目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

#55.一挙に事態は動いて…



     1



 魔力の嵐が去り、穏やかになった世界で、


「ミナちゃん、あなた…!」


 おばばたちが、ミナを驚きの目で見ていた。


「驚かせてしまったな」


 ミナがすまなそうに笑った。


 おばばたちは、人間離れしたミナの力を見て脅えているのか。


 そうだろうな。いきなりあんなものを見たら。


 人間は未知のものを恐れる。理解できないものを嫌悪する。


 せっかく仲良くなったのに……。


「「「カッコイイ~!」」」


 と、思ったら、ばーさんズが揃って老けた黄色い声を上げた。


「まるで魔法少女じゃないの!」

「魔法剣士、いえ姫騎士ね! あたし知ってるのよ」


 と、大ウケである。


 令和のジジババを舐めるな、と、前にジョージが言っていたことを思い出した。


 令和のお年寄りは、ヲタクとそのコンテンツ、そしてファンタジーな事態にも理解があるのであった。


「ハジメくん、写真撮って!」


 そして撮影会がはじまる始末である。


 困惑するミナとツーショットを撮ったり、ミナを囲んで集合写真を撮ったり。


「ミナちゃん、剣を構えてみて」

「こうか?」


 かと思えばミナ単体の写真を撮ったり。まるでレイヤーの撮影会である。


 はじめは戸惑っていたミナだったが、おばばたちが大喜びしているのを見て、笑顔でポーズを取るようになった。


 なんだよ。心配して損した。


 ……オレも何枚か撮らせてもらおう。


「ハジメくんが前に言っていた話せない事情って、このことだったのね」


 赤坂のおばばが言う。


「うん。あの時は警察がミナを探していたから、内緒にしていたんだ」

「警察が?」

「それはもう解決したよ。だから大丈夫」

「それじゃあ、これからはいっぱい会えるのね」


 おばばが笑う。


 そんなことを話していると、ミナが、


「すまない。デンワとやらが来た」


 と、スマホを取り出した。


「あらミナちゃんスマホ持ってたの?」

「あとで番号交換しましょ」


 と、騒ぐばーさんズに笑みを返し、ミナは少し離れた。


 ミナに電話?


 イヤな予感がした。


 ミナのスマホの番号を知っている人間は限られている。

 オレとジョージ。何かあった時のためにと碇屋刑事と鎚田署長。そして──


 通話に出てすぐ、ミナの表情が硬くなった。オレは確信した。


 ヤツか。


 電話してきたのは、きっとウラドだ。


 通話はすぐに終わった。通話を切ったミナの表情は硬いままだ。


「ミナ……」

「すまないハジメ。別れの時が来た」



     2



 電話をしてきたのはやはりウラドだった。


 ウラドによれば、さっきのスプライトと魔力嵐は、近く〈ゲート〉が出現する兆しだという。


 ウラドは観測データとあわせ、次に〈ゲート〉が出現する時期を算定した。すると早ければ明日、遅くとも三日以内だという結果が出た。


 これを逃せば次に〈ゲート〉が現れるのはいつになるか分からない。それに、さっきの魔力嵐以上の大きな異変が起きるかも知れない。


 だから、ミナはオレの家を出て、観測体勢が整い、いざとなれば警察のヘリで移動ができるよう、太刀川署で待機してもらいたい、とのことだった。


 あまりにも急だった。一挙に動いた事態に、オレの思考は停止してしまった。


 ミナの荷物を取りに家に戻ると、すでにウラドがベンツを乗り付けて待っていた。


「荷物はこの者が運びます。身の回りのことも命じてください」


 ウラドが言うと、黒いスーツの女性が進み出た。

 年齢は四〇歳くらい。刑事だろうか。


 思考停止した頭で、オレはそんなことを考えた。


 荷物といっても、ミナの持ち物は服と下着くらいである。甲冑と剣は身に着けている。


 黒スーツの女は、ミナの部屋に入り、すぐに紙袋を三つ四つ手に戻って来た。トランクや大きなバッグはないから、エリカさんの店で買い物をした時の紙袋を使ったのだ。


 黒スーツの女は、その紙袋を手に、車の後席に乗り込んだ。


「世話になったなハジメ」


 ミナの言葉で、オレは我に返った。


「ミナ……」


 出て来た言葉はそれだけだった。


 ありがとう。楽しかった。元気で。


 そんな言葉が頭に浮かんだけれど、


 行かないで。さびしいよ。離れたくない。


 そんな思いがわき上がり、声にならなかった。


「できれば、ハジメに多くの魔法を教えたかったのだが」


 ミナの声は淡々としていたけれど、彼女もつらいのだ。

 第二の霊鎖を解いたオレには、それがわかるのだった。


 そうだ。オレは第二の霊鎖を解いて、スキルに目覚めたんだった。


「オレも一緒に行くよ。〈ゲート〉の安定化には、オレのスキルが役に立つだろ」


 オレのスキル「E=mc2」は膨大な魔力を生み出せる。だから──


「いや、〈ゲート〉が開けばあちらの世界に飛ばされるかもしれぬ。あちらの世界ならばよいが、ヴォイドの中に放り出される可能性もある。危険すぎる」

「そんな…!」

「それに、もしハジメに何かがあって〈ゲート〉の処理が遅れたらどうなる?」


 そうだった。


 〈ゲート〉は世界を滅ぼす危険な存在だ。それが引き起こす異変は、起きる度によりおそろしいものになっている。


 オレに何かがあって〈ゲート〉を閉じるのが遅れたりしたら、こちらの世界にどんな大きな被害が出るかわからない。


 ミナは、オレやオレの世界を守るためにも、あちらの世界にかえり、なるべく早く、向こう側で〈ゲート〉を閉じねばならないんだ。


「ハジメ。そなたに会えて良かった。心からそう思うぞ」

「オレも……」


 オレたちは手を握り、想いを伝えた。


 言葉は少なかったけれど、想いは霊体を通じて伝わっていた。それが、余計に苦しかった。


 剣をトランクにしまい、ミナはベンツの後席に乗り込んだ。


 この車は特注車らしく、後席は長いリムジンみたいに向かい合って座る配置になっていた。


 ミナの斜め向かいに黒スーツの女が座り、ミナの正面にウラドが座った。


 ミナはもうオレのほうを見なかった。


 つらいからだ。それがわかるオレもつらい。


 ドアが閉ざされ、ベンツは走り出した。


 足が勝手に動き、オレは車を追って家の前に出た。


 住宅街の通りを、ミナを乗せた黒い車が走り去って行く。


 居合わせた数人の通行人が、場違いな高級車を振り返り、見送る。


 オレは視力のレベルを上げ、遠ざかってゆくベンツを見つめた。


 でも、なぜか視界がぼやけて見えない。見えないんだ……。



     3



「ミナ……」


 つぶやいた時、自分が泣いていることに気づいた。


 スーツ姿の通行人がオレを見ているのを感じたけど、どうでもよかった。


「ミナ…!」


 ぐちゃぐちゃな感情が、涙と一緒にあふれ出てくる。止まらない。


「大丈夫かい?」


 通行人が声をかけてきた。


「ええ、まあ」


 ほっとけよ! と怒鳴りかけるのを寸前で止め、オレは拳で涙をぬぐった。


「……碇屋さん?」


 声をかけてきた通行人は、碇屋刑事だった。


「姫さんに話が合って来たんたが」


 と、小さな包みを持ち上げて碇屋さんが言う。


「行きつけの和菓子屋の団子だ。姫君への土産に、団子はどうかとも思ったが、異世界の人間ならかえっていいかと思ってな…どうかしたのかい?」


 最後のはオレの様子を見ての質問だった。


「ミナは…もういません。すぐに〈ゲート〉が現れるからって、ウラドと一緒に……」


 言葉にしたら、また涙があふれそうになった。それをぐっとこらえる。


「浦戸啓介が?」


 碇屋さんが訝しそうに顔をしかめた。


「大丈夫かな……」


 碇屋さんの言葉が引っかかった。


「それってどういう──」


 言いかけたオレの視界が、突然、真っ暗になった。


「うわぁ!?」


 思わず悲鳴を上げてしまう。


 しかしすぐに、これはクマちゃんによる感覚共有だとわかった。


 あのヌイグルミ、どういうつもりだ?


 怒りを感じたが、そんなものはすぐに吹き飛んでしまった。

 ヤツが今見ているものから、その場所がわかったからだ。


 あいつは今、ミナが乗っているベンツの中にいた。


 そして、そこで聞こえてきた会話は──


「ミナが危ない!」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?