1
「うむ、私は
当たり前だ、という顔をしてミナが言った。
「きゃあーっ!」
と、ばーさんズが、老けた黄色い声を上げた。
「やっぱり! やっぱりそうなのね?」
「そうだと思ったのよね」
盛り上がるばーさんズに、ミナはきょとんとした顔をしている。
一方オレは、ミナがオレのカノジョだと言ったことで頭が真っ白、口においなりさんが入ったまま
「はいはい、そこまで」
ぱんぱんと手を叩いておばばが言う。
「ほら、ハジメくん照れて困ってるわよ。騒がず、見守りましょ」
「そうね」
「初々しい、この今を楽しみましょう」
ぐふふふ…と笑うばーさんズ。その笑い声もオレの耳には入っていなかった。
真っ白の頭のまま、いなり寿司を咀嚼して飲み込む。
ミナがオレのカノジョ…ミナがオレのカノジョ…ミナがオレのカノジョ……。
袖がくいくいっと引かれ、オレは我に返った。
袖を引いていたのはミナだった。
「おばば殿たちは、何を騒いでいるのだ?」
「それは…ミナがカノジョだって言ったから」
オレの答えに、ミナはますますわからない、という顔になった。
「ニホン語の代名詞なら、私は彼女で良いはずだが…違うのか?」
「…………」
そういうことかぁあああ!
オレは頭を抱えた。
霊体翻訳ではなく、日本語で話すようにしたことで、こんなトラブルが起きるとは!
「どうしたハジメ?」
「ちょっとこっちに来て!」
きょとんとするミナの手を引っ張って、おばばたちから少し離れる。
「ここで言うカノジョは、代名詞の彼女とは違うんだ」
「どういうことだ?」
「誰々のカノジョって使われた時、それは恋人と同じ意味になるんだ」
ミナは目をぱちくりした。そして、
「なんと! 彼女にはそういう意味もあったのか!」
と、叫んだ。
「つまり、おばばたちに、オレとミナは恋人同士だって思われているんだ」
「むむむむ……」
ミナはうなると、沈黙した。
今さらだけどオレも気まずい。
ミナがオレのカノジョだと宣言したと思い込んでいた。
そんなこと、あるはずないのに。
ハズい。ひたすらハズくていたたまれない。
もぉ逃げ出したい気分だ。
「……では」
長い沈黙の後、ミナは口を開いた。
「では、我らは恋人になるしかないな」
はいぃいいいいいいい!?
2
「こ、こここ恋人になるって…?」
ミナがとんでもないことを言い出した。
これは異世界の風習か? ミナの国では、世間が恋人と認定したらそれに従う文化があるとか?
脳がパニックを起こし、そんなことを考えてしまうオレ。
「おばば殿たちが怪しまぬよう、恋人のフリをするのだ」
「………へ?」
おばばたちが怪しむ? フリ?
「我らが否定すれば、おばば殿たちは怪しみ、あれこれ追求するだろう」
ちらとミナがおばばたちのほうを見た。
赤坂のおばばたちばーさんズが、オレたちをワクワクしながら見ている。
それを見て、オレは正気に戻った。
「否定を重ねるほどに、おばば殿らの疑念は深まるだろうし、ヘタな言い訳はかえってボロが出る。おばば殿たちには、我らは恋人同士だと思わせておくのが良いと思う」
「なるほど、恋人のフリ、ね」
あーびっくりした。
そうだよな。オレなんかがミナと恋人になるなんてあり得ないもんな。
妄想もたいがいにしないとな、自分。
「では、これから我らは恋人のフリをするぞ」
「うん、わかった」
ミナはまるで戦に臨むみたいな雰囲気である。オレも気を引き締めないと。
「ときにハジメ」
「何?」
「恋人らしく見せるにはどうすれば良いのだ?」
そこからかーい!
前から思っていたけど、ミナってけっこう天然かもしれない。
とはいえ…オレもどうしていいのかわからない。カノジョとか、いたことないし。
「手を握る…とか、腕を組むとか、かな」
フリなのだから、そのくらいでいいだろう。
「こうか?」
ミナが左腕を絡ませてきた。
「いや、今、腕を組まなくても!」
「そうか。しかし、ここで急に離すのも不自然ではないか?」
爛々と目を輝かせているばーさんズを意識してミナが言う。
「た、たしかに…」
ミナと腕を組んだまま、オレたちはおばばたちの元に戻る。
いつかのステルス魔法陣から出ないよう、腕を組まれた時のことを思い出した。
あの時ほど密着してないけど、やっぱりドキドキする。
もっと近寄れば、あの時みたいに腕がミナのふくらみに──
──って何考えているんだ!
ムラムラわき上がる衝動に、一瞬、流されそうになってしまった。
そんなことしたら、一刀両断だぞ。何よりミナに嫌われる。
「……ハジメ」
「ゴメン!」
いきなりミナが足を止め、オレの名を呼んだものだから、オレは謝ってしまった。
「何を謝っている? 足下を見てくれ」
び、びっくりしたぁ。オレの良からぬ考えに気づいたのかと思った。
オレの足下に何かあるのか?
「……花?」
オレの足下に、青い小さな花が一輪咲いていた。
青い花びらはとても薄いのか、向こう側が透けて見える。茎や葉は花びらに比べると小さめで、濃い緑色をしていた。
小さくてかわいい花だ。でも……。
なんだろう、妙な違和感を感じる。
「あらカワイイ花」
「花びらはポピーに似ているけど、なんか違うわね」
「見たことないわね。画像検索しましょ」
おばばたちもやって来て、花をスマホに撮ったりしている。
この公園の草木の世話をしているおばばたちが知らない花なのか。外来種だろうか?
「ハジメ」
ミナが小さく言うと、オレの手を引いて、おばばたちから距離を取った。
おばばたちはスマホで画像検索したりして、オレたちには気づかない。
「あの花は、ここにあるはずのない花だ」
おばばたちに聞こえないよう、ミナは小声で言った。
「あれは、私の世界の花だ」
「ええっ?」
オレがあの花に感じた違和感。それは、あの花がこの世界のものではなかったからだ。外来種なんてレベルじゃない。
「どうしてミナの世界の花が?」
「理由はただ一つ。〈ゲート〉を通してこちらに来たのだ」
「でも、〈ゲート〉があるのは駅の南側じゃ」
ミナがこちらの世界に現れた場所。そしてジョージが集めた太刀川市の異変は、みんな駅の南側だった。
この公園は駅の北側。それもかなり離れている。
「そうだ。それが問題だ」
そう言うと、ミナは厳しい表情で、空を見上げた。