1
「竜巻を起こす魔物ってどんなヤツ?」
ジョージのミニバンに戻りながら、オレはミナに尋ねた。
「色々いるな。砂塵の悪魔イヴリース。暴風竜ヘリクロン。嵐雲呼ぶマローグ」
「どいつもヤバそうなヤツらだな」
「毎年、帝国の領土のどこかがこやつらの被害に遭っている」
ミナの話しによるとラファナード帝国では、魔物やドラゴンや巨人が、自然災害みたいに現れるという。
その都度騎士団が対応に当たるそうで、ミナが参加したと言う
「しかし…こやつらが来たなら、あの程度ではすまないはずだ。それに、ごく短い間だけ現れ、消えたことが解せぬ」
この竜巻の魔物が現れたのは北駅前交差点。そこから高島屋などが並ぶ緑川通りを、通りに沿うようにして西から東に移動。数百メートル先の東橋交差点の辺りで消滅した。
「こっち世界に飛ばされて、八つ当たり的に暴れたとか?」
「……かもしれぬ」
ミナはそう言ったけど、自分でも信じていないみたいだった。
「とにかく、まずはどんな魔物か特定するところからですかな?」
ミニバンの運転席に乗り込んだジョージが言う。
オレとミナもそれぞれ助手席、後席に乗り込む。
「どうやって探すんだ?」
ジョージが車を出したところで、後ろのミナに尋ねた。
「魔物を追う際は、その痕跡を見つけることからはじめるんだ」
「現場に入るわけか」
「しかし現場は当局によって封鎖されていますよ」
ジョージが指摘する。
そうだった。現在、被害に遭った通りは封鎖されている。
「厄介なのは、中途半端に停電していることです。どこに生きたカメラがあるか分からない」
「
ジョージの心配にオレが続けて言う。
「カメラに見つかるのはやむを得ない。私が警察に見つかるより、魔物への対処が優先だ」
ミナが言う。
おばばがケガしたから、責任を感じているのだろう。
確かに防犯カメラに撮られたら即、警察に知られて警官隊が押し寄せてくる、なんてことはないはずだ。現実はハリウッド映画とは違うのだ。
でも、先日、警官に追いかけられたばかりなんだ。できるだけリスクは減らしたい。
日が暮れた通りを、ジョージのミニバンはオレの家へと向かう。
「今日は混んでるな」
通りはいつもより車で混み合っていた。さっきからクリッパーバンは進んでは止まり、止まっては進むの繰り返しだ。
「封鎖のせいだろ。知らずに入って引き返してくる車もあるだろうしな」
気のない声でジョージが答える。
反対車線も混み合っているが、こっちほどじゃない。
中央分離帯の街路樹越しに、建設会社や電気工事会社の標示があるトラックやバンが難題も列を作っているのが見えた。
それを見て、ひらめいた。
「いい手があるぞ!」
2
「姫にこのような野暮なものを着せるとは……」
申し訳ない顔でジョージが言った。
オレたちは今、ジョージの実家である赤坂金物店に来ていた。
現在、竜巻で被害に遭った通りは封鎖されている。しかし市から要請された土建屋や電気工事屋が大勢、片付けや復旧のため封鎖区画に入っていた。
その作業員に紛れ込もうという作戦だ。
ジョージの店で作業着を借りて、そこに隠形の魔法をかければ、カメラに撮られても作業員にしか見えないだろう。
グレーの作業着を渡されたミナは、
「機能的で良い服ではないか」
と笑うと、着替えるためにバックヤードに入った。
「イッチには親父のな」
「助かる」
ジョージの作業着だとオレにはぶかぶかだもんな。
手早く着替えたオレに、ジョージが黄色いヘルメットを渡してくれた。
「ヘルメットまであるとはな」
「ウチは街のなんでも屋だからな」
ジョージが言う。
黄色い作業用ヘルメットには店の名が入っていないから、もし警察の目に留まってもジョージの店がバレることはない。
「待たせたな。これで良いか?」
そこに作業着に着替えたミナが出て来た。ちなみにミナの作業着はジョージの母親用のものだ。
「「……アリだな」」
オレとジョージは同時に言った。
グラマーな美少女は何を着ても様になることを、オレたちはあらためて知った。
服のサイズがちょっと小さいのか、それともミナのサイズが大きいからか、グレーの作業着の胸が大きく盛り上がり、カーゴパンツとの間に隙間を作っている。
カーゴパンツはゆったりしていながらも、見事なヒップラインを見せてくれている。
なんというか…ロボットアニメとかに出て来る整備員のヒロインみたいだ。
「上がタンクトップだとなおいいよな」
「うむ」
思わず漏らしたオレにジョージがうなずく。それを受けてミナが、
「そうなのか?」
「ああ! そういう意味じゃないんだよ」
上衣を脱ごうとしたので、オレたちはあわてて止めた。
ぜひとも見たかったのだけど作業員として潜入するのだ。目立つわけにはいかない。すごく残念だが。
あとでタンクトップ+カーゴパンツ姿で写真を撮らせてもらおう。
そんなことを考えながら、オレたちは再びジョージのミニバンに乗り、封鎖地区へと向かった。
「調べるのは、竜巻が出現した場所からはじめるがいいだろう」
「御意」
その後、ミナはずっと無言だった。
魔物の正体と対抗策を考えているのか。それとも、おばばがケガしたことでまた自分を責めているのか。
とにかく話しかけづらい雰囲気だった。
しばらくして、ジョージのミニバンは封鎖地区の近くに着いた。
3
潜入するのはミナとオレ。ジョージはいざという時の逃走用に、近くの駐車場で待機してもらう。オレはジョージとの連絡役──スマホの通信兵だ。
準備が終わり、さてという時だった。
「ハジメは来ないほうがいい」
いきなりミナが言った。
「どうして?」
「まだ魔物がいるかもしれぬ。危険だ」
ここに来るまでの間、ミナが黙り込んでいたのは、このことだったのかと気づいた。
「でも案内がいるだろ?」
「ジョージのタブレットでストリートビューとやらを見た。あれで間に合う」
「そんな……」
ここに来て、それはないだろうと思う。
「状況からみて相手はグリムリごとき小魔ではない。もしも出くわしたら、ハジメの命に関わる」
「オレは足手まといだと…?」
「そうだ」
ミナは即答した。
「
「確かに…そうだけど……」
一理ある、ていうかその通りだ。
でも、でも…!
「何かあれば光魔法の信号を上げる。その時は助けに来てくれ」
「照明弾みたいなものですか」
ジョージにうなずくと、ミナはミニバンを降りた。
「ミナ!」
思わず、オレもバンを降りた。しかしその時、ミナの足下に光る魔法陣が現れ、彼女は姿を消した。
「何かあれば助けにって…そんなことないだろう」
「残るのは正しい判断だぞ。イッチ」
立ちすくむオレに、ジョージが言った。
「そうだな」
ミナの言う通りだ。ミナとクマちゃんから帝国の格闘技とか習ったけど、オレは戦いの素人だ。
もし竜巻を起こすような魔物と出くわしたら、簡単にやられてしまうだろう。ヘタすればミナの足手まといになって、彼女も危険にさらすかもしれない。
でも……。
「でも、正しいからって納得できないことがあるんだ」
オレはヘルメットを被り、あごヒモをぎゅっと締めた。
「だよな。イッチなら行くと思った」
「止めないのか?」
「止めてほしいのか?」
オレとジョージはそろって笑った。
コイツ、全部わかった上で「正しい判断」だなんて言って、オレを煽ったな。
「気をつけろ。何かあったら連絡しろよ」
「うん」
ジョージのはげましの声に送られて、オレは封鎖地区へと向かった。