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#45. スナガワ作戦、第一段階



     1



 ──翌朝。


 スナガワ作戦の第一段階が開始…の前に、例によって庭で魔法修行があった。


「ハジメは膨大な魔力を生み出す才能がある」


 例によってブロンドの髪をツインテにしたジャージ姿のミナが、腕組みをして言った。


「新たな魔物ベアード。ヤツを捕らえる魔力結界に、ハジメのこの力を借りようと思う」

「オレがトラップのパワーソースになるってわけか。できるかな……」

「ハジメは、時々自己評価が低いな」


 自信の無いオレにミナが顔をしかめた。


 うう、たしかにその傾向はあるかもしれない。


 何年もブラック企業に勤めていたせいかな。

 毎日、文句を言われ、怒鳴られ、否定され続けた。その内、否定されること前提で思考するようになっていた。


 自分はダメだ、底辺だから、罵倒され否定されるんだ。

 そう考えるようになっていた。そうやって自分を守っていたんだ。


「ヘリの力の源──とやらを止めたではないか。自信を持て」

「う、うん」


 まっすぐミナが見つめている。


 オレに期待し、信頼している。

 嬉しいんだけど、プレッシャーでもある。

 うまくできなかったら。期待に応えられなかったらどうしようと、つい考えてしまう。


「とはいえ不安要素はある。ハジメは集中力にムラがあるからな」

「ムラがある…かな?」


 ムラどころか集中力がない、という自覚はあるけど。


「料理している時はすごいぞ。細かい作業を、途切れることなくこなしている。そうかと思えば、ハトの時のように急に集中が切れる」

「あれは……」


 あれは、ミナにドキドキしたせいで…と、言いかけて、あわててやめた。


「つまり、今日の修行は集中力を高めるためのもの、というわけだね」

「うむ。そのとおりだ」


 ミナがうなずくと同時に、しゅたっとクマちゃんがその隣に立った。


「まさか、またコイツと…?」


 オレの言葉が言い終わらないうちに、クマちゃんが殴りかかってきた。


「おっと!」


 しかしオレはさっと左手で払うようにして攻撃をかわした。


「オレだって成長しているんだ。いつまでも殴られっぱなじゃないぜ」


 第一の霊鎖を解き、何日もミナの国の格闘技の型、そしてこのクマ野郎とのスパーリングをしてきたのだ。簡単にやられるかよ。


「うむ。だから少し趣向を変える」


 ミナが人差し指と中指を揃えてクマちゃんを指した。クマちゃんの下に光る魔法陣が現れたかと思うと、その姿が消えた。


隠形ステルス魔ほ──うぶっ!」


 見えなくなったクマちゃんのパンチがオレの顔面に炸裂した。


「姿は見えずとも気配はある。殺気を感じるんだ」

「気配…って! ぐはっ!」


 腹にパンチを食らった。


「この野郎!」


 と、蹴りを放ったが見えない相手に当たるはずもない。

 今度は背中に一撃を食らう。


「見るんじゃない。感じるんだ」


 怪鳥音を上げるアクションスターみたいなことをミナが言う。

 いやあれは、考えるな、感じろ、だったか。


 突然、クマちゃんからの攻撃が止んだ。


 なんかバカにしている気配を感じるのは気のせいか?


 五感を高めるのではなく、広げるんだっけか……。


 ふと、首の後ろが寒くなった。


「わっ?」


 思わず首をすくめた。その頭の上を蹴りがかすめた。


「これが殺気か!」


 なんとなく、だがヤツが攻撃をしかけてくる気配…みたいなものがわかってきた。


「くっ、このっ! まだ来るか!」


 次々と襲い来る攻撃。それをなんとかかわす。


「ぐへっ!」


 でもすべてをかわすことはできない。

 また顔面に一発もらってしまい、オレはぶっ倒れた。



     2



 ステルスクマちゃんとのスパーリングは二時間ほど続いた。

 へばる度に、ミナに回復してもらい、疲労もケガもないけど、精神的にはヘトヘトだ。


「だいぶかわせるようになったな。なかなかの進歩だぞ」


 ミナに回復してもらいながら息を整える。

 ミナが言う通り、三発中二発はかわせるようになった。でも、これでほんとに集中力が高まったのだろうか。


 クマちゃんが腕を組んでうんうんとうなずく。その上から目線にムカつく。


「こいつ殺気っていうか、殺意が高すぎないか?」

「クマちゃんはハジメの霊体をコピーした。ハジメの秘めた闘争心が現れているのやもしれぬな」

「えぇ~?」


 なんかミナは肯定的だけど、オレは嬉しくなかった。

 このヌイグルミのは闘争心ていうより凶暴性だ。つまりオレに暴力を好む一面があるということじゃないのか。


「あるいは前の持ち主と関係する、存在の記憶のせいか……」

「残留思念ってヤツ? 前の持ち主はヤンキーか何かか? ぐえっ!」


 言い終わらないうちにクマちゃんにどつかれた。


 ぜってぇオレのじゃないぞ。この凶暴さは。



     ×   ×   ×



 午後、オレは魔力結界を作る魔法具の材料である水晶を買いに街に出た。

 警察がいまだにミナを探しているので、彼女は留守番だ。


 街の通りも、人々も何も変わらない。

 見慣れた日常の中を歩いていると、オレ自身、魔物や〈ゲート〉の脅威がすぐそこにあることを忘れてしまいそうだ。


 なんかひさしぶりだな。一人で街を歩くのって。

 いや、ひさしぶりといったって数日ぶりってものじゃなかったか。自分で自分にツッコミを入れてしまう。


 いつもミナと一緒だったから、かな。


 ひさしぶり、と感じたのは、いつもと違うからかもしれない。

 いつの間にか、オレは隣にミナがいることを当たり前のように思っていたんだな。


 はじめのうちは、ミナの、ファンタジーな世界の住人の価値観や行動にビックリしたり、ヒヤヒヤしたりしたけれど、今はそれも楽しい。


 グリムリ、ベアードら魔物の出現に、世界を滅ぼす〈ゲート〉の存在。こわいけど、ワクワクしている自分もいる。


 宝くじで一〇億当たったことよりも、ミナと出会えたことのほうがオレにとってラッキーだった。今はそう思う。


 それが、そう遠くない未来、彼女とお別れすることが確定しているとしても……。


 いつの間にか、目的の自然石店の目の前に来ていた。


 オレは頭をぶんぶんと振って気持ちを切り換えた。


 どうにもならないことを考えても鬱々するだけだ。

 今できることをする。今を全力で楽しむ。

 できればミナにも楽しい時間を過ごしてほしい。


 ふと、自然石店の向かいにある店が目に留まった。


 そうだ。水晶を買ったら、アレも買っておこう。



     ×   ×   ×



「……よし!」


 新しく買ってきた水晶とアルミ缶で、ミナが魔力結界の魔法具を作るのに三〇分ほどかかった。


「これが結界石ってヤツなのか」


 ちゃぶ台の上には、親指の先くらいの大きさのクリスタルが八コ乗っていた。

 水晶の中には、糸状になったアルミがト音記号みたいな形で入っている。そう、埋め込むではなく「入っている」んだ。


 ミナがテストだと言って、手の平をかざして魔力を注いだ。


 すると、クリスタルの中にあるアルミ線がぼんやりと光った。まるで白熱電球か真空管だ。


「この八つの結界石を等間隔で円形に配置する。私がその中にベアードを追い込み、ハジメが魔力を注げば、魔力の力場が発生し、ヤツを拘束する、というわけだ」

「で、そこをミナが仕留める、と」

「そのとおり」


 そう言ってミナは笑うと、ふう、と大きく息をついた。


 かなり消耗しているみたいだ。

 オレはお茶を淹れてミナに出した。


「慣れぬ作業だったからな。少しばかり疲れた」


 そう言うと、ミナは美味しそうにお茶を飲んだ。


「作戦開始は?」

「今夜からだ」


 間髪入れずミナが言う。


「じゃあ、その前にミナにプレゼントがあるんだ」

「は?」


 きょとんとするミナ。


「もしかしたら作戦に使うかもしれないよ」


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