出した魔法陣と同じ方向に回転していた。


 うまくいってる!


 そう思いながら、オレは不安を感じた。


 何か、大事なことを忘れている…そんな気がしてならない。



     4



「集中を切らすな、ハジメ!」

「うん!」


 ミナの声に我に返り、オレは魔法陣に注ぐ魔力に集中した。


「これがうまくいったら、姫の世界と行き来できるな、イッチ!」


 地震の地鳴り、ふりそそぐ稲妻の轟音の中、ジョージが言った。


「そうか! 〈ゲート〉が双方向になったら、ミナと別れなくてすむんだ!」

「……その通り、だな」


 ミナの声に笑みが混じる。


「碇屋さんが、お土産に団子を持って来てくれたんだ。ミナ、団子は食べたことないだろ? これが終わったら食べよう」

「ああ…楽しみだな」


 稲妻が走り、風が巻き起こる。大地が揺れ、それにあわせて家がガタガタと音を立てる。

 でも、霊体での会話には問題ない。


「ハジメと、もっと多くの場所に行ってみたいな」

「いっぱい行こうよ」


 ミナと一緒にいられる! その前には、荒れ狂う嵐も地震も、オレは気にならなかった。


 どこがいいだろう。……そうだ!


「映画はどうかな? 爆音上映っていうすごいのがあるんだ」

「それは…興味深いな」


 ……うん?


 ミナの声に違和感を感じた。


「……他には、どこに連れて行ってくれるのだ?」

「う、うん」


 なんだ、この違和感は?


 ミナから霊体リンクで届く声…反応が少し遅くないか? それに、気のせいか声に力がないような……。


「IKEA…家具の大きな店なんだけど。そこ、ソフトクリームとか軽食も売っていて楽しいんだ」

「ソフトクリーム…とはなんだ?」

「うん、牛乳から作るアイスクリームの一種で──」


 その時、オレは重大なことを見落としていたことに気づいた。


「ミナっ! もしかして霊鎖が!」


 こちらから〈ゲート〉を開くということは、あっちの世界から流れこむ魔力に加え、こちらの世界からの魔力にもさらされるということだ。


 二つの世界から流れこむ魔力で、ミナの霊鎖は解けてしまっているんじゃ!


「どう…した? アイスクリームと…は、どんなもの…だ?」


 ミナの声は静かだった。


 それで気づいた。

 もう、手遅れなんだということが。


 ミナは第六の霊鎖だけでなく、もう第七の霊鎖まで解けようとしているんだ。


「ミナっ! ゴメン! オレ気がつかなくて!」

「なん…のこと、だ?」


 ミナはとぼけている。


 オレを悲しませないために。オレが罪悪感を抱かないようにするために。


 オレが二つの世界を〈ゲート〉でつなげる作戦を話した時、ミナはもう覚悟を決めていたんだ。

 二つの世界からの魔力で、自分という存在が消滅する覚悟を。


「あ、アイスクリームって言うのは、牛乳を甘くして、冷やしてお菓子にしたものだよ」

「なんと! 氷菓…なのか。私の世界では、製法が途絶えて…いるんだ。これが終わったら、必ず…連れて行くんだ…ぞ?」

「絶対、連れて行くよ!」


 涙が止まらなかった。

 でも、泣いちゃダメだ。ミナの最後の思い出は、楽しいものでなきゃ!


「スカイツリーや遊園地、映画村…他にも、いっぱい…連れて行きたいとこがあるんだ」

「全部、行こう…な」


 オレは涙を拭いた。でも、後から後から、涙があふれてくる。


「そうだ…とやらにも行ってみたいぞ」

「ミナぁ…!」

「集中を…切らすな。そなたは…すぐ動揺する……」

「こんな時に冗談を言うからだよ」


 いきなり、辺りが静かになった。


 空を見上げると、青空の中、虹色に光る渦が浮かんでいた。


 ミナが開いた〈ゲート〉だ。


 それはとてもキレイで、禍々しい存在ではなかった。


「成功したのか、イッチ?」


 タブレットを抱えたジョージが言った。


「ああ」

「姫は? 〈ゲート〉から出てこないぞ?」


 虹色の〈ゲート〉が、ぐにゃりと歪んだ。また涙が……。


「ミナは、もういない」


 第二の霊鎖を解いた今だからわかる。こちらの世界にも、〈ゲート〉の中にも、ミナの気配は消えていた。


 ミナは、いなくなってしまったんだ…!


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?