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#46.一番最初はハジメがいい



     1



「これは…ではないか!」


 ミナにプレゼントにと買ってきたもの。それはスマホだった。


「ミナも持っておくと、何かと便利だと思ってさ」


 驚きの目でパッケージから出したスマホを見つめるミナ。


「この世界の魔法──科学の結晶ではないか。私に使えるのだろうか?」


 こわごわ…という感じにスマホを指でつつくミナ。


「セッティングはオレがやるから。大丈夫だよ」


 好奇心と不安でドキドキしているミナをかわいく思いながら、オレはスマホのセッティングをはじめた。


「ハジメの持っているものとは形が違うな」

「一番頑丈なヤツを選んだんだ」


 赤と黒のシャープなデザインのこのスマホは、説明書きによると米軍の採用基準を満たしているくらいタフなモデルだ。防塵、防水はもちろん、二メートルの高さからアスファルトに落としても壊れないという。


「じゃあ、顔認証のセッティングをするよ」

「うむ」

「いや、ピースサインとかしなくていいから」

「カメラを向けられた時、こうするのではないのか?」


 そんなこと、どこで覚えたんだ。


「普通の顔でいいから」

「……こうか?」

「眉間にしわ!」


 闘志満々の鋭い目つきをするミナ。おっかないけど凛々しい。


 とまあ、セッティングだけで大騒ぎである。


 でも、それが楽しい。すごく楽しい。


「次はグループメッセージのアプリだな」

「これはどんな機能なのだ?」

「登録した者全員に、メッセージを送るってものだよ。もちろん特定の誰か一人にメッセージを送ったり、電話──声で会話することもできる」

「通信石と同じだな。しかし登録と解除も自在というのがすごいな」


 ミナによると、彼女の世界の通信機械は、親石と子石の関係にある水晶で作るらしい。特定の個人にだけ通信することは可能だけど、グループから外すには石を破壊するしかないという。


「よし、グループ名はスナガワ作戦にしよう」


 グループはオレとミナ、ジョージの三人だけだからな。この名でいいだろう。


 ジョージに連絡を入れて、グループに招待すると、


「軍師ジョージ、お召しにより参上」


 と、すぐにメッセージが返ってきた。

 あいつ、今は店番しているはずだけどヒマなんだろうか。


「これでハジメとジョージに、同時にメッセージを送ることができるのだな」

「うん。で、こっちに戻って、ここにオレとジョージのアイコンがあるよね。そこを押すと──」

「こうか?」


 と、先頭のジョージのアイコンを押す。


「うん、ジョージだけにメッセージを送りたい時はここを使うんだ。あと、ここのマーク。これは電話といって、ここを押すと声で会話できるんだ」

「なるほど」

「ジョージにかけてみなよ」

「ふむ……」


 と、うなずいたミナだが、


「いや、一番最初はハジメがいい」


 と、オレを見て言った。


 ──一番最初はハジメがいい。


 深い意味はないんだろうけど、ドキドキしてしまう。



     2



「う、うん。それじゃあ、やってみて」

「よし」


 たとだとしく指でスマホをタッチするミナ。

 すぐに、オレのスマホに通知音が来た。


「これがこのアプリで通話が来た合図だよ」


 と、オレは通話に出た。


「もしもし…で良いのだったな?」


 目の前にいるミナ、そして耳にしたスマホから流れるミナの声。ちょっと舌足らずな萌えボイスはスマホごしでもかわいい。


「うん」

「何故、笑う? 聞こえているか?」

「うん、聞こえるよ」

「おお、聞こえたぞ!」


 目の前にいるのに通話する。

 マヌケな状況なのに、楽しい。そして嬉しい。


 いきなりミナは立ち上がると、


「ハジメはここにいてくれ。離れた場所で試してみる」


 言うなりミナはだだだっと走って茶の間を出た。数秒後、


「今、玄関だ。聞こえるか?」

「もちろん、聞こえるよ」

「よし、次は庭に出て試すぞ」


 その言葉が終わらないうちにドアが開く音がした。

 新しいオモチャをもらった子どもみたいにはしゃいでいる。


「もしもし、ハジメ。聞こえるか?」

「聞こえるよ。ミナ」


 なんだろうな、このかわいい生き物は。こんなかわいい剣聖がいるのか?


 オレの内側に、じんわりと温かいものが広がるのを感じた。

 これが愛おしいという気持ちなのかもしれない。


 そんな通話を五、六分ほどしていたか。


「では、グループメッセージとやらを試すぞ」


 と、言ってミナは通話を切った。


 ……しばらくしてグループメッセージが来た。


「スナガワ作戦第二段階、今夜決行す!」


 やはり剣聖。姫騎士だな。はしゃいでいても戦いを忘れてはいなかった。


 オレも気合いを入れないとな。


「OK!」

「御意!」


 オレとジョージ、二人のメッセージが同時に表示された。


 ベアード討伐スナガワ作戦は実施フェーズに入ったのだ。



     3



 ──夜。


 オレたちは国営公園にやって来た。


「姫、ご武運を!」

「うむ」


 ジョージに見送られ、オレとミナ、それにクマちゃんは北側のゲートから園内に入った。


 ジョージはここまでのオレたちの輸送と、何かあった時のためにミニバンで待機。


 オレは配置した結界石にエネルギーを供給するのが役割で、クマちゃんはその護衛だ。

 ベアードは電光とか子グモとか遠距離武器も使うからな。

 でも、このヌイグルミがオレを護ってくれるのかはちょっと疑問だ。普段が普段だからな。


 そしてミナはもちろんベアードと戦うのが役割だ。

 そのため今回は最初から姫騎士スタイルである。


 時刻は二二時を少し過ぎたところ。閉園時間はとっくに過ぎ、職員もいまはいないはずだ。

 でも念のため、オレたちはジョージのミニバンを降りてすぐ隠形の魔法でステルス化していた。


 それはつまり、ミナと手を握って歩くということだ。


 胸がドキドキする。小学生かっ、と自分に呆れたけど、ドキドキは止まらない。


 ちらりと見ると、ミナは平静そのものだった。


 オレひとりが意識しているのか。ミナはオレを男として見ていないのかもしれないな。


「どうした?」


 急にミナがオレのほうを向いた。


「ええっと、静かすぎて、気味が悪いなって……」


 アセって、つい、そんなことを言ってしまう。


 閉園時間をとっくに過ぎた無人の国営公園はとても静かだった。

 灯りは常夜灯がちょこちょこあるだけで、その照明の範囲外は暗く、闇に沈んでいる。


「そうか? 私は落ち着くがな」


 そう言って、ミナは空を見上げた。


 雲一つない空。照明が少ないこともあって、たくさんの星が見える。


「こちらの世界は、少々賑やかすぎるからな……」


 つぶやくように言ったその横顔はさびしそうに見えた。


 元の世界に還りたいの?


 言いかけた言葉を、オレは飲み込んだ。


 当たり前だ。還りたいに決まっている。

 いきなり価値観も何も違う場所に、ひとりぼっちで放り出されたんだ。ホームシックになるのが普通だ。


 ミナとずっと一緒にいたい。

 でも、それはミナがずっと還れないということで……。


 ドキドキとは別のものでオレの胸は苦しくなっていた。


「着いたぞ」


 気がつくと、オレたちは決戦場である広場に来ていた。


 ──『みんなの原っぱ』。


 前に、おばばたちとランチした場所。そして異世界の青い花を見つけた場所だ。


 ここがベアードとの決戦場に選んだ場所だ。

 公園の中央にあるこの広場は、南北約四〇〇メートル、東西約三〇〇メートルという広さがある。


 ここならミナが全力で剣を振るっても大丈夫だ。


「スナガワ作戦、第二段階、開始」


 と、ジョージのスマホにメッセージを送り、オレとクマちゃんで、結界石のクリスタルを埋める作業をはじめた。


 円形に、等間隔になるよう結界石を埋めてゆく。

 念のため、シンボルツリーのケヤキの木からはなるべく距離をとっておいた。


「やるぞ」


 隠形ステルスを解いたミナが宣言した。


「第三段階、ミナが気配を打ち上げる」


 と、オレがジョージにメッセージを送ったのと同時に、ミナが左手の人差し指と中指を揃えて立てると、その手を空に向けて突き上げた。


 指先から光の玉みたいなものが放たれた。ソフトボールくらいの大きさの光の玉は、ぐんぐん上昇してゆく。


 光が見えなくなってしばらくして、空に光の円が生まれた。


 光の円は、どんどん広がってゆく。あっという間に広場よりも広がり、視界の範囲の外にまで広がっていった。


 これがミナの言う「自分の気配を打ち上げる」というものだった。


 キレイだった。

 あの光は霊鎖を解いた者にしか見えないから、世間を騒がす心配はない。

 でも、誰にも見られてないなんてもったいないかも。


 そして、オレたちは待った。


「いつ来るのかな?」

「さて、すぐにも来るか、一時間後か。あるいは……」


 ミナはつぶやいた。


 この作戦のネックはこれだった。

 ヤツが現れるまで、どれだけかかるかわからないのである。長期戦を覚悟しないとな。


「あれ?」


 ジョージにメッセージを送ろうとスマホを見ると、さっき送った「第三段階、ミナが気配を打ち上げる」に既読がついていなかった。


 トイレか買い出しにでも行っているのか? なんて考えていると、


「ハジメ」


 緊張した様子でミナが言った。


「何者かの気配がするぞ」

「えっ、ベアード?」


 もう来たのか、とオレは緊張した。しかし、


「いや、この気配は人だ。それも何人もいる」



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