1
第一の魔物グリムリ。そして第二の魔物ベアード。
二体の魔物のねらいはミナだったのか?
ジョージが運転するミニバンは、しばらく沈黙に包まれた。
「でもどうして? 何故魔物はミナを狙うんだ?」
「それは分からぬ」
ミナにもわからないのか。
「ミナは誰かに追われている、なんてことは?」
「警察に追われているが」
「元いた世界で、ミナを狙っているヤツがいたとか?」
ミナは帝国の皇女だ。御家騒動とか、クーデターとか革命とかがあるのかも?
そう思って訊いたのだが、
「帝国はここ五〇年ほどはいたって平和だ。私が知らぬだけかもしれないが、内乱の兆しなどはない。それに私は第七皇女。皇位継承の序列は高くない。私を始末することで誰かの地位が上がることはないと思うぞ」
とのことだった。
「警察に魔物にと、姫も大変ですな」
軽いノリで言うジョージ。空気が重いのをなんとかしようとわざと言っているのだ。
「政治的な理由がないとすると、ベアードが個人的に姫を狙っているのでしょうか」
グリムリは小魔、上級の魔物や魔法使いの使い魔になっているという話しだった。今回現れたベアードがグリムリの主人だったというわけか。
魔物の狙い、目的はなんだろう?
「……あ」
「何か思いついたかイッチ?」
トンデモな考えだけど、オレは思いついたことがあった。
「ベアードは、あの見た目だけど知能が高いように見えた。魔物でも異世界に飛ばされたら、元の世界に還りたいって思うんじゃないかな?」
「それは人間的すぎないか? それに、元の世界に還ることと姫がどう関係するんだ?」
ジョージが反論する。
たしかに、そうかもしれないな。
「……あるかもしれぬな」
ミナは考えながら話しはじめた。
「魔物は高位の人間、すなわち霊鎖を解放したものを喰らうことで力を得るという。それと、古代の禁忌魔法には人間を用いて〈ゲート〉を開くものがあったと聞く」
「つまりベアードは、ミナを食べたい、または〈ゲート〉の生贄にしようと企んでいる?」
自分でいっておいてなんだけど、そんな恐ろしいこと考えているのかあの目玉グモは。
「いずれにしろ、あのような強力な魔物を野放しにしておけぬ。狙いが私だというならなおさらだ」
「でもどうするの? どこにいるのかもわからないし」
ベアードは竜巻に乗って雲の上に飛び去った。その後どこに行ったか見当も着かない。
どこかに住み処があるのだろうけど、それが雲の中か地面の下かもわからない。
「──手はある」
ミナが重々しく言った。
「ヤツをおびき寄せ、そして倒すのだ」
2
「ベアードに手傷を負わせた。あの傷なら二、三日は回復に努めるだろう」
切り落とした足を再生するのにそのくらいはかかるのか。
その間に、ベアードをおびき寄せて戦う準備をするというわけか。
「まずはヤツを誘い出し、戦う場所だ。人がおらず、広くて被害が出ない場所はないか」
「それなら国営公園ですな」
「中央にある広場ならいいよな」
先日、ミナと行った国営公園、その中央にある広場なら、ミナが全力で剣を振るったとしても、人や建物に被害は出ない。
自衛隊による閉鎖は近いうちに解かれるだろうけど、二〇時以降なら閉園して人はいないはずだ。
「では、決戦場はそこにしよう。次はヤツを捕らえる罠の準備だ。魔法具作りにまた水晶とパラーガ──アルミが必要だ」
「アルミならここに。足りますかな?」
ジョージが、ドアのドリンクホルダーに入れていたエナドリのロング缶を持ち上げて見せた。
「十分だ」
ミナがうなずき、ジョージは景気づけのように中身を一気に飲み干した。
「ハジメ、ジョージ、また手を貸してくれ。すまないな」
「なんの、自分の世界を護るため。おばばの仇を打つためです!」
「そうだ。もっと頼ってくれ」
すまなそうに言うミナに、ジョージとオレは答えた。
「しかし…難しい問題が一つあるな」
まじめな顔になってジョージが言う。
「なんだ?」
オレたちの軍師ジョージが難しいという問題ってなんだ?
「作戦名だよ」
「……は?」
「ベアードを撃滅するこの作戦の名前だよ。タチカワ作戦じゃ安直だからな」
「お前なあ」
オレは呆れてしまった。言葉もないとはこのことだ。しかしミナは、
「いや、さすが我らの軍師だ。よき作戦名は士気を高揚させるものだ」
と、本気で感心し、うなずいてる。
そうだった。
ミナは魔法少女的な変身をする、魔法を使う姫騎士だった。存在自体が厨二的ロマンで、思考もこっち側なんだ。
「作戦名はジョージに任せるとして、流れを説明するぞ」
マジなモードになってミナが言う。
「まずは第一段階。私がベアードを捕らえる魔法具を作る」
「アルミはあるから、水晶を手に入れるのはオレの役目だな」
ミナによると、以前作った歪み検知器と同じような水晶で良いという。
前に水晶を買ったあの店で入手できるだろう。
「第二段階。 夜、あの公園の広場に入り、罠を仕掛ける」
「移動のアシはオレですな」
「うむ。罠の設置はハジメに手伝って貰う」
移動はジョージのミニバン。設置のアシストはオレというわけだ。
「第三段階。私が自分の気配を打ち上げ、ヤツを公園におびき出す」
「そして魔法具の罠にかけ、姫が仕留める…というわけですな」
その後、オレたちは細かい段取りと役割を決めた。
それが一段落した頃、ジョージのミニバンはオレの新居へと着いた。
「それでは、本作戦をスナガワ作戦と呼称します」
車を停めたジョージがそう宣言した。
決戦場となる国営公園をふくむこの一帯は、昔、砂川村と呼ばれていた。それにちなんだ名称だった。
「明日より開始だ。頼むぞ!」
「「おう!」」
ミナの檄に、オレとジョージは叫んだ。
いつの間にかオレの気持ちも昂ぶっていた。
たった三人だけど、気分は怪獣に立ち向かう防衛軍だ。
車を降りると、遠くに救急車のサイレンが聞こえた。封鎖地区に向かっているのだろう。ここに来るまでパトカーにも何回かすれ違った。
「このぶんだと、明日も駅周辺は警察だらけかもしれない。気をつけろよイッチ」
「ああ」
ベアードと戦っていた辺りは停電していたから、もし生きたカメラがあったとしてもミナの姿は映ってないだろう。
でも念のため、しばらくミナは外出を控えてもらい、出かけるのはオレ一人にしたほうがいいだろうな。