1
「ミナはオレのこと、どう思っているんだ?」
言ってしまった。聞いてしまった。やっちまった!
勢いで、すべてを終わらせ、破壊してしまう問いを、オレはしてしまった。
時間を戻せたら…! と、この時ほど思ったことはない。それほど後悔した。
「好きだぞ」
ミナは即答した。
あ、これわかってないヤツだ?
「その好きは…オレを男として好きってこと?」
「そうだぞ」
また即答。
ためらいも照れもなく、「何を当たり前のことを聞くんだ?」みたいな顔をしている。
そうだ。ミナは天然だから、likeとlove──友だちとしての好き、と男女の好きの違いがわからないのかもしれない。
「オレが聞いているのは、恋愛的な意味での好きなんだけど?」
説明するのが恥ずかしい。恥ずかしすぎる。どんな羞恥プレイだよ。でも、確認しないではいられない。
「分かっている。私はそこまで子どもではない」
真剣な顔でミナが言った。
「ラファナードの皇女は、好きでもない男と霊体を重ねたりしないぞ」
え?
「それは恋愛的な意味での好き?」
信じられない。確認してみた。
「うむ」
即答するミナ。
「うそ?」
「ハジメに嘘はつかない」
ミナは呆れ顔になって言う。
「じゃあ、なんでそんなに平気なの? オレの魔法修行が終わったら、ミナとは別れるんだよ?」
「平気ではない」
え?
「私も、ハジメと別れることを考えるとつらい」
視線を落としてミナは言った。
「だが、私がここに留まることは許されない。それはこの世界の終わりを意味する。私が愛するハジメのいる世界を守るため、私は元の世界に戻り、向こう側で〈ゲート〉を閉ざさねばならない」
ミナは顔を上げ、まっすぐオレを見た。
「別れは避けられない。ならば今を大事にしよう、と私は決めたのだ。全力でハジメに接しようと」
……今、私が愛するハジメって言った?
「しかし、ハジメも私を、女として好きだったのか。両想いだな。嬉しいぞ」
「え? えええ!?」
驚きの声を上げてしまった。
いまになって理解したんだ。ミナが、オレのことを好きだと言ったことを。
マジで? そんなことあり得るのか?
「信じられない…という顔をしているな」
「うん……」
「これは戦に身を置く者の心得だ。別れは常にあると思い、共にいる一時を大事にせよ、とな。平和な世界に生きるハジメには、理解できぬやもしれぬな」
オレが信じられないのは、そういうことではないのだけど。
「やっぱり、ミナとオレとでは考えがズレているんだな」
ミナの天然なところ、戦士の心得は、オレには理解できない。でも──
「でも、そのズレたところも、理解できないところも、好きなんだ」
「ハジメ……」
ミナとオレとの距離が一気に近くなった。
すぐ近く、息がかかるほど近い。ミナの青い瞳が閉じられた。
こ、こここここれは! Kissか!?
オレは──
2
オレは、大きく息を吸い込むとミナに顔をよせた。その時──
「わ?」
「むむっ!?」
ずず…という震動が足下から伝わって来たかと思ったら、世界が大きく揺れた。地震だ。
「これは…じ、地震か?」
ミナの腕がオレを抱きしめた。
「お、落ち着けハジメ! 私がついているぞ!」
「う、うん」
揺れの大きさはそこそこ。たぶん、震度3か4くらい。この程度、関東に住んでいれば何度も経験している。
そんなことよりミナが密着したせいで、彼女の豊かな胸がオレに押しつけられている。そっちのほうが問題だ。
感動的なやわらかさに、オレの頭はハッピーとパニックで地震どころではなかった。
「……やんだ」
地震は数秒でやみ、ミナがつぶやいた。
「あ」
そこではじめて、ミナはオレに抱きついていることに気づいて、ぱっと離れた。
ちょっと残念……。
「知識として知ってはいたが、地震に遭うのははじめてでな」
こほん、かわいいせき払いをして言うミナ。
「ハジメは落ち着いているのだな」
「日本では年に何度もあるからね。あのくらいなら平気なんだ」
「そうなのか!」
ミナは驚き、絶句した。
その様子がかわいくて、つい笑ってしまう。
「はじめてのことで、少し動揺しただけだ」
みえみえの照れ隠し。それがまたかわいい。
「少しだけだぞ!」
「はいはい」
地震のおかけで、キスはお流れになった。
すごく残念だけど、ミナとの間にあった空気が軽くなったというか、いい感じになった。
──別れは避けられない。ならば今を大事にしよう。
ミナみたいに割り切ることは出来ないけれど、彼女はオレのことを好きだと言ってくれた。
もうそれだけで、オレの中にあったごちゃごちゃした感情は消え去っていた。
ミナとの別れを考えると、胸が苦しくなる。その苦しさは、前よりも増している。
でも、ミナはオレのことを好きだと言ってくれた。
帝国の第七皇女で、厨二が思い描く姫騎士そのものであるミナと、オレは両想いなんだ。
こんなすごいことはない。一〇億どころか一〇兆円もらうよりラッキーじゃないか。
これでいいんだ。もうこれ以上は望めない。
残されたミナと過ごす時間…それがどれだけあるかわからないけれど、それを大事にしていこう。
そう、思った。
「まだ笑うかっ!」
ミナが怒ってオレの手をつかんだ。
「うわっ?」
世界がぐりんと回転したかと思ったら、
「いでっ!」
オレは背中から地面に叩きつけられていた。
「師を笑う弟子には教育が必要だな!」
倒れた俺の左腕を、ミナの両脚がはさみ込む。膝裏辺りがオレのノドを押さえ込み、腕がねじり上げられる。腕ひしぎ十字固めだ。
腕がミナの胸に、お股に、太ももに押しつけられ、挟まれている! その感触と同時に、関節がねじられる激痛が襲う!
「ギブ! ギブギブ!」
天国の感触と地獄の苦痛! 情報料が多すぎて脳みそがパンクしそうだ!
「……元気そうだな」
頭上から声が降って来た。ジョージだった。
「おお、ジョージか」
するりという感じでミナが関節技を解いて立ち上がった。
「おばばが野菜を持ってけと言いまして」
と、手にしたレジ袋を持ち上げて見せた。
「ありがとう」
「……いいことあったか?」
起き上がったオレの顔を見てジョージが言う。
「うん、まあね」
それだけしか言えなかった。
「さっきの地震、割と大きかったけど、震度はいくつだ?」
照れくさいので話題を変えた。
「地震…まだ速報は出てないな」
ジョージがタブレットを出して首を傾げた。
「まだ地震の話しをするか?」
ミナのカタい声。
「ごめん! もうしない! しません!」
そう言うと、オレはジョージから野菜の入ったレジ袋をひったくり、
「そうだ、昼メシ作らなきゃ~」
と、縁側からキッチンに向かった。
……オレたちは気づいていなかった。
この地震が、間近に迫ったカタストロフ、その前兆だったことを。