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#41.猫の子一匹



     1



 封鎖された通りは、思っていた以上に明るかった。

 多くの作業員が入り、あちこちで工事現場用の作業灯が点けられていたからだ。


 その一方、通りの両側に並ぶビルのほとんどは照明が消えている。

 この通りは、就職先への通り道だったが、こんなふうにビルのほとんどが照明が消えた姿を見たのははじめてだ。

 ガラス窓の多くが割れたり、ひびが入っていたりすることもあって、知らない土地に来たみたいだ。


 モノレールの高架をくぐり「立ち入り禁止」のバリケードを越える。

 封鎖といっても災害現場なので、警官が見張りに立っていることもない。同じような作業着の人たちが大勢いるため、オレは誰にも見咎められず入ることが出来た。


 夕方に来た時は、放置された車が何台かあったけど、今は片付けられていた。今通りにあるのは土建屋のトラックか電気工事会社のバンばかりだ。


 ちょっとほこりくさい。

 そういや、大きな地震のあとは、家中がほこりくさくなったって、母さんが言ってたっけ。

 ここは災害現場なんだと、オレはあらためて思った。


 ミナの姿はやはり見えない。

 第一の霊鎖を解いたオレだけど、隠形の魔法を見破るほどではないのだ。


 未熟…というよりようやくレベル1ってところなんだよなオレは。


 こういう未熟なキャラが主人公ヒーローを追いかけて行くシチュエーションって、だいたい二パターンだよな。


 主人公がピンチの時に出くわして、助けるパターン。

 もう一つのパターンは、主人公の足を引っ張り、そろってピンチに陥いるというものだ。


 これがアニメやゲームなら、視聴者やユーザーから罵倒されるキャラだなオレ。怪獣映画なんかで、逃げる途中で転ぶ子どものようなものだ。


 以前のオレだったら、魔物、それも高レベルなヤツがいる可能性がある場所なんか、絶対に行かなかっただろう。


 でも今回は、自分でもわからない想いに駆られて、オレはミナの後を追った。


 いつもミナと自分を比べて、あっちは主役、こっちはモブだと自虐していたのに、ミナに足手まとい扱いされるのが猛烈にイヤだったのだ。


「グダグダ考えている場合か」


 オレは頭を振って、ゴチャゴチャした思考を振り飛ばした。


 とにかく、魔物の手掛かりを見つけないと。


 深呼吸して、感覚を研ぎ澄ます。


 グリムリの時と同じだ。見えているもの、感じているものの中にある違和感を探すんだ。

 あの時は、直前──スマホに取り憑かれるまでわからなかった。

 でも、今回は……!


 そこに、けたたましいクラクションが鳴り響いた。


「ジャマだよ! どけ!」


 すぐ目の前にトラックがいた。集めたガレキを運び出す車両だった。


「すいません」


 あわてて端により、道を空ける。

 違和感を探すのに気を取られ、トラックの接近に気がつかないなんて。


 やっぱり、オレなんかが魔物の探索に来るなんて間違いだったか。そう思った時だ。


「……あ」


 何かの気配を感じた。


 何ものかに見られている…そんな気がした。


 後ろを振り返りたいのをガマンして、深呼吸する。

 焦るな。落ち着け。


 ガレキを運ぶトラックのエンジン音。作業灯や機械に電気を供給する発電機のうなり。ガレキをどける音。作業員たちの「オーライ、オーライ」という合図や、指示、報告の声。


 違和感は……ない?


「気のせいか」


 と、つぶやいた時だ。


 灯りという灯りが一斉に消えた。



     2



「て、停電?」


 トラックや作業灯、わずかに残っていたビルの照明。それらがすべて消えて、いきなり真っ暗になった。


 オレはあわてて視覚のレベルを上げた。こんなふうに感覚の強化することにも慣れてきた。


 闇に包まれたと思った世界が見えるようになった。

 見えるといっても、古い映画の夜のシーンくらいの見え方だ。建物の中とか陰になった場所は見通せない。


 空を見上げると、曇り空の切れ目から星が見えた。月は、ビルの向こうにあるのか見えない。


 前方、数百メートル先には街灯やビルの灯りが見えた。後ろを振り返ると、モノレール高架を越えた向こうは、道路にも建物にも灯りが点っている。


 市内が停電したわけじゃない。ここ封鎖地区だけが停電しているんだ。


 魔物の仕業か?


 最初に思ったのがそれだった。次に、


 もしかしてミナが?


 とも考えた。

 作業員たちの注意をそらすためとか、潜入しやくするため、照明を消す魔法を使ったのかもしれないと。


「早く灯りを」

「発電機は回ってるのに点かないんだ」


 深い闇に沈んだ通りに、作業員たちの不安な声が響く。

 彼らにも原因がわからないらしい。


 ここは封鎖地区の端だ。今なら引き返せる……。


「ビビるな」


 迷ったけど、オレは先へと進んだ。


 一人で進むのはこわいけど、ここまで来て引き返せない。 


 薄闇の中、オレは先へ──通りを西から東へと進んだ。

 ぽつぽつと懐中電灯やヘルメットに装着したヘッドランプが点る。懐中電灯とかは大丈夫みたいだな。


 感覚を広げながら、ガラス片や小さなコンクリのカケラが転がる通りを進む。


 違和感は……まだない。


 大きな交差点──曙橋交差点を越えたところで、少し先、闇の中に「キ」の文字が転がっているのが見えた。MEGAドンキの看板のひとつだろう。


 この辺りはほこりくさい。見れば近くのビル、その二階から三階のガラス窓がほとんど割れていた。

 そのせいか、なんか鼻がムズムズする。


 ……待てよ。

 前にグリムリがオレのスマホに取り憑いていた時、こんな感じがしたよな?


 近くに魔物がいるのか?


 緊張し、警戒した時だ。


「おい、お前」


 横から、ライトの光と声がかけられた。


 見ると、灯りが消えたビルの中に、ヘルメットにヘッドランプをつけた作業員がいた。

 三〇代くらいだろうか。腰のベルトにペンチやドライバー、ハンマーなんかを装備しているのをみると、電気工事の人か。


「オレですか?」

「そうだ。手を貸してくれ」


 あやしまれても困るな。オレは作業員の元へ向かった。


「手伝うって何を?」

「こっちだ」


 質問に答えず、さっさと奥に行く作業員。

 ヘッドランプのLEDの光にビル一階が照らし出される。


 外からは狭いビルに見えたけど奥は結構広い。

 一階は受付とロビーになっているようだ。無人の受付カウンター、観葉植物、入り口近くのソファなんかがライトの灯りに浮かんでは消える。


 ……何かいる!


 ふと、オレと作業員以外の気配を感じた。


 感覚を研ぎ澄まし、その気配の元を探る……入り口のソファ、その低い位置にいるらしい。


 じっと目を凝らす。

 ソファの作る影の中に、その姿が見えた。


「にゃあ」


 猫だった。


 ほっとする、ていうか脱力した。


 無人の場所を「猫の子一匹いない」という表現があるけど、いたよ猫が一匹。


 猫は茶トラというヤツだった。このビルか近所の飼い猫だろうか。


 そういや映画『エイリアン』で宇宙船の中にいた猫がこんなだったな、と思っていたら──


「ふしゃあ…!」


 いきなり猫が威嚇の声を上げた。


「え?」


 イヤな気配を感じ、振り向くと、後ろにいた作業員が殴りかかってくるのが目に入った。



     3



 ハンマーを振り上げた作業員が襲いかかって来た。


「わわっ!」


 ハンマーの一撃をかわしたけど、足がソファにぶつかり、こけてしまった。


「んにゃあ!」


 と、叫んだ猫が、転んだオレの胸に飛び乗った。こいつもパニクっている。


「何をするんだ!」


 思わず猫を抱きかかえたオレは叫んだ。


「お前…誰だ?」


 ハンマーを手にした作業員が言った。

 感情がない声だった。


「お前か? お前なのか?」


 よどんだゾンビみたいな目で作業員が言う。

 手にしたハンマーが振り上げられる。


「な、何だよっ?」


 振り下ろされるハンマーを転がってよけ、その反動で起き上がり、オレはビルの外に出た。


「…ッ?」 


 薄闇の中に、たくさんの光が点った。

 たくさんのヘッドランプがオレを照らし出していた。右手で猫を抱いているので、左手で光を遮る。


 ビルの外には、十人ほどの作業員がオレを待ち受けていた。


「しゃあああ!」


 猫が威嚇の声を上げると同時に作業員たちが襲いかかって来た。


「ちょ…どうなってんの?」


 ゾンビの群れに囲まれてる気分だった。

 表情のない、よどんだ目をした男たちがわらわらと向かって来るのだ。


 右に飛んで、左にかわして、オレは作業員の群れを突破した。


 第一の霊鎖を解き、ミナとクマちゃんから帝国の体術、格闘技を覚えた身体は、考える前に反応してくれる。


「うえっ!」


 しかし突破した先には、もっと大勢のゾンビもどきの作業員たちがいた。


 オレは、完全に抱囲されていた。


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