目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

#52.この一時を大切に



     1



「ミナはオレのこと、どう思っているんだ?」


 言ってしまった。聞いてしまった。やっちまった!


 勢いで、すべてを終わらせ、破壊してしまう問いを、オレはしてしまった。


 時間を戻せたら…! と、この時ほど思ったことはない。それほど後悔した。


「好きだぞ」


 ミナは即答した。


 あ、これわかってないヤツだ?


「その好きは…オレを男として好きってこと?」

「そうだぞ」


 また即答。


 ためらいも照れもなく、「何を当たり前のことを聞くんだ?」みたいな顔をしている。


 そうだ。ミナは天然だから、likeとlove──友だちとしての好き、と男女の好きの違いがわからないのかもしれない。


「オレが聞いているのは、恋愛的な意味での好きなんだけど?」


 説明するのが恥ずかしい。恥ずかしすぎる。どんな羞恥プレイだよ。でも、確認しないではいられない。


「分かっている。私はそこまで子どもではない」


 真剣な顔でミナが言った。


「ラファナードの皇女は、好きでもない男と霊体を重ねたりしないぞ」


 え?


「それは恋愛的な意味での好き?」


 信じられない。確認してみた。


「うむ」


 即答するミナ。


「うそ?」

「ハジメに嘘はつかない」


 ミナは呆れ顔になって言う。


「じゃあ、なんでそんなに平気なの? オレの魔法修行が終わったら、ミナとは別れるんだよ?」

「平気ではない」


 え?


「私も、ハジメと別れることを考えるとつらい」


 視線を落としてミナは言った。


「だが、私がここに留まることは許されない。それはこの世界の終わりを意味する。私が愛するハジメのいる世界を守るため、私は元の世界に戻り、向こう側で〈ゲート〉を閉ざさねばならない」


 ミナは顔を上げ、まっすぐオレを見た。


「別れは避けられない。ならば今を大事にしよう、と私は決めたのだ。全力でハジメに接しようと」


 ……今、私が愛するハジメって言った?


「しかし、ハジメも私を、女として好きだったのか。両想いだな。嬉しいぞ」

「え? えええ!?」


 驚きの声を上げてしまった。


 いまになって理解したんだ。ミナが、オレのことを好きだと言ったことを。


 マジで? そんなことあり得るのか?


「信じられない…という顔をしているな」

「うん……」


「これは戦に身を置く者の心得だ。別れは常にあると思い、共にいる一時を大事にせよ、とな。平和な世界に生きるハジメには、理解できぬやもしれぬな」


 オレが信じられないのは、そういうことではないのだけど。


「やっぱり、ミナとオレとでは考えがズレているんだな」


 ミナの天然なところ、戦士の心得は、オレには理解できない。でも──


「でも、そのズレたところも、理解できないところも、好きなんだ」

「ハジメ……」


 ミナとオレとの距離が一気に近くなった。


 すぐ近く、息がかかるほど近い。ミナの青い瞳が閉じられた。


 こ、こここここれは! Kissか!?


 オレは──



     2



 オレは、大きく息を吸い込むとミナに顔をよせた。その時──


「わ?」

「むむっ!?」


 ずず…という震動が足下から伝わって来たかと思ったら、世界が大きく揺れた。地震だ。


「これは…じ、地震か?」


 ミナの腕がオレを抱きしめた。


「お、落ち着けハジメ! 私がついているぞ!」

「う、うん」


 揺れの大きさはそこそこ。たぶん、震度3か4くらい。この程度、関東に住んでいれば何度も経験している。


 そんなことよりミナが密着したせいで、彼女の豊かな胸がオレに押しつけられている。そっちのほうが問題だ。


 感動的なやわらかさに、オレの頭はハッピーとパニックで地震どころではなかった。


「……やんだ」


 地震は数秒でやみ、ミナがつぶやいた。


「あ」


 そこではじめて、ミナはオレに抱きついていることに気づいて、ぱっと離れた。

 ちょっと残念……。


「知識として知ってはいたが、地震に遭うのははじめてでな」


 こほん、かわいいせき払いをして言うミナ。


「ハジメは落ち着いているのだな」

「日本では年に何度もあるからね。あのくらいなら平気なんだ」

「そうなのか!」


 ミナは驚き、絶句した。


 その様子がかわいくて、つい笑ってしまう。


「はじめてのことで、少し動揺しただけだ」


 みえみえの照れ隠し。それがまたかわいい。


「少しだけだぞ!」

「はいはい」


 地震のおかけで、キスはお流れになった。


 すごく残念だけど、ミナとの間にあった空気が軽くなったというか、いい感じになった。


 ──別れは避けられない。ならば今を大事にしよう。


 ミナみたいに割り切ることは出来ないけれど、彼女はオレのことを好きだと言ってくれた。


 もうそれだけで、オレの中にあったごちゃごちゃした感情は消え去っていた。


 ミナとの別れを考えると、胸が苦しくなる。その苦しさは、前よりも増している。


 でも、ミナはオレのことを好きだと言ってくれた。


 帝国の第七皇女で、厨二が思い描く姫騎士そのものであるミナと、オレは両想いなんだ。


 こんなすごいことはない。一〇億どころか一〇兆円もらうよりラッキーじゃないか。


 これでいいんだ。もうこれ以上は望めない。


 残されたミナと過ごす時間…それがどれだけあるかわからないけれど、それを大事にしていこう。


 そう、思った。


「まだ笑うかっ!」


 ミナが怒ってオレの手をつかんだ。


「うわっ?」


 世界がぐりんと回転したかと思ったら、


「いでっ!」


 オレは背中から地面に叩きつけられていた。


「師を笑う弟子には教育が必要だな!」


 倒れた俺の左腕を、ミナの両脚がはさみ込む。膝裏辺りがオレのノドを押さえ込み、腕がねじり上げられる。腕ひしぎ十字固めだ。


 腕がミナの胸に、お股に、太ももに押しつけられ、挟まれている! その感触と同時に、関節がねじられる激痛が襲う!


「ギブ! ギブギブ!」


 天国の感触と地獄の苦痛! 情報料が多すぎて脳みそがパンクしそうだ!


「……元気そうだな」


 頭上から声が降って来た。ジョージだった。


「おお、ジョージか」


 するりという感じでミナが関節技を解いて立ち上がった。


「おばばが野菜を持ってけと言いまして」


 と、手にしたレジ袋を持ち上げて見せた。


「ありがとう」

「……いいことあったか?」


 起き上がったオレの顔を見てジョージが言う。


「うん、まあね」


 それだけしか言えなかった。


「さっきの地震、割と大きかったけど、震度はいくつだ?」


 照れくさいので話題を変えた。


「地震…まだ速報は出てないな」


 ジョージがタブレットを出して首を傾げた。


「まだ地震の話しをするか?」


 ミナのカタい声。


「ごめん! もうしない! しません!」


 そう言うと、オレはジョージから野菜の入ったレジ袋をひったくり、


「そうだ、昼メシ作らなきゃ~」


 と、縁側からキッチンに向かった。




 ……オレたちは気づいていなかった。


 この地震が、間近に迫ったカタストロフ、その前兆だったことを。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?