1
──翌朝。
スナガワ作戦の第一段階が開始…の前に、例によって庭で魔法修行があった。
「ハジメは膨大な魔力を生み出す才能がある」
例によってブロンドの髪をツインテにしたジャージ姿のミナが、腕組みをして言った。
「新たな魔物ベアード。ヤツを捕らえる魔力結界に、ハジメのこの力を借りようと思う」
「オレがトラップのパワーソースになるってわけか。できるかな……」
「ハジメは、時々自己評価が低いな」
自信の無いオレにミナが顔をしかめた。
うう、たしかにその傾向はあるかもしれない。
何年もブラック企業に勤めていたせいかな。
毎日、文句を言われ、怒鳴られ、否定され続けた。その内、否定されること前提で思考するようになっていた。
自分はダメだ、底辺だから、罵倒され否定されるんだ。
そう考えるようになっていた。そうやって自分を守っていたんだ。
「ヘリの力の源──
「う、うん」
まっすぐミナが見つめている。
オレに期待し、信頼している。
嬉しいんだけど、プレッシャーでもある。
うまくできなかったら。期待に応えられなかったらどうしようと、つい考えてしまう。
「とはいえ不安要素はある。ハジメは集中力にムラがあるからな」
「ムラがある…かな?」
ムラどころか集中力がない、という自覚はあるけど。
「料理している時はすごいぞ。細かい作業を、途切れることなくこなしている。そうかと思えば、ハトの時のように急に集中が切れる」
「あれは……」
あれは、ミナにドキドキしたせいで…と、言いかけて、あわててやめた。
「つまり、今日の修行は集中力を高めるためのもの、というわけだね」
「うむ。そのとおりだ」
ミナがうなずくと同時に、しゅたっとクマちゃんがその隣に立った。
「まさか、またコイツと…?」
オレの言葉が言い終わらないうちに、クマちゃんが殴りかかってきた。
「おっと!」
しかしオレはさっと左手で払うようにして攻撃をかわした。
「オレだって成長しているんだ。いつまでも殴られっぱなじゃないぜ」
第一の霊鎖を解き、何日もミナの国の格闘技の型、そしてこのクマ野郎とのスパーリングをしてきたのだ。簡単にやられるかよ。
「うむ。だから少し趣向を変える」
ミナが人差し指と中指を揃えてクマちゃんを指した。クマちゃんの下に光る魔法陣が現れたかと思うと、その姿が消えた。
「
見えなくなったクマちゃんのパンチがオレの顔面に炸裂した。
「姿は見えずとも気配はある。殺気を感じるんだ」
「気配…って! ぐはっ!」
腹にパンチを食らった。
「この野郎!」
と、蹴りを放ったが見えない相手に当たるはずもない。
今度は背中に一撃を食らう。
「見るんじゃない。感じるんだ」
怪鳥音を上げるアクションスターみたいなことをミナが言う。
いやあれは、考えるな、感じろ、だったか。
突然、クマちゃんからの攻撃が止んだ。
なんかバカにしている気配を感じるのは気のせいか?
五感を高めるのではなく、広げるんだっけか……。
ふと、首の後ろが寒くなった。
「わっ?」
思わず首をすくめた。その頭の上を蹴りがかすめた。
「これが殺気か!」
なんとなく、だがヤツが攻撃をしかけてくる気配…みたいなものがわかってきた。
「くっ、このっ! まだ来るか!」
次々と襲い来る攻撃。それをなんとかかわす。
「ぐへっ!」
でもすべてをかわすことはできない。
また顔面に一発もらってしまい、オレはぶっ倒れた。
2
ステルスクマちゃんとのスパーリングは二時間ほど続いた。
へばる度に、ミナに回復してもらい、疲労もケガもないけど、精神的にはヘトヘトだ。
「だいぶかわせるようになったな。なかなかの進歩だぞ」
ミナに回復してもらいながら息を整える。
ミナが言う通り、三発中二発はかわせるようになった。でも、これでほんとに集中力が高まったのだろうか。
クマちゃんが腕を組んでうんうんとうなずく。その上から目線にムカつく。
「こいつ殺気っていうか、殺意が高すぎないか?」
「クマちゃんはハジメの霊体をコピーした。ハジメの秘めた闘争心が現れているのやもしれぬな」
「えぇ~?」
なんかミナは肯定的だけど、オレは嬉しくなかった。
このヌイグルミのは闘争心ていうより凶暴性だ。つまりオレに暴力を好む一面があるということじゃないのか。
「あるいは前の持ち主と関係する、存在の記憶のせいか……」
「残留思念ってヤツ? 前の持ち主はヤンキーか何かか? ぐえっ!」
言い終わらないうちにクマちゃんにどつかれた。
ぜってぇオレのじゃないぞ。この凶暴さは。
× × ×
午後、オレは魔力結界を作る魔法具の材料である水晶を買いに街に出た。
警察がいまだにミナを探しているので、彼女は留守番だ。
街の通りも、人々も何も変わらない。
見慣れた日常の中を歩いていると、オレ自身、魔物や〈ゲート〉の脅威がすぐそこにあることを忘れてしまいそうだ。
なんかひさしぶりだな。一人で街を歩くのって。
いや、ひさしぶりといったって数日ぶりってものじゃなかったか。自分で自分にツッコミを入れてしまう。
いつもミナと一緒だったから、かな。
ひさしぶり、と感じたのは、いつもと違うからかもしれない。
いつの間にか、オレは隣にミナがいることを当たり前のように思っていたんだな。
はじめのうちは、ミナの、ファンタジーな世界の住人の価値観や行動にビックリしたり、ヒヤヒヤしたりしたけれど、今はそれも楽しい。
グリムリ、ベアードら魔物の出現に、世界を滅ぼす〈ゲート〉の存在。こわいけど、ワクワクしている自分もいる。
宝くじで一〇億当たったことよりも、ミナと出会えたことのほうがオレにとってラッキーだった。今はそう思う。
それが、そう遠くない未来、彼女とお別れすることが確定しているとしても……。
いつの間にか、目的の自然石店の目の前に来ていた。
オレは頭をぶんぶんと振って気持ちを切り換えた。
どうにもならないことを考えても鬱々するだけだ。
今できることをする。今を全力で楽しむ。
できればミナにも楽しい時間を過ごしてほしい。
ふと、自然石店の向かいにある店が目に留まった。
そうだ。水晶を買ったら、アレも買っておこう。
× × ×
「……よし!」
新しく買ってきた水晶とアルミ缶で、ミナが魔力結界の魔法具を作るのに三〇分ほどかかった。
「これが結界石ってヤツなのか」
ちゃぶ台の上には、親指の先くらいの大きさのクリスタルが八コ乗っていた。
水晶の中には、糸状になったアルミがト音記号みたいな形で入っている。そう、埋め込むではなく「入っている」んだ。
ミナがテストだと言って、手の平をかざして魔力を注いだ。
すると、クリスタルの中にあるアルミ線がぼんやりと光った。まるで白熱電球か真空管だ。
「この八つの結界石を等間隔で円形に配置する。私がその中にベアードを追い込み、ハジメが魔力を注げば、魔力の力場が発生し、ヤツを拘束する、というわけだ」
「で、そこをミナが仕留める、と」
「そのとおり」
そう言ってミナは笑うと、ふう、と大きく息をついた。
かなり消耗しているみたいだ。
オレはお茶を淹れてミナに出した。
「慣れぬ作業だったからな。少しばかり疲れた」
そう言うと、ミナは美味しそうにお茶を飲んだ。
「作戦開始は?」
「今夜からだ」
間髪入れずミナが言う。
「じゃあ、その前にミナにプレゼントがあるんだ」
「は?」
きょとんとするミナ。
「もしかしたら作戦に使うかもしれないよ」