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#48.一網打尽と思いきや…



     1



「ミナっ!!」


 ベアードに操られた警官たちがミナを拳銃で撃った!


 その瞬間、オレの感覚は極限まで高まったらしい。


 銃口から放たれた弾丸が見える!


 見えるといってもプロ野球のピッチャーが投げたボールくらいの速さだ。


 でも38スペシャル弾──日本の警官が持つ拳銃M60サクラの弾丸、その初速は秒速約270メートル。亜音速だ。


 それが見えたんだ。


 そしてオレに見えたということは、当然、ミナにも見えていて──


「はッ!」


 剣の一振りで、二発の弾丸をはじき飛ばした。


「これがジュウとやらか。なかなかの威力だな」


 ミナが不敵に笑った。


 しかし銃弾は防いだけど、剣にまとっていた魔力の光が消えていた。はずみで消費したらしい。


「馬鹿野郎っ! 警官が市民に銃を向けんじゃねぇっ!」


 碇屋刑事が怒鳴り、警官二人を殴り倒した。


 保身とかじゃない。碇屋刑事は本気で怒っている。

 感覚レベルを上げたオレにはそれがわかった。


「コレ、ベアード──あの怪物に操られたんですよ」


 白目を剥いて気絶した警官を見て、ジョージが碇屋さんに言う。その時だった。


 ──あれ?


 突然、オレの目の前が真っ暗になった。頭がぼうっとして、鼻の奥がツンとする。


 立ちくらみだ。


 結界石に力を注いでいる中、感覚レベルを限界以上に上げてしまったからだ。


 ヤバい…今、意識が途切れたら、ベアードに逃げられる……。


「──ぐえっ!」



 いきなり頭をどつかれ、オレは意識を取り戻した。


 足下でクマちゃんが、ぷりぷりした様子でベアードを指差した。(ヌイグルミだから指はないけど)


「どうしたハジメ!」


 ミナが叫ぶ。


 見ればベアードが、結界の魔法陣から逃れようとしていた。


 一瞬、オレの意識が途切れたことで結界の魔法陣の光が弱まっていた。ベアードのやつは光る魔法陣の外に、身体の半分ほどがはみ出ている。


「逃さぬ!」


 ミナが左手をベアードに向けた。魔法陣からはみ出しかけたベアードの頭上に、光る魔法陣が現れ、魔物を地面に押しつける。魔法陣のサンドイッチだ。


 二つの魔法陣の中、ベアードがもがく。ベアードは再び拘束された。


 でも、これじゃミナもベアードを攻撃できない。


 オレは結界石に意識を集中した。魔法陣にパワーをチャージするんだ。


「……できない?」


 だけどオレがどんなに魔力を注いでも、結界の魔法陣の光は弱いままだ。


 どうして?



     2



「ハジメ! 結界を張り直すんだ!」


 ミナが叫ぶ。


「そうか!」


 ベアードは結界の魔法陣からはみ出ている。拘束力が十分に発揮されてないんだ。


 こんなこともあろうかと、ミナは追加で予備の結界石を作っていた。その水晶はオレが持っている。


 これをベアードの周りに配置すれば。


 ──ぞくっ! 


 悪寒のようなイヤな感じがして、オレは飛び下がった。


 その直後、地面から黒い槍みたいなものが突き出した。


 ベアードの足だ。

 あっぶねぇ。下がるのが遅れていたら串刺しにされていた。


 見ればベアードは足を地面に突き刺している。それが地中を通ってオレを襲ったのか。

 ここまでは一〇メートル以上あるし、地面から突き出した足も二メートルを超えている。

 どんだけ伸びるんだあの足は?


「厄介な…!」


 地中から飛び出す足はミナにも襲いかかっていた。彼女はそれをかわしながらもベアードの拘束を維持している。


 オレだって…!


 覚悟を決め、オレは走り出した。


「うわっ! わわっ!」


 次々と地面からベアードの足が飛び出して来る。

 それをなんとかかわしながら、オレはベアードの周囲を回るように走った。


 一個…二個…三個…走りながら、結界石をまいて行く。


 四個…五個……。


「うわぁっ!?」


 急にベアードの足が消えたかと思ったら、オレの左右から五、六本も突き出てきた。ミナに向けてたぶんもオレに向けたのか。


「ツッ!」


 右のふくらはぎに激痛。足の一本に、ふくらはぎが切り裂かれていた。

 激痛に、オレは膝をついてしまった。


「ハジメ!」

「イッチ!!」


 ミナとジョージが叫ぶ。


 ベアードの足は一旦、地面に引っ込んだ後、オレを囲むように突き出てきた。

 抱囲して突き刺す気だ。


 逃げなきゃ…でも、足が動かない!


 頭上で、ベアードの槍みたいな足が、オレに狙いをつけた。そして、一斉に襲いかかって来た。


 そこに、銃声が轟いた。


 ベアードに銃弾が撃ち込まれたんだ。オレに襲いかかろうとしていたベアードの槍足が、びくんと震えて止まった。


 撃ったのは碇屋刑事だった。


「この野郎ッ!」


 気絶した警官の銃を手にした碇屋刑事が、叫びながら連射する。

 ベアードの巨大な眼球に小さな穴が次々と開き、真っ黒い血が流れる。ベアードは苦悶してウニみたいな口をガチガチさせた。


「イッチ! 今だ!」


 ジョージが叫ぶ。


 わかっている。でも、足が動かな──


「いっいいいっ!?」


 いきなり、身体が動いた。足の激痛なんか無視してジャンプしたのだ。

 ベアードの上、ビルの三階の窓くらいの高さにまで飛び上がる。


 すぐ近くにヌイグルミがいた。

 クマちゃんだ。


 魔法修行で格闘技の型を覚えるため、あのヌイグルミに身体を操られた。

 強制マリオネット、操られ人形。今またオレの身体はクマちゃんに操られ、この大ジャンプとなったのだ。


「グッジョブだ! クマ野郎!」


 すごい痛いけど、構ってられない。


 オレは空中で残りの結界石をまいた。身体能力の上がったオレは、一投げで結界石を均等にまくことができた。


 落下しながらベアードを囲んだ結界石に意識を集中する。


 新たな魔法陣が現れ、ベアードを拘束した。


 直後、青い魔力の炎をまとった剣を構えたミナがベアードに肉迫する。


「ハッ!!」


 上段に振り上げたミナの剣が振り下ろされた。


 爆弾が炸裂したような轟音が上がった。


 魔力をまとったミナの剣は、ベアードを一刀両断すると同時にその力を解放。文字通り爆発的な魔力が、ベアードの身体を木っ端微塵にした。


 剣を振り下ろした姿勢のまま、ミナは左手だけオレに向けた。


 落下するオレのすぐ下に光る魔法陣が現れた。オレはその魔法陣に受け止められ、ふんわりと尻から着地した。



     3



「見事だぞ。ハジメ」


 剣を収めながらミナが言う。


 オレの横で、クマちゃんが自分を指差して「自分は?」とアピールする。


「クマちゃん、もちろんそなたも見事だったぞ」


 ミナにほめられ、クマちゃんはプラスチックの目を輝かせてオレを見上げた。

 ドヤっているのだ。ムカつくけど助かったのは事実だから何も言えない。


「碇屋どのも。ご助勢、感謝する」

「お、おう……」


 応えた碇屋さんだが、その直後、はっとして。


「あ、あんた何者なんだ? それとコイツは…えぇえええーっ!?」


 碇屋さんはベアードの死体…ていうか残骸を指差して、それが空気に溶けるように消えて行くのを見て、さらに信じられない、という顔になった。


「私はミナ・リリア・ラファナード。ラファナード帝国第七皇女だ」


 きりっと、凛々しくミナは名乗ると、ベアードにやられたオレの足に治癒魔法をかけてくれた。


「らふぁ…帝国ぅ?」

「簡単に言うと、魔法が存在する別の世界から来たお姫さまです」


 ジョージが解説する。


「別の世界って…!」


 碇屋さんは文字通り頭を抱えた。


 ムリもない。

 目玉の化け物と戦う姫騎士、おまけに動くヌイグルミまでいるんだ。いきなりファンタジーな展開に巻き込まれて、頭の整理が追いついていないのだろう。


「むっ」


 オレの治療が終わった直後、突然、ミナは剣に手をかけて後ろを振り向いた。


 たくさんの懐中電灯らしいライトの光。大勢の人が近づいて来る。


 二〇人くらいいる。その大半は制服を着た警官だった。


「ツチさん!」

「銃声を聞いたが、無事だったか?」


 碇屋さんがツチさんと呼んだ人が言う。後でわかったが、太刀川署の署長で鎚田という人だった。


 警官たちの何人かは拳銃を抜いている。その警官たちにオレたちは半包囲される形になっていた。


 これって一網打尽ってヤツ? オレたちはまとめて逮捕されるのか?


 そう思った時だった。


 警官たちをかき分けるようにして二人の男が進み出た。


 一人は制服姿でエラそうな感じ。碇屋さんが「副総監?」とつぶやいたところをみると、警視庁の副総監なのか?


 そしてもう一人は、副総監よりもさらにエラそうに見えた。

 年齢は四〇か五〇歳くらいか。身長は一九〇センチ以上あり、制服姿ではなく高級そうなスーツに身を固め、六月だというのに長いコートを着ている。


 ──魔法使いみたいだ。


 長いコートを翻し、大股で歩いてくるその男に、オレはそう思った。


 コートの魔法使いは、ミナの前まで来ると、


「ラファナードの皇女とお見受けします」


 と言った。


「そなたは?」

「こちらでの名は浦戸啓介。まことの名はウラドと申す、帝国の魔法使いだったものです」


 浦戸──ウラドは跪いて言った。


「お迎えに上がりました。姫様」


 えぇええええええ!?


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