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#47.蟻の一穴ってこのこと



     1



「人が? どうして?」

「まずは身を隠すぞ」


 ミナはそう言うと、オレの肩を抱いて隠形の魔法を使った。


 オレたちを見失ってオロオロしているクマちゃんをつかみ、広場の中央にある大ケヤキへと向かう。


 この大ケヤキは広場のシンボルツリーで、高さは二〇メートル以上もある。その陰に隠れて様子を窺っていると……。


 北の方角から四人の男がやって来た。一人をまん中にして、他の三人がそれを囲むようにしてこっちに歩いてくる。


「ジョージ!?」


 声を上げそうになり、オレは口を押さえた。


 四人のうち、まん中にいたのはジョージだった。

 ヤツを囲んでいる三人のうち二人は制服の警官で、もう一人は先日オレたちを追いかけて来た年配の刑事だった。


「ジョージと警察がなぜ?」

「警官を倒し、ジョージを救出するか?」

「それはマズいって。最後の手段にしよう」


 ヒソヒソと相談する。隠形ステルス魔法は声も認識されないはずだけど、つい小声になってしまう。


「刑事さん、なんて名前でしたっけ?」


 広場に来たジョージが、いきなり会話をはじめた。

 無人の公園、そして感覚レベルが上がったオレたちなら、じゅうぶん聞こえる。


碇屋いかりやだ」


 刑事が答えた。


「どうやってオレを見つけたんです?」

「先日、君の車に〈姫騎士〉が乗り込むのを見かけた。時間と場所が特定できれば、見つけるのは難しくない」


 うげっ! あの時、オレたちは見られていたのか。


「で、あの一帯の防犯カメラを全部調べたってわけ? 蟻の一穴ってのはこのことか…軍師ジョージ、不覚だった」


 ワザとらしい口調でジョージが言う。


 ……そうか。

 あいつ、オレたちに聞かせるために刑事たちと話しているんだな。


「碇屋さんって、実は公安とかだったりします?」

「太刀川署の刑事だよ。何だいきなり?」

「だって〈姫騎士〉へのこだわり方、はっきり言って異常ですから」


 話しながら、ジョージと碇屋刑事たちは、どんどん近づいて来る。

 もう感覚レベルを上げなくてもじゅうぶん聞こえる距離だ。


「噂の〈姫騎士〉が犯したのは不法入国、暴行障害、あと銃刀法違反くらいでしょ? なのに太刀川署総動員プラスSSBCで追いかけるなんて、おかしいですよ」


 そう、ずっと疑問だったことだ。

 警察のミナ捜索はあきらかに異常だった。今のジョージの言葉からすると、本庁の科学捜査員も動員している。


 なぜ、そこまでしてミナを見つけたい?

 見つけてどうするつもりだ?


「………」


 しかし、碇屋刑事は答えない。

 いや、あの顔は答えられないのか。


「その様子では、碇屋さん、理由を知らない?」

「いいから彼女はどこにいるか教えろ。園内にいるのは分かっている」


 苛立ったように碇屋刑事が言う。


「拒否します」


 ジョージは即答した。


「なんだと?」

「オレだって協力したいですよ。でも、彼女の安全を考えると、警察に引き渡して良いのかどうか……」


 ジョージの態度に、警官たちがみるみる不機嫌になってゆく。


「見つけてどうするのか? それを知らない人に協力するのはねぇ……」

「こいつ…!」

「やめろ!」


 ジョージにつかみかかろうとした警官を、碇屋刑事が止める。


「……マスいぞハジメ」


 ミナが険しい声で言った。


「うん、ジョージが──」

「そうではない」


 オレの声を遮ってミナが言う。


「ヤツが来たぞ!」


 ヤツって…ベアードが!?



     2



 ステルスを解いて、ミナが大ケヤキの陰から出た。


「姫! どうして!」


 ジョージが声を上げる。そばの刑事と警官たちも驚きに目を見開いていた。


「碇屋どのと申したか。そなたが警官隊の指揮を執っているのだな?」


 碇屋たちに近づきながらミナが言う。


「お、おう」


 いきなり古風な言い方で、それも萌えボイスで名前を呼ばれて、碇屋刑事は戸惑っているみたいだった。


「ジョージと警官を連れて避難せよ。ここは危険だ」

「危険って?」


 碇屋さんたちはまだ混乱している。


 ジョージはオレたちが何のためにここに来ているのか、話してなかったのか?


 いや、「竜巻を起こす魔物を退治するため」なんて言ったら、パトカーじゃなく救急車を呼ばれてしまう。だから話せなかったんだ。


 どうやって危険を伝える? どうすれば信じてもらえる?


 オレは必死に考えた。だが、もう遅かった。


 ──首の後ろが、ぞわっと来た。


 冷たい、ぞっとするような風が吹いた。

 最初はそよ風くらいだったが、すぐに目も開けてられないほどの強い風になった。


「なんだぁ?」


 警官の一人が悲鳴を上げる。


 強風は渦を巻き、ごうごうとうなりを上げる。


 あっと言う間に、雲一つなかった星空の下、竜巻が発生していた。


 オレたちから二〇メートルほど離れた場所だ。

 竜巻が巻き上げる砂と芝生の切れ端が顔に当たる。

 ジョージと警官たちが悲鳴を上げたみたいだけど、その声は竜巻のうなりにかき消されていた。


 突然、手を握られた。ミナだった。

 握られた手から、じんわりと温かいものがオレの内に広がってゆくのを感じる。

 霊体同士が接触しているんだ。


「準備しろ」


 接触テレパシー──霊体による会話で、ミナが言った。


 その直後、いきなり竜巻がかき消えた。


 静かになった広場に、大きな影が立っていた。

 ベアードだ。


「なんだコイツ!?」


 警官の一人が悲鳴のような叫びを上げた。


 無理もない。二メートルの目玉にクモのアシが生えたみたいな化け物がいきなり現れたのだ。驚かないほうがどうかしている。


「こっちだ!」


 ミナが叫んで、横に走った。オレたちからベアードを引き離そうというのだ。


 ベアードがミナを追って、オレと警官たちから離れる。


 ミナの剣が閃き、ベアードの電光が炸裂する。

 ミナが斬りかかり、ベアードが足を槍のように伸ばして攻撃する。

 夜の公園に姫騎士と魔物の戦いが展開される。


 それをジョージと刑事たちが、あんぐりと口を開けて見ていた。いやジョージのほうは嬉々として見ているな。


 はじめはミナのほうが優勢に見えた。しかし気がつくと、ミナは攻撃よりも防御のほうが多くなっている。


「姫っ!」


 ジョージが不安な声を上げる。


 いや、あれは誘いだ。ミナはベアードを結界石の罠へと誘導しているんだ。


 ミナが大きくバックジャンプした。それを追うベアードが、前の足二本を振り上げて距離を詰める。


「入った!」


 オレは埋められた結界石に意識を集中、魔力を注ぎ込んだ。


 身体の内に、何かがかちりとハマった感覚──次の瞬間、ベアードの下に、直径一〇メートル弱の光る魔法陣が出現した。


「よしっ!」


 魔法陣にベアードを捕らえたぞ。集中を切らさず、結界石に力を注ぎ続けるんだ。


 目玉の下にあるウニみたいな口をガチガチ鳴らし、ベアードがもがく。でも、いくらもがいてもこの力場からは逃げられない。


「ゴキブリホイホイかよ」


 碇屋さんがつぶやく声が聞こえた。


 ムシみたいな魔物だしな。いいたとえだ。


 一方、警官二人は驚きで思考停止フリーズしているのか、声もなく、ふらふらと身体が揺れている。


 ミナが剣を構え直した。その刀身が青く光りはじめた。

 魔力を剣に乗せ、一撃でベアードを倒すつもりだ。


 オレは勝利を確信した。その時──


 ──なんだ?


 今、光る糸みたいなものが見えたぞ?


 その糸の先は……二人の警官たち、その首の後ろにつながっていた。


 これ、警官たちがベアードに操られているんじゃ…!


 気づいた時は遅かった。

 警官たちが拳銃を抜いたのだ。その銃口の先は──


「ミナっ!!」


 夜の公園に、二発の銃声が轟いた。



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