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#30.一抹の不安というヤツ


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「うげ!」


 ミナとの生活も、それなりに順調な毎日が続いていると思った時、そのメールは来た。


「──明後日、良かったらミナちゃんと公園のボランティアに来てね」


 赤坂のおばばからのメールだった。

 前にも誘われたが、今回は日にちを指定している。「来い」というメッセージだ。


 近くに国営の大きな公園があって、おばばはそこの花とか森の世話をするボランティアをやっていた。

 ジョージによると、ボランティアはお年寄りばかりで、いつも誰かが腰を痛めたり、入院したりしているので、慢性的に人手不足らしい。


 オレはすぐにスマホでジョージに相談した。


「断ったら、後で何言われるかわからないぞ?」

「でも、人前に出て、ミナが目立つのは困るよ」


 ゴミ拾いとか、草むしりの手伝いはいい。オレの不安は、人前にミナを出すことだった。


「姫は魔法で変装できるだろ?」

「しかし……」

「おばばは毎日が同じことの繰り返しで刺激を求めているんだ。断ったりしたら、そっちに押しかけるぞ」

「それは…困るな」


 別にやましいことをしているわけじゃない。

 でもミナのことをあれこれ詮索されたり、オレとの仲を誤解されるのは困る。


 悩んだオレは、本人に相談することにした。すると、


「おばば殿からお誘いだと?」


 ミナは青い目をきらきらさせて声を上げた。しかしすぐに、


「いかん、私はお尋ねものだった。目立つことは控えねばならぬのだったな」


 と、すぐにしゅん、となった。


 ああ、そうか。ミナは外に出たいのか。

 一日のほとんどを隠れて過ごすのは、ストレスがたまるんだろう。元々活発なタイプだし。

 魔物捜しや〈ゲート〉の調査で出かけているけど、あれは息抜きする間もないからな。


「魔法で変装すればいいんじゃないかな」

「よいのか?」

「魔物捜し、〈ゲート〉探しの時と同じだよ。木の葉を隠すなら森。人の中にいれば目立たないだろう」


 というわけで、オレは「OK」の返事をおばばに出した。


 広い公園はミナにとっていい気分転換になるだろう。


      ×   ×   ×


 ──当日の朝。


「ハジメ、今日の私はどうだ?」


 出がけにミナが尋ねた。


 今日のミナはスウェットとジーンズという姿だ。魔法で髪を黒く染め、グレーのキャップをかぶっている。ちなみにキャップはカメラ対策も兼ねている。


「うん、よく似合っているよ」


 どんな服を着てもミナは似合う。そしてかわいい。


「そうではない。分からないか?」


 ちょっと不満そうにミナが言う。


「えっ? なんだろう?」


 髪型じゃないよな。メイクを変えたとかじゃないし……。


 ……わからない。


 カノジョがいたことがないオレは、こういう経験値が足りてない。


「声だ。今日の私は、霊体の翻訳ではなくニホンの言葉で話しているのだ」

「そうなの? ていうか、いつ覚えたの?」

「クマちゃんにコピーしたハジメの霊体から、言語を抽出し、私の霊体に読み込んでみたんだ」


 外国語を自分にインストールするって感じか? めっちゃ便利だ、まさに魔法だ。


「即席の方法故、語彙や文法に問題があったり、話し方が不自然だと思うが。どうだ?」

「いや、全然不自然じゃないよ」


 言われてみると、声がクリアになった気がする。でもその程度だ。霊体を介して話していた時とたいして変わらない。


「でも、どうして?」

「霊体を介した会話は、齟齬は少ないが、今ひとつ心が通っていない感じがするからな。それに、ハジメとはハジメの国の言葉で話したいんだ」


 笑って答えたミナに、オレは何故だかドキドキしてしまった。


 これが直接言葉で会話する効果なのだろうか。

 困った。今まで以上に、ミナのことがかわいく思えるじゃないか。



     2



 ──午前八時少し前。

 オレとミナは赤坂のおばばがボランティアをやっている国営公園、その北側にあるゲートに到着した。


 巨大な平屋の日本家屋みたいなゲートの前には、おばばとその仲間のばあさん三人がオレたちを待っていた。


 オレたちを見て目をきらきらさせるばーさんズに、オレは一抹の不安というヤツを感じた。


「おはようございます」

「おはよう」


 オレとミナが声を揃えて挨拶すると、おばばたちも「はい、おはよう」と笑顔で返した。


「こちら、孫のアキラの友だち。ハジメくんとミナちゃんよ」


 と、おばばが仲間たちに紹介した。


「あらまあ、外国の方?」

「キレイねぇ。お姫さまみたい」

「来てくれてありがとうね」


 興味津々見つめるばーさんズに、


「こちらこそ。招いていただき感謝する」


 と、ミナは挨拶した。


「あら、ほんとに日本語お上手ね」

「時代劇みたいな話し方ねぇ」


 ミナの〈姫騎士〉な話し方に、ばーさんズが盛り上がる。ウケているようだ。


「お話しは後でね。まずはお仕事よ」


 リーダー格である赤坂のおばばの先導で、オレたちは園内へと入った。

 本来は入園料が必要だけど、今日はボランティアなので関係者用の入り口から入る。


「広いな」


 中に入ったオレは思わず声を上げた。


 この公園は二つの市にまたがる大きなもので、広さは東京ドーム三九個ぶんもあるそうだ。端から端まで歩くと三〇分はかかるという。


 園内には、広場や花壇、売店やレストランはもちろん、何百メートルもあるイチョウ並木やボート遊びのできる大きな池、雑木林、サイクリングコース、日本庭園、ドッグラン、バーベキューガーデンなど何十もの施設がある。


 東側には陸上自衛隊のヘリ部隊の基地があって、たまに頭の上をヘリが飛んでゆく。


 そういえば太刀川警察署も、公園の近くにあるんだっけ。

 まあ、近くといっても、何百メートルも離れているし。大丈夫だろう。


「近くにあるのに、ハジメは来たことがなかったのか?」


 ミナが意外という顔をする。


「仕事が忙しくてね」

「ハジメくん、ブラック企業勤めだったものね」


 オレの後に続いておばばが言った。


 ブラック企業勤めでそんな余裕がなかったのはたしかだ。

 でも一番の理由は、こんな場所、リア充でも陽キャでもないオレには縁がなかったんだよ。


 カノジョがいたら来たかもしれないけど…なんて思いながら。なんとなくミナのほう見た。


「じゃあ、これからはミナちゃんと来るといいわね」

「お、おばば…!」


 おばばの一言で、オレはアセった。


 ミナはカノジョじゃない。

 いやそんなこと、考えてもいけない。相手は皇女さまだぞ?


 そんなオレの内心のアセりを知らず、


「うむ。いずれ、ゆっくりと見て回りたいな。ハジメ」


 と、ミナがオレに笑いかけた。


「そ、そうだね。いつか…ね」


 後ろでばーさんズがニヤニヤしている気配を感じながら、オレはうなずくしかなかった。



     3



 北側のゲートから歩くこと一〇分ほど。オレたちは『こもれびの丘』と名付けられた雑木林にやってきた。

 人と自然がふれあえる場所というのがコンセプトで、雑木林の中は遊歩道があり、近くには展示施設もある。


「風流でやさしい森だな」

「うん、なんか落ち着くな」


 微笑んで木々を見上げるミナ。オレもその隣でうなずいた。


 森とかに来て、こんな感じになったのははじめてだ。

 木々や草花の生命エネルギーみたいなものに包まれているのが感じられ、それがとても心地よい。これも第一の霊鎖が解けた効果だろう。


「この森は、おばばたちの愛とやさしさで出来ているものね」


 と、ばーさんズたちが笑って言う。


 雰囲気ぶちこわしである。しかしミナは、


「まさしく。おばば殿たちが丹精込めて世話をしているから、この森はこれほどにやさしく、落ち着けるのだな」


 と、おだやかに微笑んで言った。


「あらミナちゃん、お上手」

「世辞などではないぞ。私は感じたままを言っている」

「……あらやだ、嬉しいわね」


 ミナの言葉に、おばばたちが照れてしまっている。

 思っていたよりミナはコミュ力が高いようだ。もうばーさんズと打ち解けている。さすが皇女さまだ。


 その後、オレたちは下草を刈ったり、ゴミを拾ったりという森の手入れを行った。


 ポイ捨てのゴミは少ないけど、風に飛ばされてきたレジ袋や紙ゴミはちらほらある。中には、子どもの靴下とか数珠とか、なんでこんなものが? というものもあった。


「これはとってはならぬ草か。何、狐の剃刀という名なのか! 面白いな」


 ミナはばーさんズから草木の名を教えてもらったりしながら、この作業を楽しんでいた。

 ばーさんたちも、子どもみたいに素直で好奇心旺盛なミナをすっかり気に入っていた。


「ミナちゃん、今時の子なのに虫とか平気なのね」

「山や森での訓練も多かったからな。虫だの蛇だのには慣れている」

「山や森で訓練?」


 ばーさんズの一人が目をぱちくりした。


「ガールスカウトとかかしら?」

「そのようなものだ」


 ドキっとしたやり取りもあったけど、ミナはうまくかわしている。かわし方のコツをつかんでいるようだ。

 ミナの「侍みたい」な言葉使いもあって、ばーさんズも勝手に納得したりしているし。


 その後、適当に休憩を入れながら作業は続き、終わった頃には11時を過ぎていた。


「少し早いけど、お昼にしましょ」


 赤坂のおばばが言い、公園中央にある大きな広場『みんなの原っぱ』でランチとなった。


 平日なので家族連れは少ない。

 おばばたちは用意したレジャーシートを広げ、オレとミナは、おばばたちが持ち寄った弁当をご馳走になった。


「これは知っているぞ。オニギリだな」


 と、ミナが一つ手に取ってかぶりついた。なかなか豪快だ。でもミナの場合、下品とか行儀悪い感じはまるでないのが不思議である。


「これは知ってるかしら?」


 そう言って、ばーさんズの一人が出したのは、いなり寿司だった。


「はて、ケーキに見えなくもないが…オニギリの一種か?」

「おいなりさん──いなり寿司というものよ」

「ふむ…おお、これはまた初めての味だ!」


 と、いなり寿司を食べたミナは目を輝かせた。


 むぅ…。おにぎりといなり寿司。ミナのはじめてを横取りされてしまった。

 いなり寿司はまだしも、おにぎりは作っておくんだったか。そんなことを考えていると、


「あら、ハジメくんどうしたの? お口に合わない?」 


 いかん、先を越された無念が顔に出ていたか。


「いえ、そんなことは」

「ハジメも食べてみろ。美味だぞ」


 と、ミナが箸でつまんだいなり寿司をオレに差し出した。

 アセっていたオレは、反射的にそのいなり寿司をぱくりと口にした。


 ──これっていわゆる「あーん」じゃないか!


 口に入ってから気がついた! けどもう遅い。


「うふふ、仲いいわね」

「やっぱりミナちゃんは、ハジメくんのカノジョなのね」


 ばーさんズが目を輝かせてニヤニヤ笑っている。


 マズい。誤解を解かないと! でもどうやって? そこに──


「うむ、私はだぞ」


 ミナが、当然だ、という顔で言った。


 ちょ…! マジでぇ!?

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