1
魔力の嵐が去り、穏やかになった世界で、
「ミナちゃん、あなた…!」
おばばたちが、ミナを驚きの目で見ていた。
「驚かせてしまったな」
ミナがすまなそうに笑った。
おばばたちは、人間離れしたミナの力を見て脅えているのか。
そうだろうな。いきなりあんなものを見たら。
人間は未知のものを恐れる。理解できないものを嫌悪する。
せっかく仲良くなったのに……。
「「「カッコイイ~!」」」
と、思ったら、ばーさんズが揃って老けた黄色い声を上げた。
「まるで魔法少女じゃないの!」
「魔法剣士、いえ姫騎士ね! あたし知ってるのよ」
と、大ウケである。
令和のジジババを舐めるな、と、前にジョージが言っていたことを思い出した。
令和のお年寄りは、ヲタクとそのコンテンツ、そしてファンタジーな事態にも理解があるのであった。
「ハジメくん、写真撮って!」
そして撮影会がはじまる始末である。
困惑するミナとツーショットを撮ったり、ミナを囲んで集合写真を撮ったり。
「ミナちゃん、剣を構えてみて」
「こうか?」
かと思えばミナ単体の写真を撮ったり。まるでレイヤーの撮影会である。
はじめは戸惑っていたミナだったが、おばばたちが大喜びしているのを見て、笑顔でポーズを取るようになった。
なんだよ。心配して損した。
……オレも何枚か撮らせてもらおう。
「ハジメくんが前に言っていた話せない事情って、このことだったのね」
赤坂のおばばが言う。
「うん。あの時は警察がミナを探していたから、内緒にしていたんだ」
「警察が?」
「それはもう解決したよ。だから大丈夫」
「それじゃあ、これからはいっぱい会えるのね」
おばばが笑う。
そんなことを話していると、ミナが、
「すまない。デンワとやらが来た」
と、スマホを取り出した。
「あらミナちゃんスマホ持ってたの?」
「あとで番号交換しましょ」
と、騒ぐばーさんズに笑みを返し、ミナは少し離れた。
ミナに電話?
イヤな予感がした。
ミナのスマホの番号を知っている人間は限られている。
オレとジョージ。何かあった時のためにと碇屋刑事と鎚田署長。そして──
通話に出てすぐ、ミナの表情が硬くなった。オレは確信した。
ヤツか。
電話してきたのは、きっとウラドだ。
通話はすぐに終わった。通話を切ったミナの表情は硬いままだ。
「ミナ……」
「すまないハジメ。別れの時が来た」
2
電話をしてきたのはやはりウラドだった。
ウラドによれば、さっきのスプライトと魔力嵐は、近く〈ゲート〉が出現する兆しだという。
ウラドは観測データとあわせ、次に〈ゲート〉が出現する時期を算定した。すると早ければ明日、遅くとも三日以内だという結果が出た。
これを逃せば次に〈ゲート〉が現れるのはいつになるか分からない。それに、さっきの魔力嵐以上の大きな異変が起きるかも知れない。
だから、ミナはオレの家を出て、観測体勢が整い、いざとなれば警察のヘリで移動ができるよう、太刀川署で待機してもらいたい、とのことだった。
あまりにも急だった。一挙に動いた事態に、オレの思考は停止してしまった。
ミナの荷物を取りに家に戻ると、すでにウラドがベンツを乗り付けて待っていた。
「荷物はこの者が運びます。身の回りのことも命じてください」
ウラドが言うと、黒いスーツの女性が進み出た。
年齢は四〇歳くらい。刑事だろうか。
思考停止した頭で、オレはそんなことを考えた。
荷物といっても、ミナの持ち物は服と下着くらいである。甲冑と剣は身に着けている。
黒スーツの女は、ミナの部屋に入り、すぐに紙袋を三つ四つ手に戻って来た。トランクや大きなバッグはないから、エリカさんの店で買い物をした時の紙袋を使ったのだ。
黒スーツの女は、その紙袋を手に、車の後席に乗り込んだ。
「世話になったなハジメ」
ミナの言葉で、オレは我に返った。
「ミナ……」
出て来た言葉はそれだけだった。
ありがとう。楽しかった。元気で。
そんな言葉が頭に浮かんだけれど、
行かないで。さびしいよ。離れたくない。
そんな思いがわき上がり、声にならなかった。
「できれば、ハジメに多くの魔法を教えたかったのだが」
ミナの声は淡々としていたけれど、彼女もつらいのだ。
第二の霊鎖を解いたオレには、それがわかるのだった。
そうだ。オレは第二の霊鎖を解いて、スキルに目覚めたんだった。
「オレも一緒に行くよ。〈ゲート〉の安定化には、オレのスキルが役に立つだろ」
オレのスキル「E=mc2」は膨大な魔力を生み出せる。だから──
「いや、〈ゲート〉が開けばあちらの世界に飛ばされるかもしれぬ。あちらの世界ならばよいが、ヴォイドの中に放り出される可能性もある。危険すぎる」
「そんな…!」
「それに、もしハジメに何かがあって〈ゲート〉の処理が遅れたらどうなる?」
そうだった。
〈ゲート〉は世界を滅ぼす危険な存在だ。それが引き起こす異変は、起きる度によりおそろしいものになっている。
オレに何かがあって〈ゲート〉を閉じるのが遅れたりしたら、こちらの世界にどんな大きな被害が出るかわからない。
ミナは、オレやオレの世界を守るためにも、あちらの世界に
「ハジメ。そなたに会えて良かった。心からそう思うぞ」
「オレも……」
オレたちは手を握り、想いを伝えた。
言葉は少なかったけれど、想いは霊体を通じて伝わっていた。それが、余計に苦しかった。
剣をトランクにしまい、ミナはベンツの後席に乗り込んだ。
この車は特注車らしく、後席は長いリムジンみたいに向かい合って座る配置になっていた。
ミナの斜め向かいに黒スーツの女が座り、ミナの正面にウラドが座った。
ミナはもうオレのほうを見なかった。
つらいからだ。それがわかるオレもつらい。
ドアが閉ざされ、ベンツは走り出した。
足が勝手に動き、オレは車を追って家の前に出た。
住宅街の通りを、ミナを乗せた黒い車が走り去って行く。
居合わせた数人の通行人が、場違いな高級車を振り返り、見送る。
オレは視力のレベルを上げ、遠ざかってゆくベンツを見つめた。
でも、なぜか視界がぼやけて見えない。見えないんだ……。
3
「ミナ……」
つぶやいた時、自分が泣いていることに気づいた。
スーツ姿の通行人がオレを見ているのを感じたけど、どうでもよかった。
「ミナ…!」
ぐちゃぐちゃな感情が、涙と一緒にあふれ出てくる。止まらない。
「大丈夫かい?」
通行人が声をかけてきた。
「ええ、まあ」
ほっとけよ! と怒鳴りかけるのを寸前で止め、オレは拳で涙をぬぐった。
「……碇屋さん?」
声をかけてきた通行人は、碇屋刑事だった。
「姫さんに話が合って来たんたが」
と、小さな包みを持ち上げて碇屋さんが言う。
「行きつけの和菓子屋の団子だ。姫君への土産に、団子はどうかとも思ったが、異世界の人間ならかえっていいかと思ってな…どうかしたのかい?」
最後のはオレの様子を見ての質問だった。
「ミナは…もういません。すぐに〈ゲート〉が現れるからって、ウラドと一緒に……」
言葉にしたら、また涙があふれそうになった。それをぐっとこらえる。
「浦戸啓介が?」
碇屋さんが訝しそうに顔をしかめた。
「大丈夫かな……」
碇屋さんの言葉が引っかかった。
「それってどういう──」
言いかけたオレの視界が、突然、真っ暗になった。
「うわぁ!?」
思わず悲鳴を上げてしまう。
しかしすぐに、これはクマちゃんによる感覚共有だとわかった。
あのヌイグルミ、どういうつもりだ?
怒りを感じたが、そんなものはすぐに吹き飛んでしまった。
ヤツが今見ているものから、その場所がわかったからだ。
あいつは今、ミナが乗っているベンツの中にいた。
そして、そこで聞こえてきた会話は──
「ミナが危ない!」