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#59.乾坤一擲! 大勝負!!



     1



 覚醒第六段階──ウラドは第六の霊鎖を解いていた。

 それは、ヤツが最高最強の存在であることを意味していた。


 オレはもちろん、ミナでさえ勝ち目がない。


 その事実に、オレもミナも身体が固まってしまい、動くことができなかった。


 動いたのはクマちゃんだった。


 右に左に、小さくジグザクに跳躍しながらウラドに向かって突進する。


 あの脳筋ヌイグルミ!


 しかしそう思った時には、オレはミナもウラドに向かって突進していた。


「でぇええい!」


 ヤケクソの気合いを上げ、オレは飛び蹴りを放った。オレに注意を向け、クマちゃん、そしてミナの攻撃に賭けたのだ。


「ふんっ」


 ウラドが右手を一振り、


「ぐえっ!」


 その軽い腕の一振りだけで、オレは吹っ飛ばされた。

 オレが地面に激突する寸前、ウラドの隙をついて、クマちゃんがウラドの背面から、ミナが正面から襲いかかるのが見えた。


 絶妙のタイミングだ。しかし──


「笑止」


 ウラドが、二人に向けて左右の手の平をかざした。

 するとミナとクマちゃんの背後に光る魔法陣が現れ、二人の身体を拘束した。


 封印の魔法陣だ!


「くっ…!」


 ミナが魔法陣の中でうめく。クマちゃんが手足をジタバタさせている。二人とも魔法陣に拘束されて宙づり状態だ。オレも吹っ飛ばされたダメージで身体が動かない。


「貴様らに、いや誰にも私を止める事はできない!」


 地面に転がったオレを見下ろし、ウラドが言い放った。


 くそっ! その通りだ。三人がかりでもまるで相手にならない。


 ふいにウラドが空を見上げた。


「時が近い」


 オレの家、その庭の上空に、赤い炎みたいなスプライトがゆらめいている。いつの間にか、スプライトは大きく、そして光が強くなっていた。


「いよいよ〈ゲート〉を開き、故郷へ還る時が来た!」


 ウラドの足下に光る魔法陣が現れ、ヤツは二本の指をスプライトに向けた。

 すると、オーロラみたいにゆらめいていたスプライトが、渦を巻きはじめた。


「それは禁忌の魔法! 貴様、〈ゲート〉を固定化するつもりか!」


 ミナが叫ぶ。


「私が確実に還るためですよ」


 ウラドはミナ、そしてオレを見た。


「物を知らぬサルに教えてやろう。〈ゲート〉が不安定なのは、魔力の流れが一定ではないからだ。この魔力の流れを適切な方向に流すことで、その流れは安定化し、固定化する。結果、どのようなことをしても閉ざすことができぬ、完全な〈ゲート〉となるのだ」

「完全な〈ゲート〉だと?」

「完全体となった〈ゲート〉は、帝国の人間すべての魔力を結集しても消すことは叶わぬ。無論、こちらの世界にある核兵器のすべてを持ってしても破壊は不可能だ」


 〈ゲート〉で二つの世界がつながると、魔力量が多い世界から低い世界に魔力の流入が起きる。〈ゲート〉が閉じない限り、魔力の流入は続き、魔力量の低いほうの世界──オレたちの世界は崩壊してしまう。


 閉ざすことのできない〈ゲート〉。


 それは、オレたちの世界の滅亡が確定するということだ!



     2



「心配するな。私の計算では、こちらの世界が滅びるまで五〇年はかかる。私に忠誠を誓う者なら、あちらの世界に連れて行ってやらんでもない」


 ウラドはオレの顔をのぞき込むようにして笑みを浮かべた。


「ハジメとやら。貴様はサルにしてはなかなか賢い。私に忠誠を誓えば助けてやるぞ?」

「ふざけるなっ!」


 間髪入れずオレは叫び、立ち上がった。

 いや、立ち上がったつもりだった。でも、


「ぐっ!」


 全身の痛みに、地面に倒れてしまった。


 オレが受けたダメージは思った以上に大きい。早く、魔力で治癒させないと…!


「ふん。やはりサルだな。正しい選択を知らぬ──」


 無様に転がったオレをウラドが嘲笑う。その頭に、ぽこんと何かがぶつけられた。


 クマちゃんの腕だ。

 あいつ自分の腕をちぎって投げつけたんだ! ヌイグルミだからって無茶しすぎだろ!


 魔法陣に拘束されたクマちゃんに、威力のある攻撃はできない。ただのヌイグルミの腕、そんなものがぶつけられてもダメージなんかない。


「この…!」


 しかしウラドのプライドは大きく傷つけられた。


「ゴミの分際で!」


 怒りの形相でウラドが手を振ると、刃のような風がクマちゃんを襲った。


「クマちゃんっ!」


 ズタズタにされたクマちゃんが、詰め物パンヤをまき散らしながら吹っ飛ぶ。クマちゃんの身体は縁側の戸を突き破り、茶の間に転がりこんだ。


「この野郎!」

「うぁああああっ!!」


 オレと同時にミナが絶叫した。


 オレは見た。目ではなく、第六の感覚で。


 拘束の魔法陣に捕らわれたミナの内で、第五の霊鎖が弾け飛んだ。その直後、拘束の魔法陣が砕け散った。


「第五覚醒…!」


 ウラドが息を呑む。


 ミナの全身から魔力とも闘気ともつかないものがあふれ、ブロンドの髪が太陽のように輝いている。


「おぉおおおッ!」


 思わず後じさったウラドにミナが斬りかかった。


 ウラドの手の中に魔法陣が現れ、それを盾にしてミナの剣を受け止めた。


 パワーアップしたミナの攻撃でも通じないのか!?


 一瞬、そう思ったけど、ウラドの顔にはさっきのような余裕はなかった。


 立て続けにミナが剣を振るう。それをウラドが両手に発生させた魔法陣の盾で防ぐ。


 それは正に光の戦乙女と魔王の戦いだった。


 光の闘気をまとったミナは神々しいほど美しく、その剣さばきは鋭くも華麗だった。


 今でもウラドの身体能力と魔力はミナを圧倒しているけれど、ミナは剣技によってその差を埋めていた。

 さすが帝国の剣聖。その称号は伊達じゃない!


 ウラドは防戦一方で、必死にミナの攻撃を受け続けている。


 ミナの勝利だ! そう思った時だった。


 なんだ?


 顔面蒼白のウラドが、微かな笑みを浮かべたのだ。



     3



 ミナに圧倒されていると見えたウラドが、微かに笑みを浮かべた。


 ……マズい!


 オレは気づいた。


 ミナは第五の霊鎖を強引に解いた。いわばオーバードライブ、リミッター解除みたいな状態なんだ。


 以前、オレがウラワザで第一の霊鎖を解いた時を思い出した。あの時、オレの身体能力は数分間、爆上がりしたけど、その後肉体が崩壊しかけた。


 ミナは捨て身のリミッター解除しているんだ! そしてウラドはそれに気づいた。


 ミナが限界を迎える前に、なんとかしないと!


 でもオレにできるのは魔力を生み出すことだけ。攻撃には使えない。

 それなら治癒でミナを助けるか? しかし──


 ……うん?


 その時、家の中からクマちゃんの気配が届いた。

 アイツ、まだ機能停止していなかったのか。生身だったら即死級のダメージだけど、ヌイグルミには内臓も急所もないからな。


 オレはクマちゃんと精神をリンクさせた、


 ミナを救うため、思いついたことがある。乾坤一擲の作戦だ。力を貸してくれよ!


「くっ…!」


 ミナがうめいて膝をついた。


 まとっていた金色の闘気が消えていた。


「ぐ…! が…っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、ミナが身体を震わせる。


「無理に霊鎖を解いた反動ですな」


 ミナを見下ろし、ウラドが笑った。


「肝を冷やしましたよ。ですが私を討ち取るには、今少し、時が足りませんでしたね」


 勝利を確信したウラドがミナに歩み寄る。


「……いいや、間に合ったぞ」


 苦痛に顔を歪めながら、ミナが笑ってみせた。


「何っ?」


 ウラドがはっとして足下を見た。


 もう遅い! 忍び寄ったクマちゃんが、ヤツの足にしがみついた。


「いけ! E=mc2!」


 オレは自分の質量を魔力に換えるスキルを発動させた。

 注ぎ込む先は、クマちゃんのお腹。その中には、茶の間においてあった携帯型マナウェルが入っていた!


「なにぃいいい!」


 膨大な量の純粋魔力が吹き上がり、ウラドが驚愕の叫びを上げる。


 髪の毛一本の質量を約0.0001グラムと仮定し、そのすべてをエネルギーに変換すると約90ギガジュールになる。

 電力なら約25,000kw/h、一般家庭の年間消費電力に匹敵する。爆弾ならTNTで約21.5トン──通常兵器最大の破壊力を持つ爆弾MOAB二発分の威力だ。


 それだけの魔力をウラドに注ぎこんでやったのだ。


「おのれぇえ…!」


 ヤツの最後の霊鎖──第七の霊鎖はたちまち解けた。


「策士策に溺れる。てめぇがくれた携帯マナウェル、そして第六の霊鎖を解いていたことがアダとなったな!」


 オレの声は、もうヤツに聞こえてなかった。


 肉体、霊体、魂を結びつける霊鎖をすべて失ったウラドは、存在を維持できなくなった。

 燃え残った灰みたいに、ヤツの身体は足からみるみる塵となり、消えてゆく。

 逃げるように、ウラドは空に手を伸ばした。その直後、ヤツの身体は完全に消滅していた。


「見事だ…ぞ、ハジメ…っ」

「動かないで! 今、魔力を注入するから」


 オレは足を引きずりながらミナのそばに行き、彼女の痛んだ霊体と肉体に魔力を注ぎ込んだ。


 ひどい損傷だ。身体の四割、霊体の三割が崩壊しかかっている。

 でも、オレが魔力を注ぎ込むと、それがみるみる回復して行く。


「ハジメの魔力は効くな。あっという間に回復したぞ」

「ムチャしたね。ミナもクマちゃんも」

「うむ、よくやったぞ。クマちゃん」

「今回のMVPだな」


 ミナとオレの言葉に、クマちゃんは残った腕を上げた。その先端から、小さくパンヤが、ぼこっとはみ出す。親指を立てるサムズアップのつもりらしい。


 オレたちがほっと一息ついた時だった。


 ──空から、異様な光が降り注いだ。


「なんだ?」


 空を見上げたオレは息を呑んだ。


 スプライトがあった場所に、虹色に輝く、光の渦みたいなものが現れていた。


「〈ゲート〉だ!」


 ミナが叫ぶ。


 ウラドの魔法は完成していたのか!


 完全体の〈ゲート〉──それは、この世界の終りを意味していた。


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