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#31.一輪の花だけど



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「うむ、私はだぞ」


 当たり前だ、という顔をしてミナが言った。


「きゃあーっ!」


 と、ばーさんズが、老けた黄色い声を上げた。


「やっぱり! やっぱりそうなのね?」

「そうだと思ったのよね」


 盛り上がるばーさんズに、ミナはきょとんとした顔をしている。


 一方オレは、ミナがオレのカノジョだと言ったことで頭が真っ白、口においなりさんが入ったまま思考停止フリーズしていた。


「はいはい、そこまで」


 ぱんぱんと手を叩いておばばが言う。


「ほら、ハジメくん照れて困ってるわよ。騒がず、見守りましょ」

「そうね」

「初々しい、この今を楽しみましょう」


 ぐふふふ…と笑うばーさんズ。その笑い声もオレの耳には入っていなかった。

 真っ白の頭のまま、いなり寿司を咀嚼して飲み込む。


 ミナがオレのカノジョ…ミナがオレのカノジョ…ミナがオレのカノジョ……。


 袖がくいくいっと引かれ、オレは我に返った。

 袖を引いていたのはミナだった。


「おばば殿たちは、何を騒いでいるのだ?」

「それは…ミナがカノジョだって言ったから」


 オレの答えに、ミナはますますわからない、という顔になった。


「ニホン語の代名詞なら、私は彼女で良いはずだが…違うのか?」

「…………」


 そういうことかぁあああ!


 オレは頭を抱えた。


 霊体翻訳ではなく、日本語で話すようにしたことで、こんなトラブルが起きるとは!


「どうしたハジメ?」

「ちょっとこっちに来て!」


 きょとんとするミナの手を引っ張って、おばばたちから少し離れる。


「ここで言うカノジョは、代名詞の彼女とは違うんだ」

「どういうことだ?」

「誰々のカノジョって使われた時、それは恋人と同じ意味になるんだ」


 ミナは目をぱちくりした。そして、


「なんと! 彼女にはそういう意味もあったのか!」


 と、叫んだ。


「つまり、おばばたちに、オレとミナは恋人同士だって思われているんだ」

「むむむむ……」


 ミナはうなると、沈黙した。


 今さらだけどオレも気まずい。


 ミナがオレのカノジョだと宣言したと思い込んでいた。

 そんなこと、あるはずないのに。 


 ハズい。ひたすらハズくていたたまれない。

 もぉ逃げ出したい気分だ。


「……では」


 長い沈黙の後、ミナは口を開いた。


「では、我らは恋人になるしかないな」


 はいぃいいいいいいい!?



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「こ、こここ恋人になるって…?」


 ミナがとんでもないことを言い出した。


 これは異世界の風習か? ミナの国では、世間が恋人と認定したらそれに従う文化があるとか?


 脳がパニックを起こし、そんなことを考えてしまうオレ。


「おばば殿たちが怪しまぬよう、恋人のフリをするのだ」

「………へ?」


 おばばたちが怪しむ? フリ?


「我らが否定すれば、おばば殿たちは怪しみ、あれこれ追求するだろう」


 ちらとミナがおばばたちのほうを見た。

 赤坂のおばばたちばーさんズが、オレたちをワクワクしながら見ている。

 それを見て、オレは正気に戻った。


「否定を重ねるほどに、おばば殿らの疑念は深まるだろうし、ヘタな言い訳はかえってボロが出る。おばば殿たちには、我らは恋人同士だと思わせておくのが良いと思う」

「なるほど、恋人のフリ、ね」


 あーびっくりした。


 そうだよな。オレなんかがミナと恋人になるなんてあり得ないもんな。

 妄想もたいがいにしないとな、自分。


「では、これから我らは恋人のフリをするぞ」

「うん、わかった」


 真剣マジな顔でミナに見られ、オレは緊張してうなずいた。

 ミナはまるで戦に臨むみたいな雰囲気である。オレも気を引き締めないと。


「ときにハジメ」

「何?」

「恋人らしく見せるにはどうすれば良いのだ?」


 そこからかーい!


 前から思っていたけど、ミナってけっこう天然かもしれない。


 とはいえ…オレもどうしていいのかわからない。カノジョとか、いたことないし。


「手を握る…とか、腕を組むとか、かな」


 フリなのだから、そのくらいでいいだろう。


「こうか?」


 ミナが左腕を絡ませてきた。


「いや、今、腕を組まなくても!」

「そうか。しかし、ここで急に離すのも不自然ではないか?」


 爛々と目を輝かせているばーさんズを意識してミナが言う。


「た、たしかに…」


 ミナと腕を組んだまま、オレたちはおばばたちの元に戻る。


 いつかのステルス魔法陣から出ないよう、腕を組まれた時のことを思い出した。

 あの時ほど密着してないけど、やっぱりドキドキする。


 もっと近寄れば、あの時みたいに腕がミナのふくらみに──


 ──って何考えているんだ!


 ムラムラわき上がる衝動に、一瞬、流されそうになってしまった。

 そんなことしたら、一刀両断だぞ。何よりミナに嫌われる。


「……ハジメ」

「ゴメン!」


 いきなりミナが足を止め、オレの名を呼んだものだから、オレは謝ってしまった。


「何を謝っている? 足下を見てくれ」


 び、びっくりしたぁ。オレの良からぬ考えに気づいたのかと思った。

 オレの足下に何かあるのか?


「……花?」


 オレの足下に、青い小さな花が一輪咲いていた。

 青い花びらはとても薄いのか、向こう側が透けて見える。茎や葉は花びらに比べると小さめで、濃い緑色をしていた。


 小さくてかわいい花だ。でも……。


 なんだろう、妙な違和感を感じる。


「あらカワイイ花」

「花びらはポピーに似ているけど、なんか違うわね」

「見たことないわね。画像検索しましょ」


 おばばたちもやって来て、花をスマホに撮ったりしている。

 この公園の草木の世話をしているおばばたちが知らない花なのか。外来種だろうか?


「ハジメ」


 ミナが小さく言うと、オレの手を引いて、おばばたちから距離を取った。

 おばばたちはスマホで画像検索したりして、オレたちには気づかない。


「あの花は、ここにあるはずのない花だ」


 おばばたちに聞こえないよう、ミナは小声で言った。


「あれは、私の世界の花だ」

「ええっ?」


 オレがあの花に感じた違和感。それは、あの花がこの世界のものではなかったからだ。外来種なんてレベルじゃない。


「どうしてミナの世界の花が?」

「理由はただ一つ。〈ゲート〉を通してこちらに来たのだ」

「でも、〈ゲート〉があるのは駅の南側じゃ」


 ミナがこちらの世界に現れた場所。そしてジョージが集めた太刀川市の異変は、みんな駅の南側だった。

 この公園は駅の北側。それもかなり離れている。


「そうだ。それが問題だ」


 そう言うと、ミナは厳しい表情で、空を見上げた。

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