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#49.1st(ファースト)コントタクト



    1



「ウラド…聞かぬ名だな」


 浦戸──ウラドにミナが言う。


「私は名も無き市井の魔法使い。それに私がこちらの世界に飛ばされたのは三〇年ほど前。ご存じないのも当然です」


 ミナが来ているんだ。一人いるなら、他にも異世界から来た人がいるかもしれないと思ってはいたけど。

 三〇年前…そんな前から来ていたのか。


「詳しい話が聞きたい」

「では、場所を変えましょう」


 そう言うとウラドは立ち上り、アゴで副総監に「あっちいけ」というふうに指示した。


 警視庁副総監をアゴで使うなんて、どんな立場なんだ?

 ミナとそれ以外の人とで態度があからさまに違うし、オレはこのウラドという男に、イヤな印象を持った。


 ミナが「ここで良い」と言ったので、オレたちは広場近くの売店で腰を落ち着けた。


 当然売店は閉まっていたが、テーブルやなんかは出してある。オレたちは、その一つ、四人掛けの丸テーブルに腰を下ろした。


「この者たちは?」


 ミナの両サイドに座ったオレとジョージを見て、ウラドがミナに尋ねた。


「この二人には、こちらの世界でたいそう世話になっている。故に同席してもらった」

「はぁ」


 不愉快…という顔をしながら、ウラドは話し始めた。


「私は帝国でマナウェルの運用に携わる魔法技師でした」


 ミナの世界は魔法の文明であり、魔力が電気の代わりみたいに使われているという。

 その魔力を石油みたいに取り出す、魔力の井戸がマナウェルである。


「ある日、違法に作られたマナウェルがあるとの報告を受け、調査に赴いたところ、それが暴走し異界とつながる〈ゲート〉となりました」

「それでこちらの世界に飛ばされた、というわけか。私と同じだな」


 ミナがうなずいた。


「私はこちらの世界で浦戸啓介という名と戸籍を手に入れ、日本人として暮らしながら〈ゲート〉の研究をしていました。それが──」

「戸籍を? どうやって?」


 思わず、ジョージが尋ねた。

 話の腰を折られたウラドが、ジョージに鋭い眼を向けた。


「この二人からの問いは私からの問いと同じだ。聞かせてくれ」

「はぁ」


 ミナに促され、ウラドはため息まじりにうなずいた。


「異世界の人間が、日本の戸籍を手に入れた方法でしたか。単純なことです。カネを稼ぎ、それを使って手に入れたのです」

「戸籍を買ったのか?」

「カネの力を使って権力ある者に取り入り、手に入れたのです」


 オレの質問に、ウラドは薄笑いを浮かべて応えた。


「いずこの世界も同じでございます。カネと権力があれば、できぬことは多くありません」

「ここでそんなこと言っても良いんですか?」


 ジョージが、少し離れたところにいる碇屋さんたちのほうを見て言う。

 碇屋刑事と鎚田署長は、驚くやら呆れるやらしている。


「こちらの世界の法に反してはおりません」


 ウラドは副総監のほうを見て言う。副総監は、すごい勢いでうなずいて肯定した。

 法的には問題ないけど…ってヤツだな。


「天下り先でも用意したか」

「チョーさんっ」


 碇屋さんと鎚田署長を、副総監がギロリとにらんだ。


「それは良いだろう。私とて、異なる世界でひとりなら、どのようなことをしでかしていたことか」


 ミナの言葉に、碇屋さんが青ざめた。


 ミナの剣の破壊力──ベアードを一刀両断した上に木っ端微塵だからな。あれを見たからな。

 おかしいけど、笑っちゃいけない。


「だが、一つ確かめておきたいことがある」

「なんなりと」


 ウラドを見るミナの眼が鋭くなった。


「ベアード──今、私たちが倒した人造の魔物やグリムリのあるじはお主だな?」


 ええっー!!

 こいつが、グリムリとベアードの黒幕?



     2



「いかにも左様でございます」


 すずしい顔でウラドは即答した。


 コイツ…あれだけのことをして、何とも思ってないのか?


「多くの被害が出たぞ」


 ミナの声には怒りをふくんでいた。


「一刻も早く、姫を見つけるためにございます。いささか乱暴にすぎたかもしれませぬ」

「いささかだと?」

「街を壊し、ウチのおばばがケガをしたんだぞ!」


 オレとジョージは思わず腰を浮かせて叫んだ。


「それはお気の毒。怪我や被害に遭われた者たちには、十分な見舞いを送りましょう」


 オレたちのほうを見ず、ミナに向けてウラドが言う。


「あんた、ずいぶんと上から目線だな」


 いい加減、ウラドの態度に腹が立ったオレは言った。


「自分が異世界に飛ばされたと考えてみたまえ」


 ウラドが鋭い眼をオレに向けた。


「自分の命や大切な存在が危機に瀕している時、その世界の住人を気にかけるかね?」

「それは──」


 そう、かもしれない。

 同じ立場だったら、オレも自分を優先するだろう。


 でも、このウラドの態度は、ひどく冷酷に感じられる。


「何より、緊急事態だったのだ」

「緊急事態──〈ゲート〉のことか?」


 ミナが言う。


「はい。あの〈ゲート〉は、いまや大変危険な状態にあります。放置していれば被害はあの程度ではすみませぬ」

「あの竜巻を、あの程度だって言うのか?」

「ミナを見つけることと〈ゲート〉に関係があるのか?」


 怒るジョージを制して、オレは尋ねた。


「〈ゲート〉の問題を解決するには、姫の力が要るのだ」


 そう言うとウラドはミナに向き直り、


「姫と私が力を合わせれば、あの〈ゲート〉を安定化させ、ラファナードへ帰還することができるのです」


 と、言った。


 それって…ミナがすぐにも還るってこと?


「私には、警察はじめ多くの省庁に協力者がおります。姫と〈ゲート〉対策のため、住まいも用意してございます」


 ウラドが目で合図すると、副総監がタブレットを持って進み出た。まるでウラドの手下だ。警視庁のナンバー2なのに。


 タブレットには超高級なマンションが標示されていた。


「帝国のものに近い調度品を揃えております」


 副総監が画面をスワイプすると、いわゆる「中世ヨーロッパふう」の王さまや貴族の館みたいな内装、家具、食器が揃えられた部屋の画像が現れた。


「この者のあばら屋を出て、こちらにお移りいただきたく存じます」

「あばら屋だと?」


 ジョージが声を上げた。

 しかしオレは新居がけなされたことよりも、ミナがいなくなることで頭がいっぱいだった。


「ほほう、これは快適そうな住まいだな」


 ミナの言葉で、オレは我に返った。


 ミナがオレの家から出てゆく……。


 いつかは来ることだと思っていたけど、まさか、こんな急にだなんて。


「お車を用意してございます。早速──」

「生憎、そなたの言うあばら屋が、私は気に入っておる」


 腰を浮かし、立ち上がりかけたウラドにミナが言う。


「なっ?」

「それに、私はこの者に誓いを立てている」


 ミナがオレを見て微笑んだ。


「誓いって…まさか!」

「イッチ! いつの間に!」


 ウラドだけでなくジョージまでもオレに迫る。


「勘違いするなよ! 魔法を教えてもらうって誓いだから!」

「なんだ」


 安心して脱力するジョージとウラド。


「この誓いが果たされぬうち、私はハジメの家を離れるつもりはない」

「それは……」


 愕然、呆然となるウラド。


「無論、〈ゲート〉の安定化には協力する。しかしハジメの魔法修行が完遂せぬうちは還ることはできない」


 そう言ってミナは立ち上がると、


「では、帰ろうか」


 オレたちに言った。


「くう~! さすが姫! 溜飲が下がるとはこのことです」


 ミニバンに乗り込んだジョージが歓声を上げた。

 オレとミナはジョージの車で帰ることになった。


 とりあえず、オレとミナとの暮らしは続きそうだ。


 でも……。


 オレが魔法を使えるようになったら、ミナはかえってしまうんだな。


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