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#51.一世一代の告白を



     1




 高級車から降り立ったウラドは、今日も長いコートをまとっていた。


「なんというお姿! それは貧民が着る服ですぞ!」


 ジャージ姿のミナを見て、ウラドが叫んだ。


 ドラッグストアで買ったジャージだけどさ。貧民はないだろ。庶民と言えよ。


 でも、姫騎士のミナには、スポーツ用品メーカーのものを買うべきだったかもしれないな。


「動きやすいでな。不都合はない」


 まったく気にしてない感じでミナが答えた。


「すぐに姫にふさわしいお召し物を手配いたします」

「よい。私は剣に生きる者。公式の場に出るでなし、服などこれでよい」

「左様でございますか」


 ミナに断られ、ウラドは取り出したスマホをしまった。


「何かあったのか?」


 緊張した様子でミナが言う。


 こいつが来たということは〈ゲート〉になんらかの動きがあったのかもしれない。オレも緊張したのだが──


「姫に贈り物をお持ちしました」


 プレゼント持って来ただけかい。おどかしやがって。


 ウラドの後ろから、やはりスーツ姿の男が進み出た。秘書か何かだろうか。手にジュラルミンのアタッシュケースを持っている。


「役に立つ魔法具をいくつかと。その材料です」


 ウラドが言い終わる前に、秘書がアタッシュケースを開いて見せた。


 アタッシュケースの中身は、複雑な模様を描く金属線が入っている水晶のかたまりが二つ。それと何も入っていない水晶のかたまり、アルミや金の小さなインゴットがいくつかあった。


「これは〈ゲート〉の感知器か。見事な出来だがお主が作ったのか?」

「はい。お褒めいただき恐悦に存じます」


 ウラドが頭を下げた。

 そういやこいつ、マナウェルの魔法技師だって名乗ったな。


「これは、小型のマナウェルではないか」


 ミナが螺旋状の金と銀の線が入った水晶を手にして言った。


「マナウェルって、ヤバいものじゃないのか?」


 マナウェルは魔力が湧き出す井戸みたいなもの。暴走すると異なる世界をつなぐ〈ゲート〉になるってシロモノだ。


「マナウェルには二種類あるんだ。世界に穴を開ける大がかりなもの、そして周辺の魔力を集約する小型のものだ。これは後者だ。湧出する魔力の量は少ないが安全だ」

「マナウェルにも色んなタイプがあるんだ」


 例えるなら〈ゲート〉になるヤツは大規模な発電所で、こいつは家庭用のソーラーパネルみたいな感じかな。


「この者の第二の霊鎖を解くまで姫は還れぬとのこと。マナウェルから魔力を浴びれば、早く霊鎖を解けるでしょう」


 ウラドが言う。


「オレの霊鎖を解くために?


 コイツが来た理由はこれか。オレの霊鎖をさっさと解いて、ミナを連れて行こうっていう魂胆か?


「でも、霊鎖を強引に解くのはヤバいんだよね」


 オレは第一の霊鎖を解く時、それをやって死にかけた。いやミナに言わせると「身体が崩壊する」ところだったのだ。


「出力をしぼり、時間をかければ問題ない。私も第三の霊鎖を解く際にこの手を用いた」


 と、ウラドが言う。


「ほんとに?」


 オレはミナを見た。


「ウラドの申すことは本当だ。第一の霊鎖を解く前と第六の霊鎖を解いた後では危険だが、今のハジメには有効だろう」

「では、早速使いましょうか」


 ウラドがずいっと前に出た。


 今からマナウェルを使い、第二の霊鎖を解くのか?



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「待ってくれ」


 ミナが手を上げ、ウラドを制した。


「ハジメと誓いを交わしたのは私だ。修行をどう進めるかは私が決める」

「左様でございますか……」


 ウラドは引き下がった。すごく不本意、という顔をしている。


「それでは、修行に役立ててくれたまえ」


 ウラドは秘書からアタッシュケースを受け取ると、オレに差し出した。

 反射的にオレが受け取ると、


「皇女相手に夢をみるな」


 と、小さな声で言った。


 ムカっときて、思わず、ウラドをにらみ返すと、ヤツは冷たい眼でオレを見下ろしていた。そこに──


「おぶっ!?」


 ウラドの顔に、クマちゃんのキックが炸裂した。


「な、ななにをする?」


 蹴飛ばされた頬を手で押さえ、ウラドが叫ぶ。


 なんか弱々しい。強キャラかと思ってたけど、そうでもないのか。


「これっ」


 ミナがクマちゃんの首の後ろをつかみ、第二撃を阻止した。猫みたいにぶら下げられたクマちゃんがジタバタする。


「修行用に作ったもので気が荒いのだ。許せ」

「で、では私はこれにて……」


 頬を押さえながらウラドは早足で車に乗り込み、去って行った。


「覚醒は第三段階といったところか」


 ウラドを見送りながらミナがつぶやいた。


「ていうと、第三の霊鎖を解いた段階。ウラドの実力はミナの一つ下って感じか」


 前にミナは第四の霊鎖を解いたところだって言ってたからな。


「覚醒の段階は一つ違えば大違いだぞ。一つ段階を上がると十倍は強くなる」

「そんなに!」

「例えば、私は覚醒の第四段階だ。父上そして近衛騎士の中には第五の霊鎖を解いた者たちがいるが、私など子ども扱いだ」


 悔しそうにミナが言う。


 グリムリやベアードと戦うミナは、無敵、無双という感じだった。そのミナが子ども扱いだなんて信じられない。レベルが一つ違うとそんなに違うのか。


「相手が魔法使い──剣とか武術の素人でも?」

「ふむ、宮廷付きの賢者にも第五段階に覚醒した者がいたな。試したことはないが、なんとか互角というところだろうな」


 ちょっと懐かしそうにミナが言う。


「ミナが苦戦する姿なんてイメージできないよ」

「私など、帝国ではやっと上級者の入り口に立った程度だ。目標は最高ランクである覚醒第六段階だが、まだまだ遠いな」


 自嘲気味に言ってミナは小さなため息をついた。


「最高は第六の霊鎖を解くことのなの? 霊鎖は七つあるけど」


 ふと疑問に思った。


「前に言ったはずだぞ。霊鎖がすべて解かれるとその生命は失われるのだ」


 あ、そうだった。霊鎖は肉体、霊体、魂を繋ぎ止めているんだった。


 霊鎖は肉体を安定して存在させるためにあるが、この状態では肉体のみの力しか発揮できない。

 霊鎖を解放してゆくことで肉体に霊体の力を加え、高次元の力を使うことが出来るようになる。──これが魔法だ。


「第七の霊鎖を解くと、肉体、霊体、魂の結びつきが壊れて世界に拡散、消滅するんだっけ」

「そうだ。肉体──物質を生命たらしめているのは魂の存在だ。魂と肉体をつなぐのが霊鎖だ。その霊鎖がすべて解かれれば、肉体も霊体もその存在を維持できず崩壊し拡散、消滅する。賢者たちはこれを世界に溶ける、という言い方をしている」


 さっきのマナウェルの使用で、「第一の霊鎖を解く前、第六の霊鎖を解いた後では危険だ」というのはそういうことだったのか。


「ごく稀に、霊体と魂を融合させ、完全な霊的存在──高次元の知性体になるものがいるがな」

「ひょっとして、それが神?」

「その通りだ。もっとも、そのような存在はごく稀だ。ここ五千年は現れていないな」


 ミナはそう言うと、


「ハジメは第一の霊鎖を解いた。今ならマナウェルからの魔力を浴びても害は無い。早速、使ってみるか」


 小型のマナウェルを掲げて見せた。


「ミナはオレの修行が早く終わったほうがいいのか?」


 意識する前に、オレの口から言葉が漏れていた。


「誓いだからな」


 当然だと、即答するミナ。

 ミナとオレとは、魔法を教えるだけのつながりなのか。


「どうした? 望んだのはハジメではないか」


 ──皇女相手に夢を見るな。


 ウラドの言葉がよみがえった。

 わかっている。それはわかっているんだ。


「第二の霊鎖が解けたらミナは還ってしまう。オレは、ミナと離れたくない」


 ぐちゃぐちゃの感情が言葉になってあふれ出てしまう。


「それは──」

「ミナのことが好きだから…!」


 言ってから、自分が何を言ったのか気づいた。


 一世一代の告白をこんな形で言うなんて…!


 すごく後悔した。でももう止まらなかった。


「ミナはオレのこと、どう思っているんだ?」


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