1
「ウラド…聞かぬ名だな」
浦戸──ウラドにミナが言う。
「私は名も無き市井の魔法使い。それに私がこちらの世界に飛ばされたのは三〇年ほど前。ご存じないのも当然です」
ミナが来ているんだ。一人いるなら、他にも異世界から来た人がいるかもしれないと思ってはいたけど。
三〇年前…そんな前から来ていたのか。
「詳しい話が聞きたい」
「では、場所を変えましょう」
そう言うとウラドは立ち上り、アゴで副総監に「あっちいけ」というふうに指示した。
警視庁副総監をアゴで使うなんて、どんな立場なんだ?
ミナとそれ以外の人とで態度があからさまに違うし、オレはこのウラドという男に、イヤな印象を持った。
ミナが「ここで良い」と言ったので、オレたちは広場近くの売店で腰を落ち着けた。
当然売店は閉まっていたが、テーブルやなんかは出してある。オレたちは、その一つ、四人掛けの丸テーブルに腰を下ろした。
「この者たちは?」
ミナの両サイドに座ったオレとジョージを見て、ウラドがミナに尋ねた。
「この二人には、こちらの世界でたいそう世話になっている。故に同席してもらった」
「はぁ」
不愉快…という顔をしながら、ウラドは話し始めた。
「私は帝国でマナウェルの運用に携わる魔法技師でした」
ミナの世界は魔法の文明であり、魔力が電気の代わりみたいに使われているという。
その魔力を石油みたいに取り出す、魔力の井戸がマナウェルである。
「ある日、違法に作られたマナウェルがあるとの報告を受け、調査に赴いたところ、それが暴走し異界とつながる〈ゲート〉となりました」
「それでこちらの世界に飛ばされた、というわけか。私と同じだな」
ミナがうなずいた。
「私はこちらの世界で浦戸啓介という名と戸籍を手に入れ、日本人として暮らしながら〈ゲート〉の研究をしていました。それが──」
「戸籍を? どうやって?」
思わず、ジョージが尋ねた。
話の腰を折られたウラドが、ジョージに鋭い眼を向けた。
「この二人からの問いは私からの問いと同じだ。聞かせてくれ」
「はぁ」
ミナに促され、ウラドはため息まじりにうなずいた。
「異世界の人間が、日本の戸籍を手に入れた方法でしたか。単純なことです。カネを稼ぎ、それを使って手に入れたのです」
「戸籍を買ったのか?」
「カネの力を使って権力ある者に取り入り、手に入れたのです」
オレの質問に、ウラドは薄笑いを浮かべて応えた。
「いずこの世界も同じでございます。カネと権力があれば、できぬことは多くありません」
「ここでそんなこと言っても良いんですか?」
ジョージが、少し離れたところにいる碇屋さんたちのほうを見て言う。
碇屋刑事と鎚田署長は、驚くやら呆れるやらしている。
「こちらの世界の法に反してはおりません」
ウラドは副総監のほうを見て言う。副総監は、すごい勢いでうなずいて肯定した。
法的には問題ないけど…ってヤツだな。
「天下り先でも用意したか」
「チョーさんっ」
碇屋さんと鎚田署長を、副総監がギロリとにらんだ。
「それは良いだろう。私とて、異なる世界でひとりなら、どのようなことをしでかしていたことか」
ミナの言葉に、碇屋さんが青ざめた。
ミナの剣の破壊力──ベアードを一刀両断した上に木っ端微塵だからな。あれを見たからな。
おかしいけど、笑っちゃいけない。
「だが、一つ確かめておきたいことがある」
「なんなりと」
ウラドを見るミナの眼が鋭くなった。
「ベアード──今、私たちが倒した人造の魔物やグリムリの
ええっー!!
こいつが、グリムリとベアードの黒幕?
2
「いかにも左様でございます」
すずしい顔でウラドは即答した。
コイツ…あれだけのことをして、何とも思ってないのか?
「多くの被害が出たぞ」
ミナの声には怒りをふくんでいた。
「一刻も早く、姫を見つけるためにございます。いささか乱暴にすぎたかもしれませぬ」
「いささかだと?」
「街を壊し、ウチのおばばがケガをしたんだぞ!」
オレとジョージは思わず腰を浮かせて叫んだ。
「それはお気の毒。怪我や被害に遭われた者たちには、十分な見舞いを送りましょう」
オレたちのほうを見ず、ミナに向けてウラドが言う。
「あんた、ずいぶんと上から目線だな」
いい加減、ウラドの態度に腹が立ったオレは言った。
「自分が異世界に飛ばされたと考えてみたまえ」
ウラドが鋭い眼をオレに向けた。
「自分の命や大切な存在が危機に瀕している時、その世界の住人を気にかけるかね?」
「それは──」
そう、かもしれない。
同じ立場だったら、オレも自分を優先するだろう。
でも、このウラドの態度は、ひどく冷酷に感じられる。
「何より、緊急事態だったのだ」
「緊急事態──〈ゲート〉のことか?」
ミナが言う。
「はい。あの〈ゲート〉は、いまや大変危険な状態にあります。放置していれば被害はあの程度ではすみませぬ」
「あの竜巻を、あの程度だって言うのか?」
「ミナを見つけることと〈ゲート〉に関係があるのか?」
怒るジョージを制して、オレは尋ねた。
「〈ゲート〉の問題を解決するには、姫の力が要るのだ」
そう言うとウラドはミナに向き直り、
「姫と私が力を合わせれば、あの〈ゲート〉を安定化させ、ラファナードへ帰還することができるのです」
と、言った。
それって…ミナがすぐにも還るってこと?
「私には、警察はじめ多くの省庁に協力者がおります。姫と〈ゲート〉対策のため、住まいも用意してございます」
ウラドが目で合図すると、副総監がタブレットを持って進み出た。まるでウラドの手下だ。警視庁のナンバー2なのに。
タブレットには超高級なマンションが標示されていた。
「帝国のものに近い調度品を揃えております」
副総監が画面をスワイプすると、いわゆる「中世ヨーロッパふう」の王さまや貴族の館みたいな内装、家具、食器が揃えられた部屋の画像が現れた。
「この者のあばら屋を出て、こちらにお移りいただきたく存じます」
「あばら屋だと?」
ジョージが声を上げた。
しかしオレは新居がけなされたことよりも、ミナがいなくなることで頭がいっぱいだった。
「ほほう、これは快適そうな住まいだな」
ミナの言葉で、オレは我に返った。
ミナがオレの家から出てゆく……。
いつかは来ることだと思っていたけど、まさか、こんな急にだなんて。
「お車を用意してございます。早速──」
「生憎、そなたの言うあばら屋が、私は気に入っておる」
腰を浮かし、立ち上がりかけたウラドにミナが言う。
「なっ?」
「それに、私はこの者に誓いを立てている」
ミナがオレを見て微笑んだ。
「誓いって…まさか!」
「イッチ! いつの間に!」
ウラドだけでなくジョージまでもオレに迫る。
「勘違いするなよ! 魔法を教えてもらうって誓いだから!」
「なんだ」
安心して脱力するジョージとウラド。
「この誓いが果たされぬうち、私はハジメの家を離れるつもりはない」
「それは……」
愕然、呆然となるウラド。
「無論、〈ゲート〉の安定化には協力する。しかしハジメの魔法修行が完遂せぬうちは還ることはできない」
そう言ってミナは立ち上がると、
「では、帰ろうか」
オレたちに言った。
「くう~! さすが姫! 溜飲が下がるとはこのことです」
ミニバンに乗り込んだジョージが歓声を上げた。
オレとミナはジョージの車で帰ることになった。
とりあえず、オレとミナとの暮らしは続きそうだ。
でも……。
オレが魔法を使えるようになったら、ミナは