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#58.すべては一つにつながって



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 ミナが復活したと同時に、オレたちの頭上にあったスプライトは消滅していた。


 禍々しい冷たい風が消え、初夏の風が戻って来た。気のせいか、日差しも明るくなったように思える。


「おのれ、今一歩のところで!」


 ウラドが歯ぎしりする。


「貴様がすべての元凶だったとはな」


 ミナの右手に、彼女の大剣が出現した。魔法で召喚したんだ。


「〈ゲート〉を始末する前に、成敗してくれる!」


 ミナが剣を手に、ウラドにゆっくりと近づく。


 ウラドが下がる…と、その目が「なんだ?」というふうに細められた。


「覚悟!」


 ミナが踏み込んだその時、ウラドは後ろに大きく飛び退いた。


「ええっ!?」


 オレは思わず声を上げた。ウラドの身体が屋上の柵を越え、その向こうに落下したのだ。


 飛び降り自殺? とオレが思ったのも束の間、ウラドのコートが黒い大きな翼に変化した。ヤツはそれを羽ばたかせ、飛び去って行く。


「ミナには敵わないって逃げたか」

「いや、違う!」


 つぶやいたミナが、がしっとオレの肩に手を回した。


「えっ?」

「追うぞ、ハジメ!」

「ちょ…!」


 何か言う前に、オレの身体はミナと共に空高く飛び出していた。


「ひょえええええ!」


 地上一三〇メートル以上の高さを飛ぶ。目もくらむ高さとはこのことだ。恐怖でミナにしがみついてしまう。


 残念というか幸いにもと言うべきか…今のミナは甲冑を着ているため、密着しても困った場所を触ることはない。ていうか甲冑が痛い。


「何があった? イッチ」


 イヤホンからジョージの声。

 ウラドとの戦いでも、奇跡的にイヤホンは外れていなかったんだ。


「ウラドが逃げた。ヤツは──」


 駅はオレたちのうしろにあるから、


「ヤツは北のほうに飛行中だ」

「飛行って…! イッチは?」

「ミナと…あとクマちゃんと一緒に追っている」


 気がつくとクマちゃんがオレの足にしがみついてた。


「お前たちも飛んでいるのか!? いいなぁ」


 ジョージが叫ぶ。


 そんないいものじゃないぞ。生身で、むき出してで空を飛ぶのは。寒いし、あとすげぇこわい。


「碇屋さんに連絡を頼む」

「了解だ!」


 碇屋さんに連絡するため、ジョージの通話が切れた。


「ウラドはどこに向かっているんだ?」


 飛行速度は時速六〇キロくらいか。強い風の中にいるみたいで、オレは大声で尋ねた。


「あれだ」


 ミナがウラドの進行方向を指差した。


 遠くに、ゆらめく赤い光が見えた。


「スプライトがもう一つ!?」

「〈ゲート〉が現れようとしている。私とウラドをこちらの世界に飛ばした〈ゲート〉が!」


 さっきタクロスビルの上に現れたスプライトは、ミナを〈ゲート〉に変える魔法、その前兆として現れたものだ。

 その前、赤い稲妻の魔力嵐の時に現れたスプライトと空間の歪みは、ウラドがオレたちの危機感を煽るために生み出したものだった。


 それとは別の、最初の〈ゲート〉ともいうべきものが現れようとしているのか。


 場所は駅からみて北のほう、いやもう少し西よりで……。


 ……あれ?


「こっちにあるものって…まさか!」

「そうだ。〈ゲート〉は、ハジメの家に現れようとしている」


 な、なんだってぇ?



     2



 オレは頭の中で地図をイメージした。


 ミナがこっちの世界に現れた場所は、駅の南東にある繁華街。その北西に、異世界の青い花と陸自ヘリが墜落した国営公園がある。その二つを結ぶ直線をさらに伸ばしてゆくと、オレの家があった。


 たしかに、〈ゲート〉はオレの家を目指して移動しているみたいに思える。


「でも、なんでオレの家に? そんな偶然ってある!?」


 いや不運だ。災難だよ。

 なんで買ったばかりの新居に、世界を滅ぼす歪みがやって来るんだ!


「偶然ではない。〈ゲート〉はマナウェルが変化したもの。マナウェル同士は引き合い、一つになろうとする性質があるんだ」

「オレの家にマナウェルがあるっていうの? あっ、修行に使ってる携帯型のマナウェル!」


 あれか? あれに引き寄せられているのか!


「そうではない」


 ミナは苦笑し、


「そなたがマナウェルなのだ」


 と、とんでもないことを言った。


「オレが…マナウェル? 魔力の井戸?」

「そなたは膨大な魔力を生み出す才がある。そなた自身がマナウェルなのだ。〈ゲート〉はそれに引き寄せられているのだろう」


 声も出ないオレに、ミナは微笑んだ。


「思えば、私がハジメの家にやってきたのも偶然ではない。ハジメに眠る強い力に、無意識に引かれていたのだろう」


 移動する〈ゲート〉。そしてミナがオレの新居にやって来たこと。すべては一つにつながっていたのか。


 ウラドが降下をはじめた。もうオレの家はすぐ近くだ。


「どうするの?」

「ウラドを成敗する。その後、〈ゲート〉を破壊する」


 ミナがウラドを追って降下する。


 ミナのいた世界でマナウェルが〈ゲート〉になった。だから破壊するには、ミナが向こうにゆく必要がある。そして〈ゲート〉が破壊されれば、ミナとはお別れだ。


 ミナもオレもそこには触れなかった。

 言葉にしたら、またつらくなるから。


「来たか!」


 庭に降り立ったウラドが、憎々しげに叫んだ。

 その前に、オレとミナが降り立った。


「貴様のような輩を、帝国に還すわけには行かぬ」


 静かに、でも断固とした決意を込めてミナは言い、剣を構えた。


 邪魔にならないよう、オレとクマちゃんは二人から少し距離を取った。


「止められますかな?」


 ウラドが言うのと同時に、ミナが踏み込んだ。


 ウラドが左手の人差し指と中指を揃えて立て、それをミナに向けた。

 ヤツのコートが大きくはためいたかと思うと、ウラドの身体から離れ、巨大な黒い鳥に変化した。


 あのコートは魔物だったのか!


 翼長四メートルはある巨大な化鳥がミナに襲いかかる。


 しかしミナは止まらなかった。踏み込んだ勢いのまま、上段から剣を振り下す。


「ギョェエエッ!」


 ミナの剣に一刀両断された魔物が断末魔の叫びを上げる。ミナは両断した化鳥の間を通り抜け、


「ハァッ!」


 ウラドに剣を叩きつけた。しかし──


 ギィンッ! と鋭い音が上がり、ミナの剣がはじき返された。


「バカな…!」


 オレは目を疑った。

 ミナの渾身の剣を、ウラドは揃えた二本の指ではじき返したのだ。それも、軽々と。


「どうなっているんだ?」


 思わず叫んだオレに、ウラドが冷たい笑みを浮かべた。


 オレは背筋が寒くなった。ヤツから目に見えない、圧力のようなものが押し寄せて来る。

 見た目は変わっていないが、以前、クマちゃんに殴られ、頬を押さえていたヤツとは別人だった。


「貴様、やはり力を隠していたな」


 ミナがウラドをにらむ。


「賢者は力をひけらかさないものです」


 ミナがウラドに斬りかかる。それをウラドは二本の指で軽々といなす。


「くっ」


 連続してミナが剣を振るう。空気を切り裂き、大きな剣の連続技がウラドに襲いかかる。


 しかしそれをウラドは片手一本で、そして一歩も動かず、ことごとく防いだ。


「ふんっ」


 ミナの攻撃が止まった瞬間、ウラドの手が軽く横に払われた。剣で受け止めたミナだが、衝撃で何メートルも後ろに吹っ飛ばされた。


「ミナっ!」


 転倒こそ免れたが、ミナは片膝をついていた。


 あのミナが、まるで歯が立たない! 

 オレは自分の目が信じられなかった。


「私はこの地で無為に過ごしていたわけではない。〈ゲート〉を開く研究の傍ら、マナウェルから魔力を浴び続け、力を高めてきたのだ」

「まさか──」

「そうだ」


 蒼白になったオレたちに、ウラドは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「私は第六の霊鎖を解いている。人が到達できうる最高の高みにいるのだ!」


 覚醒の第六段階! ミナでさえ第四段階だっていうのに…!


 オレは、絶望で目の前が真っ暗になるのを感じた。


 こんなヤツ、どうやったって勝てないじゃないか!



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