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#インターミッション3



 捜査支援分析センター略してSSBCは、二〇〇九年に警視庁刑事部に設置された犯罪の広域化や電子化に対応した即応部隊である。


 SSBCの役割は大きく分けて二つ。

 一つは犯罪の手口などから犯人像を分析するプロファイリングを主とする情報捜査支援。

 もう一つは防犯カメラの画像解析、電子機器の解析を主とする分析捜査支援である。


「定年前にここに来ることがあるとは……」

「チョーさんは昔からハイテク嫌いだもんな」


 碇屋刑事は鎚田署長に連れられて、警視庁にあるSSBCを訪れていた。 


「嫌ってねぇよ。エキショウ画面見てると目がかすむから避けてんだよ」

「自分もそれで目を悪くしたクチです」


 画像解析のメガネをかけた担当者が言った。

 彼が担当しているのは防犯カメラの映像の解析だ。


 先日、太刀川の都道沿いにある駐車場近くで、「尋常でない壊されかた」した自販機があった。その捜査で駐車場のカメラ映像を手に入れたところ、なんとそこに〈姫騎士〉が映っていたのだ。

 だがその映像は不鮮明で、ここSSBCに画像解析を依頼したというわけである。


「そういや科捜研の友人が頭抱えていましたよ。最近は太刀川案件と聞くと逃げたくなるって。太刀川で何が起きているんですか?」

「分からないから科捜研に持ち込んでるんだよ」


 投げやりに鎚田が言う。


 報告に上がって来た画像には、くの字に折れた自販機、モノレールの支柱にたたきつけられて中身をぶちまけたジュース缶があった。

 破裂した缶を見て、メジャーリーガーが投げてもこうはならんだろうと鑑識が頭を抱えていた。


「まだかい?」

「もう少しです」


 駐車場のカメラ映像は、例の〈姫騎士〉が映っていた。だが、どういうわけか彼女がカメラを指差した途端、画面に白いモヤがかかったようになってしまい、何も見えなくなっていた。

 ここSSBCでは、そうした画像をクリアにする技術があると聞いて、鎚田は碇屋を伴ってやって来たという次第だ。


「このモヤはなんだい?」


 碇屋が担当者に尋ねた。


「屈折率からすると氷…たぶん霜だと思われます」

「五月も終わろうってのに霜が降りるか? それもカメラだけに」

「ありえませんよ。まるで魔法です」


 担当者が肩をすくめる。


「冗談じゃないぜ」


 碇屋がため息をつく。


 〈姫騎士〉の次は魔法かよ。駅前の機械の誤作動といい、近頃はこんな事件ばかりだ。

 投げ出したくなるのは科捜研ではなく、碇屋たち太刀川署の警官たちだった。


 真っ白で何も見えない映像。しばらくすると霜を通して、画面がまばゆく光った。


「この光は?」


 鎚田署長が尋ねた。


「不明です。LEDや蛍光灯とは違います。近いのは自然光でしょうか」

「お日さまの光だってのか?」

「陽光が何かに反射したのでしょうかね」


 鎚田の問いに担当者が応えた時、AIによる画像処理が終わった。

 しかし補正された映像は真っ白なままだった。クリアになったおかげで、レンズを覆っているのは霜らしいと分かっただけだ。


「こんなものなのか?」

「これが限界です」


 期待外れという鎚田に、担当者は結果が最初から分かっていたというふうに答えた。


「……頭のとこ、見せてくれ」


 じっと画面を見ていた碇屋が言う。


「そこだ! 画面端、ひめ──女の隣の男にズームしろ」


 姫騎士と言いかけて、碇屋は言い直した。

 〈姫騎士〉のすぐ後ろ、彼女を追うように駐車場に入って来た男がいたのだ。ジージャンを着た若い男だ。


「チョーさん」

「多分、協力者だ。ここで顔が映っていれば、顔認証で見つけられる」


 カメラがズームし、AIによる画像補正が行われる。


 ジージャンの男は、学生ではなく成人男性と思われる。顔がはっきりすれば、いずれ街中にある防犯カメラにヒットする。この男が運転免許を取得していれば、身元も割れる。そうやって解決した事件はいくつもあるのだ。


 映像がクリアになるわずかな時間を、碇屋と鎚田はじりじりとして待った。ほどなくして、画像処理が終わった。


「こいつは……!」


 碇屋がうめいた。


 カメラのアングルは上からで、ギリギリのところで男の顔は見えなかった。


「残念でしたね」


 落胆する碇屋と鎚田を見て担当が言う。


「いったい何を追っているんです? これ、最優先の案件だって言われたんですが?」

「こっちが聞きてぇよ」


 担当者の問いに、ため息ついて碇屋が言う。


「え? それって──」

「出世したけりゃ余計な詮索はしないことだ」


 軽い口調で鎚田が言ったが、その目は鋭かった。

 黙り込んだ担当者に礼を言って、鎚田と碇屋は部屋を出た。


「本庁まで出向いたのに無駄足だったな」


 エレベーターの前で鎚田が言った。


「協力者は若い男…ってだけでも前進だ」


 碇屋が強がった。

 そこにエレベーターが止まり、中から二人の男が出て来た。


 一人は制服姿、もう一人は黒のスーツを着ていた。黒スーツの男は欧米人並に背が高く、なんとも言えない威圧感のようなものがあった。


 二人と入れ違う形で、鎚田署長と碇屋はエレベーターに入った。


「今の…副総監だな」


 鎚田が言う。


「黒スーツの男は誰だ? 副総監がヘコヘコしてる様子だったが」


 実際に副総監がそのようなポーズをしていたわけではない。しかし碇屋刑事の観察眼は、両者の力関係を見抜いていた。


「官僚…でなきゃ関係団体のお偉いさんだろ」


 関係団体とは、鎚田特有の言い回しで、天下り先となる警察関係の団体のことだ。


「本庁内で接待か?」


 碇屋は、妙な違和感を感じた。


 しかしそんな考えはすぐに消えた。

 碇屋刑事の頭は、〈姫騎士〉の協力者をどうやって見つけるか、という悩みで占められていた。

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