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#44.難しい問題が一つ



     1



 第一の魔物グリムリ。そして第二の魔物ベアード。

 二体の魔物のねらいはミナだったのか?


 ジョージが運転するミニバンは、しばらく沈黙に包まれた。


「でもどうして? 何故魔物はミナを狙うんだ?」

「それは分からぬ」


 ミナにもわからないのか。


「ミナは誰かに追われている、なんてことは?」

「警察に追われているが」

「元いた世界で、ミナを狙っているヤツがいたとか?」


 ミナは帝国の皇女だ。御家騒動とか、クーデターとか革命とかがあるのかも? 

 そう思って訊いたのだが、


「帝国はここ五〇年ほどはいたって平和だ。私が知らぬだけかもしれないが、内乱の兆しなどはない。それに私は第七皇女。皇位継承の序列は高くない。私を始末することで誰かの地位が上がることはないと思うぞ」


 とのことだった。


「警察に魔物にと、姫も大変ですな」


 軽いノリで言うジョージ。空気が重いのをなんとかしようとわざと言っているのだ。


「政治的な理由がないとすると、ベアードが個人的に姫を狙っているのでしょうか」


 グリムリは小魔、上級の魔物や魔法使いの使い魔になっているという話しだった。今回現れたベアードがグリムリの主人だったというわけか。

 魔物の狙い、目的はなんだろう?


「……あ」

「何か思いついたかイッチ?」


 トンデモな考えだけど、オレは思いついたことがあった。


「ベアードは、あの見た目だけど知能が高いように見えた。魔物でも異世界に飛ばされたら、元の世界に還りたいって思うんじゃないかな?」

「それは人間的すぎないか? それに、元の世界に還ることと姫がどう関係するんだ?」


 ジョージが反論する。

 たしかに、そうかもしれないな。


「……あるかもしれぬな」


 ミナは考えながら話しはじめた。


「魔物は高位の人間、すなわち霊鎖を解放したものを喰らうことで力を得るという。それと、古代の禁忌魔法には人間を用いて〈ゲート〉を開くものがあったと聞く」

「つまりベアードは、ミナを食べたい、または〈ゲート〉の生贄にしようと企んでいる?」


 自分でいっておいてなんだけど、そんな恐ろしいこと考えているのかあの目玉グモは。


「いずれにしろ、あのような強力な魔物を野放しにしておけぬ。狙いが私だというならなおさらだ」

「でもどうするの? どこにいるのかもわからないし」


 ベアードは竜巻に乗って雲の上に飛び去った。その後どこに行ったか見当も着かない。

 どこかに住み処があるのだろうけど、それが雲の中か地面の下かもわからない。


「──手はある」


 ミナが重々しく言った。


「ヤツをおびき寄せ、そして倒すのだ」



     2



「ベアードに手傷を負わせた。あの傷なら二、三日は回復に努めるだろう」


 切り落とした足を再生するのにそのくらいはかかるのか。

 その間に、ベアードをおびき寄せて戦う準備をするというわけか。


「まずはヤツを誘い出し、戦う場所だ。人がおらず、広くて被害が出ない場所はないか」

「それなら国営公園ですな」

「中央にある広場ならいいよな」


 先日、ミナと行った国営公園、その中央にある広場なら、ミナが全力で剣を振るったとしても、人や建物に被害は出ない。


 自衛隊による閉鎖は近いうちに解かれるだろうけど、二〇時以降なら閉園して人はいないはずだ。


「では、決戦場はそこにしよう。次はヤツを捕らえる罠の準備だ。魔法具作りにまた水晶とパラーガ──アルミが必要だ」

「アルミならここに。足りますかな?」


 ジョージが、ドアのドリンクホルダーに入れていたエナドリのロング缶を持ち上げて見せた。


「十分だ」


 ミナがうなずき、ジョージは景気づけのように中身を一気に飲み干した。


「ハジメ、ジョージ、また手を貸してくれ。すまないな」

「なんの、自分の世界を護るため。おばばの仇を打つためです!」

「そうだ。もっと頼ってくれ」


 すまなそうに言うミナに、ジョージとオレは答えた。


「しかし…難しい問題が一つあるな」


 まじめな顔になってジョージが言う。


「なんだ?」


 オレたちの軍師ジョージが難しいという問題ってなんだ?


「作戦名だよ」

「……は?」

「ベアードを撃滅するこの作戦の名前だよ。タチカワ作戦じゃ安直だからな」

「お前なあ」


 オレは呆れてしまった。言葉もないとはこのことだ。しかしミナは、


「いや、さすが我らの軍師だ。よき作戦名は士気を高揚させるものだ」


 と、本気で感心し、うなずいてる。


 そうだった。

 ミナは魔法少女的な変身をする、魔法を使う姫騎士だった。存在自体が厨二的ロマンで、思考もこっち側なんだ。


「作戦名はジョージに任せるとして、流れを説明するぞ」


 マジなモードになってミナが言う。


「まずは第一段階。私がベアードを捕らえる魔法具を作る」

「アルミはあるから、水晶を手に入れるのはオレの役目だな」


 ミナによると、以前作った歪み検知器と同じような水晶で良いという。

 前に水晶を買ったあの店で入手できるだろう。


「第二段階。 夜、あの公園の広場に入り、罠を仕掛ける」

「移動のアシはオレですな」

「うむ。罠の設置はハジメに手伝って貰う」


 移動はジョージのミニバン。設置のアシストはオレというわけだ。


「第三段階。私が自分の気配を打ち上げ、ヤツを公園におびき出す」

「そして魔法具の罠にかけ、姫が仕留める…というわけですな」


 その後、オレたちは細かい段取りと役割を決めた。


 それが一段落した頃、ジョージのミニバンはオレの新居へと着いた。


「それでは、本作戦をスナガワ作戦と呼称します」


 車を停めたジョージがそう宣言した。


 決戦場となる国営公園をふくむこの一帯は、昔、砂川村と呼ばれていた。それにちなんだ名称だった。


「明日より開始だ。頼むぞ!」

「「おう!」」


 ミナの檄に、オレとジョージは叫んだ。


 いつの間にかオレの気持ちも昂ぶっていた。

 たった三人だけど、気分は怪獣に立ち向かう防衛軍だ。


 車を降りると、遠くに救急車のサイレンが聞こえた。封鎖地区に向かっているのだろう。ここに来るまでパトカーにも何回かすれ違った。


「このぶんだと、明日も駅周辺は警察だらけかもしれない。気をつけろよイッチ」

「ああ」


 ベアードと戦っていた辺りは停電していたから、もし生きたカメラがあったとしてもミナの姿は映ってないだろう。


 でも念のため、しばらくミナは外出を控えてもらい、出かけるのはオレ一人にしたほうがいいだろうな。


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