1
「ミナっ!!」
ベアードに操られた警官たちがミナを拳銃で撃った!
その瞬間、オレの感覚は極限まで高まったらしい。
銃口から放たれた弾丸が見える!
見えるといってもプロ野球のピッチャーが投げたボールくらいの速さだ。
でも38スペシャル弾──日本の警官が持つ拳銃M60サクラの弾丸、その初速は秒速約270メートル。亜音速だ。
それが見えたんだ。
そしてオレに見えたということは、当然、ミナにも見えていて──
「はッ!」
剣の一振りで、二発の弾丸をはじき飛ばした。
「これがジュウとやらか。なかなかの威力だな」
ミナが不敵に笑った。
しかし銃弾は防いだけど、剣にまとっていた魔力の光が消えていた。はずみで消費したらしい。
「馬鹿野郎っ! 警官が市民に銃を向けんじゃねぇっ!」
碇屋刑事が怒鳴り、警官二人を殴り倒した。
保身とかじゃない。碇屋刑事は本気で怒っている。
感覚レベルを上げたオレにはそれがわかった。
「コレ、ベアード──あの怪物に操られたんですよ」
白目を剥いて気絶した警官を見て、ジョージが碇屋さんに言う。その時だった。
──あれ?
突然、オレの目の前が真っ暗になった。頭がぼうっとして、鼻の奥がツンとする。
立ちくらみだ。
結界石に力を注いでいる中、感覚レベルを限界以上に上げてしまったからだ。
ヤバい…今、意識が途切れたら、ベアードに逃げられる……。
「──ぐえっ!」
いきなり頭をどつかれ、オレは意識を取り戻した。
足下でクマちゃんが、ぷりぷりした様子でベアードを指差した。(ヌイグルミだから指はないけど)
「どうしたハジメ!」
ミナが叫ぶ。
見ればベアードが、結界の魔法陣から逃れようとしていた。
一瞬、オレの意識が途切れたことで結界の魔法陣の光が弱まっていた。ベアードのやつは光る魔法陣の外に、身体の半分ほどがはみ出ている。
「逃さぬ!」
ミナが左手をベアードに向けた。魔法陣からはみ出しかけたベアードの頭上に、光る魔法陣が現れ、魔物を地面に押しつける。魔法陣のサンドイッチだ。
二つの魔法陣の中、ベアードがもがく。ベアードは再び拘束された。
でも、これじゃミナもベアードを攻撃できない。
オレは結界石に意識を集中した。魔法陣にパワーをチャージするんだ。
「……できない?」
だけどオレがどんなに魔力を注いでも、結界の魔法陣の光は弱いままだ。
どうして?
2
「ハジメ! 結界を張り直すんだ!」
ミナが叫ぶ。
「そうか!」
ベアードは結界の魔法陣からはみ出ている。拘束力が十分に発揮されてないんだ。
こんなこともあろうかと、ミナは追加で予備の結界石を作っていた。その水晶はオレが持っている。
これをベアードの周りに配置すれば。
──ぞくっ!
悪寒のようなイヤな感じがして、オレは飛び下がった。
その直後、地面から黒い槍みたいなものが突き出した。
ベアードの足だ。
あっぶねぇ。下がるのが遅れていたら串刺しにされていた。
見ればベアードは足を地面に突き刺している。それが地中を通ってオレを襲ったのか。
ここまでは一〇メートル以上あるし、地面から突き出した足も二メートルを超えている。
どんだけ伸びるんだあの足は?
「厄介な…!」
地中から飛び出す足はミナにも襲いかかっていた。彼女はそれをかわしながらもベアードの拘束を維持している。
オレだって…!
覚悟を決め、オレは走り出した。
「うわっ! わわっ!」
次々と地面からベアードの足が飛び出して来る。
それをなんとかかわしながら、オレはベアードの周囲を回るように走った。
一個…二個…三個…走りながら、結界石をまいて行く。
四個…五個……。
「うわぁっ!?」
急にベアードの足が消えたかと思ったら、オレの左右から五、六本も突き出てきた。ミナに向けてたぶんもオレに向けたのか。
「ツッ!」
右のふくらはぎに激痛。足の一本に、ふくらはぎが切り裂かれていた。
激痛に、オレは膝をついてしまった。
「ハジメ!」
「イッチ!!」
ミナとジョージが叫ぶ。
ベアードの足は一旦、地面に引っ込んだ後、オレを囲むように突き出てきた。
抱囲して突き刺す気だ。
逃げなきゃ…でも、足が動かない!
頭上で、ベアードの槍みたいな足が、オレに狙いをつけた。そして、一斉に襲いかかって来た。
そこに、銃声が轟いた。
ベアードに銃弾が撃ち込まれたんだ。オレに襲いかかろうとしていたベアードの槍足が、びくんと震えて止まった。
撃ったのは碇屋刑事だった。
「この野郎ッ!」
気絶した警官の銃を手にした碇屋刑事が、叫びながら連射する。
ベアードの巨大な眼球に小さな穴が次々と開き、真っ黒い血が流れる。ベアードは苦悶してウニみたいな口をガチガチさせた。
「イッチ! 今だ!」
ジョージが叫ぶ。
わかっている。でも、足が動かな──
「いっいいいっ!?」
いきなり、身体が動いた。足の激痛なんか無視してジャンプしたのだ。
ベアードの上、ビルの三階の窓くらいの高さにまで飛び上がる。
すぐ近くにヌイグルミがいた。
クマちゃんだ。
魔法修行で格闘技の型を覚えるため、あのヌイグルミに身体を操られた。
強制マリオネット、操られ人形。今またオレの身体はクマちゃんに操られ、この大ジャンプとなったのだ。
「グッジョブだ! クマ野郎!」
すごい痛いけど、構ってられない。
オレは空中で残りの結界石をまいた。身体能力の上がったオレは、一投げで結界石を均等にまくことができた。
落下しながらベアードを囲んだ結界石に意識を集中する。
新たな魔法陣が現れ、ベアードを拘束した。
直後、青い魔力の炎をまとった剣を構えたミナがベアードに肉迫する。
「ハッ!!」
上段に振り上げたミナの剣が振り下ろされた。
爆弾が炸裂したような轟音が上がった。
魔力をまとったミナの剣は、ベアードを一刀両断すると同時にその力を解放。文字通り爆発的な魔力が、ベアードの身体を木っ端微塵にした。
剣を振り下ろした姿勢のまま、ミナは左手だけオレに向けた。
落下するオレのすぐ下に光る魔法陣が現れた。オレはその魔法陣に受け止められ、ふんわりと尻から着地した。
3
「見事だぞ。ハジメ」
剣を収めながらミナが言う。
オレの横で、クマちゃんが自分を指差して「自分は?」とアピールする。
「クマちゃん、もちろんそなたも見事だったぞ」
ミナにほめられ、クマちゃんはプラスチックの目を輝かせてオレを見上げた。
ドヤっているのだ。ムカつくけど助かったのは事実だから何も言えない。
「碇屋どのも。ご助勢、感謝する」
「お、おう……」
応えた碇屋さんだが、その直後、はっとして。
「あ、あんた何者なんだ? それとコイツは…えぇえええーっ!?」
碇屋さんはベアードの死体…ていうか残骸を指差して、それが空気に溶けるように消えて行くのを見て、さらに信じられない、という顔になった。
「私はミナ・リリア・ラファナード。ラファナード帝国第七皇女だ」
きりっと、凛々しくミナは名乗ると、ベアードにやられたオレの足に治癒魔法をかけてくれた。
「らふぁ…帝国ぅ?」
「簡単に言うと、魔法が存在する別の世界から来たお姫さまです」
ジョージが解説する。
「別の世界って…!」
碇屋さんは文字通り頭を抱えた。
ムリもない。
目玉の化け物と戦う姫騎士、おまけに動くヌイグルミまでいるんだ。いきなりファンタジーな展開に巻き込まれて、頭の整理が追いついていないのだろう。
「むっ」
オレの治療が終わった直後、突然、ミナは剣に手をかけて後ろを振り向いた。
たくさんの懐中電灯らしいライトの光。大勢の人が近づいて来る。
二〇人くらいいる。その大半は制服を着た警官だった。
「ツチさん!」
「銃声を聞いたが、無事だったか?」
碇屋さんがツチさんと呼んだ人が言う。後でわかったが、太刀川署の署長で鎚田という人だった。
警官たちの何人かは拳銃を抜いている。その警官たちにオレたちは半包囲される形になっていた。
これって一網打尽ってヤツ? オレたちはまとめて逮捕されるのか?
そう思った時だった。
警官たちをかき分けるようにして二人の男が進み出た。
一人は制服姿でエラそうな感じ。碇屋さんが「副総監?」とつぶやいたところをみると、警視庁の副総監なのか?
そしてもう一人は、副総監よりもさらにエラそうに見えた。
年齢は四〇か五〇歳くらいか。身長は一九〇センチ以上あり、制服姿ではなく高級そうなスーツに身を固め、六月だというのに長いコートを着ている。
──魔法使いみたいだ。
長いコートを翻し、大股で歩いてくるその男に、オレはそう思った。
コートの魔法使いは、ミナの前まで来ると、
「ラファナードの皇女とお見受けします」
と言った。
「そなたは?」
「こちらでの名は浦戸啓介。
浦戸──ウラドは跪いて言った。
「お迎えに上がりました。姫様」
えぇええええええ!?